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16 骨肉

 夕暮れのスーパーマーケットへ、遍と行くことになった。全く状況が掴めていない軸屋に、遍が頭をかきながら説明する。

「文恵ちゃんは、時々料理を手伝いに来てくれるんだよ。中学の頃から何度か遊びに来てくれてたんだけど、うちの食事を見て『栄養バランスがなってない! 色どりが最悪!』って怒られてさ。まあ、僕と胡桃子では何ともできなかったしね」

「え? 家事はお二人でしてるんですか?」

「ああ、うちは両親が事故で亡くなっててさ。去年、十三回忌だった。それと、祖母は五年前に」

「そうだったんですか……」

「さすがに買い物は僕がやってるんだけど、付き合わせちゃって悪いね。帰りは途中まででいいから」

「いえ、ここまで来たので最後まで荷物を持ちますよ」

「そう言ってくれると実は助かる。男手があるからって、油や醤油、米とかてんこ盛りオーダーされてるんだよ」

遍が苦く笑いながら、ぎっしり書き込まれたメモをひらめかせる。


 三〇分ほどして。男二人が、うんうん唸りながら荷物を運ぶ。

「米は誤魔化しましたけど、大丈夫ですかね?」

掌に食い込むビニール袋を持ち替えて軸屋が確認した。少し遅れてヨタヨタ歩いている遍が答える。

「いやー、いいんじゃない? 一〇キロ買ったって食べきれないし……メモ書きも擦り消したから、証拠はないさ」

「江間さん、今日は模試だって言ってたのに」

「あー、だから制服なのか。そうかあ、そうだよなあ。今は毎週のように来てもらってるけど、受験生なんだから、勉強に専念しなきゃね。胡桃子が余裕綽々だから忘れがちだけど……軸屋くんは勉強どうなの?」

「俺は就職するので大丈夫です」

「へえ。パソコン関係?」

「ええ、実は去年からアルバイトみたいにして業務用のプログラムを書いてます。就職もそこの正社員ってことで」

「かっこいいね。でも、あまり頑張らずに気楽にね。真面目にやっちゃ駄目だよ」

「社会人からの忠告ですか?」

「あははは。社会人って言ったってそんなに年季は入ってないけどね。まあちょっとしたアドバイスだよ……それと、もしよかったら胡桃子と仲良くしてやってほしいな……って、ちょっと待って。重い!」

小柄な遍はついに音を上げた。袋を下ろして路傍の柵に座り込む。軸屋もその横に袋を下ろし、赤く腫れた手をさすった。ゴールまであと五分といった距離だが、とにかく荷物が多すぎる。遍がじっと軸屋を見ていて、気まずくなった軸屋が少しうしろに下がる。

「三廻部さんとは、卒業したらもう接点はないかなと思います。でもまあ、共通の友人もいるので……」

「うん。機会があったらで構わないよ。あいつ、古文書の話ばっかりで変なんだけど、悪いやつじゃないから」

「変は変でしょうけど、俺も変人らしいですし。歴史の知識はないけど、話してて面白いと思いますよ」

軸屋の言葉を聞いた遍は大きく頷き、大きく息を吐いて立ち上がった。

「よし! ありがとう! じゃあ行こうか」

という掛け声だけは勇ましいが、袋を持った姿は相変わらず不安定だった。それでも、格段に明るくなった笑顔になり、こういう場合に台車を使った際のメリット・デメリットをだらだらと話しながら歩みを進めるのだった。


 ◇


 翌週の軸屋は、納品したプログラムが先方のシステムと不整合を起こしたということで、放課後になると慌てて飛び出す日々が続いた。発注元の会社と協議するため、直接打ち合わせをしているらしい。

 三廻部もそれなりに史料を整理していたものの、現地に行く直前の図書館行きまではもうやることがない。そんな水曜の放課後、久瀬に声をかけられた。

「よ、一緒に帰ろうぜ」

それまで下校を共にすることはなかったため、三廻部は驚いて固まったが、久瀬にあれこれ言いくるめられる格好で校門を出る。徒歩の三廻部に合わせて、自転車を押す久瀬。

「久瀬くんって、いつも部活を渡り歩いてる感じだよね」

いきなり誘った久瀬の意図を測りかね、三廻部が言葉をかけた。掛け持ち男は笑いながら、いつもの陽気な口調で答える。

「一番面白そうなところに行けるからな。お祭気分ってやつかなあ」

「誰とでもすぐ仲良くなれるの、ほんとすごいよ」

「まあそこは性格だろうな。あまり考えたことがない。そういう才能があるのかもね」

「いいよねえ。羨ましい。あたしは大人数が苦手だし、いつも『変わってる』って怒られたりするし」

「あー、まあ三廻部さんは今のままでもいいんじゃない? 友達もそれなりに多いしさ」

「そうかなあ。周りに合わせてればそれなりに友達扱いしてくれるけど、素のままを見せられるのって、文恵ぐらいしかいないよ」

「素を見せられる相手がいるだけ、すごいじゃん。実はこう見えて俺も、本性は誰にも見せたことないぜ」

「候哉くんは……」

と言ってから、三廻部はその発言を取り消す。

「そういう柄じゃないよね。でも、久瀬くんが候哉くんと親しいって、ちょっと意外だったよ」

「ああ、それよく言われる。あの機械じかけみたいなのとよく話してるなあってさ」

「うん。あたしも驚いた」

「何ていうか、俺って、人とは広く浅くしか関われない代わりに、表面上はすぐに打ち解けられるんだ。でも、候哉はそれが通じなかったんだよ。で『何だこいつ』ってアプローチを工夫しているうちに、ダラダラ話すようになったって感じ。観察してて面白いしさ。ま、あいつはあいつで校内のことにうといから、俺を電話帳か何かのように使ってるけどね」

「久瀬くんって、何かの中心になっている印象はないけど、どこでも見かける感じがするんだよね。これ、文恵も同じ感じがする」

「突っ込むねえ。まあ確かに、運動部系が俺なら、文恵は文化部系の助っ人稼業な感じはあるな」

そう言いながら久瀬は、ちらちらと三廻部の横顔を見ていた。やがて口調を改めて、いつもより低い声で尋ねる。

「ところで、候哉の親の話って、聞いた?」

「え? あー、そういえば全然話に出てこないね。何でだろ?」

首を捻る三廻部の様子を少し窺う感じで、久瀬は話をゆっくりと続ける。

「折り合いが悪い、というより、絶縁関係なんだよね。あいつが漏らした情報を俺なりにまとめると、相当こじれてる。もうほぼ口を聞かないで、単に家を間借りしてるような状態」

「だから就職を?」

「うん。本人は言わないが、どうもそんな感じがする。放課後だって、学校にいられるだけいて、時間を潰してるでしょ」

「ああ、それで非常階段……うるさそうにしてるのに、何で帰らないんだろうって、いつも不思議だった」

「そんなんだからさ、あいつ、休みの日も家にいられないんだ。だから、三廻部さんが誘ってくれたのって、あいつもありがたかったと思うよ。本人は絶対言わないだろうけどさ」

「そっか……ありがと、教えてくれて。えっと、これって文恵には?」

「まあ言えないなあ。江間さんも世話焼きだから、無駄に候哉と揉める」

「うん。この間の洋服の駄目だしみたいにね」


『多分あなたのお母さんだろうけど、服の並びを工夫して何とかしようとしている意図は窺えるわ』


 江間の台詞を思い出した久瀬は苦笑する。

「はは、あれは傑作だったな。俺は事情を知ってたから、何とも言えない笑いがこみ上げてきたよ」

三廻部もつい引き込まれて笑いそうになるが、ふと顔を上げて久瀬をまじまじと見つめる。

「あ……じゃあ、図書館に付き合わせたりとか、パソコンをもらったりとかしちゃったの、悪かったよね。もっと節約しないと」

「全然気にすることないでしょ。結構貯め込んでるっぽいし。候哉がいいって言うなら、気持ちよく使わせりゃいいんだよ」

「でも……」

「あいつ、プログラムしかやることないし。それに、三廻部さんとあれこれ調べだしてから、人間らしくなった気がする」


 しばらく進んだ交差点で久瀬は自転車に跨がった。

「じゃあ俺、こっちだから。どうせ事情を言ってないと思ったんで、ちょいとお節介。じゃあね!」

微笑んで手を振り久瀬を見送った三廻部だったが、一人になって歩き出した時には、ぼんやりした暗い表情になっていた。少し歩いて自宅に帰り着き、鞄を自室に置くと、縁側の籐椅子で居眠りしている祖父の様子を確かめてから、次の間の仏壇の前に座る。

「ただいま……」


 鉦の音がして、やがて線香の煙が漂った。

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