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My beloved person  作者: 水鏡 零
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序章―とある会議室にて―

明月花市は、花と異国情緒あふれる建物に囲まれた美しい都市である。

どの観光雑誌にも似たような文言が並び、写真はたいてい花に囲まれた繁華街で女性が両手をあげて笑みを浮かべているものばかりだ。

数十年前から始まった改装工事は大方終わっており、今は古びて倒壊寸前な建物は殆ど姿を残していない。

区画整備や空き家となっている建物に関して、管理会社と役所が連携して現状調査を行ったのもつい数年前の事だ。

観光地として発展する明月花市は人の行き来が活発となる一方で、不穏なうわさや事件が起こりつつあることも全国的に注目されてしまっている状態である。

良くも悪くも有名になったことによって、今まで目をつぶっていた事に対して対処を迫れていると言っていいだろう。

結果として、警察は通称特殊部隊と呼ばれる部隊を形成することになったし、役所では様々な種族に対しての配慮が見直されている。

良い方向へと変わっているとはいえ、未だ片づけられていない案件は山ほどある状態だ。


そんな大きく変わりつつある明月花市で、とある事件を皮切りに大きな事が始まりを告げていた。



――――-


「先日の魔法道具密売組織に関してですが、このような捜査結果が提示されています。」

しんと静まり返った会議室の中で、前方のボードに幾つかの資料が張り出されてゆく。

今回の件で逮捕された人物の写真がつらつらと並んだその下には、彼らに関する簡易の情報が記載されていた。

手元に置かれた資料へと目を通してみると、押収された品の一つ一つを解析した結果が書き記されている。

近くのテーブルからは落胆の声が聞こえてくるほどだ。

とにかく押収された物が多すぎる。

「世界的に有名な作家が作成した杖も押収品の中にはありました。海外で製造され持ちこまれた物よりも、国内で製造された物が大半です。」

「おいおい。これって、数年前に銀座のデパートで盗まれた億のする洋書じゃないかっ…」

ぺらぺらと紙をめくる音に合わせて、ぞっとするような声が辺りから聞こえ出す。

皆が同じように顔を見合わせては驚いたように資料をめくり、そしてまた同じような反応を繰り返すばかりだ。


事の発端は数日前に至る。


妖しげな集団が倉庫に居る、という情報が突如として警察署の方へ連絡が入った。

通報した者は倉庫の管理人で、空き倉庫の現状調査に市の職員を同行し赴いた矢先に気が付いたらしい。

貸し出した覚えのない倉庫が入り口をぽっかり開けていれば、誰でも驚くだろう。

管理人の通報により、その現場へと出向いた警察官十数名によって、瞬く間に犯人たちは拘束されてしまう。

元より、彼らは警察に気が付かれてなかったと思っていたのだ。

突然と警官に出入り口を封鎖された彼らは、なす術もなかったと現場に行った者達が口々に言っていたのを思い出す。

そして、車の中と倉庫の中に広がっていた光景に、皆が唖然としたのは数分後である。

多くの押収品は被害届の出ていた高額商品であり、未解決の窃盗事件として世間を騒がせていた物も数多く見られた。

その中には、こういった事件を担当した事のある警官でさえも、始めて見た物もあったようである。

資料に並べられた品をもう一度最初から確認すると、自分も見た事が無い魔法道具が幾つかあった。

「犯行グループは、全国各地に仲間を持っているようです。…全員が全員確保できたわけではない、というのが悔しいものですが、それでも押収された品を更に調べれば、他の奴らの足取りもとれるでしょう。」

「そうだな。これだけの押収品は過去に例がないようなものだ。」

ざわつく会議室が次第に落ち着きを取り戻し、前方のボードへと皆の視線が戻りつつある。

押収品の報告が今回の議題ではない事は誰もが承知であり、これから議題が進んでゆくことを皆が理解しているようだ。

「密売人たちの取り調べに関しては本署が担当していますが、そこで新たな証言がありました。単刀直入に言うと、彼らに品を提供していた人物の一部が割れたのです。」

ざわりと息を飲むような声が響き、前で説明をする警官の方へと一斉に視線が集まる。

彼はボード横の机から資料を持ち上げると、おもむろに開いたスペースへと張り出した。

「彼ら密売組織に押収品の一部である魔法石を売買していた人物の顔写真になります。」

「えっ…」

「あ、あれって…」

真剣な眼差しで写真へと腕を向けた警官に、周りの者達が驚いた声をあげて顔を引きつらせる。

人当たりの良さそうな男女の写真がボードに貼られ、その横には更に別の大人の写真が幾つか貼られていた。

「私達調査班も最初は驚いたのですが、幾つかの確信を得たので、この情報が偽りという事は無いでしょう。」

ソワソワとした人々の声が耳に聞こえ、辺りは一段とざわつき始める。

「明生家…でしたっけ?」

「たしか。」

ボードに貼りだされた写真の男女は、この明月花市でも有名な聖職者の夫婦であった。

聖職者と言うのは、ようは牧師やシスターといった神聖なモノを崇拝し人々にその教えを説いている者達…の総称というらしい。

実際のところ、その活動は多種多彩で、ヒトによっては魔法使いであったり鬼であったり人間であったり、種族に偏りはないという。

皆同様に神聖な神々を崇拝し、邪悪とされる物を生活から排除させる運動やミサなどを行っているようだ。

一部の魔法を使える聖職者は、戦争や紛争地帯に出かけては、現地で怪我をした人々を癒しに行っているという話も聞いたことがある。

「近所でも人当たりの良い夫婦で有名だよ。確か…子供がいなかったと思うんだが。」

腕を組んで難しい顔をした警官が、隣に座っている同僚へとぽつぽつ言葉を投げかけている。

同僚は小さく何度もうなずいているようだが、その表情は浮かない。

まわりをゆっくり見渡してみれば、皆同じような反応だ。

「まぁ、所詮表向きの顔だったというわけだな。」

自分の横で今まで一言も発していなかった宮前さんが吐き捨てるように呟いた言葉は、異様に辺りへと流れていった。

「押収された魔法石の中に、わずかながら血痕が混じっている事が判明したのが事の発端です。知らない方も多いとは思いますが、高価な品物として有名な魔法石と言う宝石は、材料として血液を使用する事はまずないとされています。」

ボードに貼られた写真が一掃され、新たに幾つかの写真が貼りだされる。

透明なダイヤモンドのような宝石が映された写真が並べられ、その表面を拡大した写真や何かの検査結果を示す表などがボードに続けざまに張り出されていった。

「専門家の鑑定と魔法石を生成できる魔法使いの方にご助力をお願いした結果、混ざっていた血痕は石を生成した本人のモノでまず間違いないだろうという判定結果が出ています。…事実的にどういう事かと言うと、非常に厄介な話です。」

説明をする警官は、おもむろに手に持った資料を幾つかめくると、それを見ながら更に説明をし始めた。

「生成者の血痕が混じるという事は、本来魔法石を作るために使用する草花や水などがまわりになく、自らの肉体を削らなければ作れない状況に陥っている、という状況が強く疑われる事になります。これが、本人の意志でない事は確かであるとすれば…」

「強制的に作らされている魔法使いがいるということかね?」

資料から顔を上げた警官を待っていたように、おずおずとした声が彼を問いかける。

「そういう…ことになります。」

「な、なんだ…って!」

「魔法石を作れる魔法使いだぞっ!そんな貴重な人材をっ!」

まるで引き金を引かれたかのように、会議室は突然と人々の声でざわつきだす。

自分の隣で静かに座っていた宮前さんは、やれやれと頭を左右に振るだけである。

思った通りの反応と言えば良いのだろうか。

「密売組織が白状した密売品の出所の一部がこの明月花市にある。その主犯格であろう販売人が、誠実な聖職者として名をはせている明生家であること。新たに分かったのが押収された魔法石の中にある血痕が生成者本人であるという事。…なんら、繋がりがあるようで途中で繋がりが切れているように感じられるのだが…」

ため息交じりに呟いた警官の言葉に押されるように、辺りはだんだんと議論をしつつも静かになってゆく。

前方で説明をしていた警官が小さく咳払いをすると、やっと皆が同じように姿勢を正した。

「魔法石を生成できる魔法使いと言うのは世界にも希少な人材だとされているのは皆さん知っているかと思います。そして、この市内に魔法石を生成できる魔法使いが数年前までご家族で住んでいたことを…長く警官としてご活躍されていた方々ならご存知のはずです。」

「えっ。」

凛とした表情で会議室の中を見渡した警官に合わせ、複数の警官たちが目を見開いて互いの顔を机越しに見つめる。

彼が何を言わんとしたいのか勘付いたのか、頭を抱える者さえも出てきている状態だ。

「しかし、その君が言いたい鎮波家の方々はここ数年で他界されているはずだっ。」

「確か…旦那さんは病死…。奥さんは……あぁ、未解決の殺人事件の被害者だったような気がするが。」

「そういえば、そんな事件がありましたね。」

ちょうど数年前のこの時期、とある殺人事件が起こった事は当時から住んでいる者たちであればだれでも知っている事だ。

あまりに惨い事件であったために、酷く怒りを覚えた者も多かったことを覚えている。

閑静な住宅街で突然として惨たらしい死に仕方をした女性は、家の貴重品さえも窃盗され命も奪われた話だ。

自分も少しばかり担当したのだが、未だに犯人は見つからず盗まれた品も一つも戻ってきていない状態である。

「あのご家族は、古くから魔法石を製造できる家系として一部の魔法使いからはとても信頼を置かれていたご家庭だったようです。ご親戚は未だに海外で活躍されている現役の方も多いようです。」

「…しかし、夫婦は他界している以上、その頃に製造されたものであれば、既に被害者はいない中で明生家が犯人だとは言えないだろう。」

「それが…ですね…?」

机から新たな資料を手に取った警官が、ボードに一枚の写真を貼る。

そこには、市内にある高等学校の制服を着た少女の姿が映されていた。

「娘さんがご存命でして、彼女は数年前…母親の殺人事件が起こった後から明生家に引き取られていたんです。」

鎮波詠美と書かれた彼女の名前らしき資料の下に、血液検査の結果が張り出される。

横には魔法石の写真が貼られ、同じような検査結果が同様に貼られる。

「なっ、ま、まさか…」

「これは完全な黒なのでは?」

そして、皆がその結果に唖然とした表情を浮かべるしかない。

「今回の密売人の件が判明してから、一部の警官だけに事情を説明し、秘密裏に彼女の近辺を捜索させてもらいました。…結果、様々な証言と事実が発覚したため、この場の会議を開催したのです。」

机に置かれた資料をめくると、そこには彼が言った捜査報告が事細かに記載されていた。

近隣住民からの証言、学友からの証言、そして彼女の通う学校から仕入れた情報など、その一つ一つを照らし合わせてみると、どれも明生家という存在が仮面をかぶっている事があからさまになるような事ばかりだ。

「数年前、彼女が明生家に引き取られてから、数々の証言が出ています。

突然と鞭を打つような住宅街に不似合いな音や、子供の泣き声が聞こえた事があるという事。教会でもないのに多くの人間が出入りを繰り返し、目撃者によれば明らかに不審な動きをしていた者がいたようです。」

人と言うのは流されやすい生物だ。

明生家と言う存在が悪ではなく正義だと表向きに植え付けられてしまえば、少しでも怪しい動きがあったとしても自分の聞き間違え見間違えだと思ってしまうのだろう。

思い起こしてみればやはり不自然だったと口々に皆が言っていた、という証言を聞いていると、いまさらと思ってしまう事も少なくは無い。

ただ、それは別方向から切り口を変えたからわかった事であり、今この件が無ければそのまま流されていた事実ばかりだ。

「ここ数か月、人の出入りが活発になる一方で、この少女の体調は激変していると学校の関係者の証言も得ています。両腕に包帯を巻いて登校した際に彼女は怪我をしたと言っていたようですが…恐らくは、魔法石を無理に作った代償かと我々は考えています。」

「それが事実なら、腹正しいにもほどがある。」

「子供を引き取ったのも、結局は自分たちの欲の為か…」

苦汁を飲むかのように低く唸る声が聞こえ、落胆や怒りに満ちた声さえも会議室には響いている。

相変わらず自分の隣に座っている宮前さんは無表情だ。

「本署の特殊部隊と内容を照らし合わせ、明生家への逮捕状を早々に制作している途中です。ここ数日で手筈は整えるでしょう。密売人たちが白状した内容からすると、この数日後に大事な取引が予定されているとのこと。」

ざわつく会議室がまた静まり返ると、今度はその視線が別の方へと向き始めた。

皆が見る先は自分の隣、つまりは宮前さんだ。

「安心して下さい。私達特殊課はすでに準備ができていますから。」

「…そ、それで彼女がここに…」

表情一つ変えずに辺りをぐるりと見た宮前さんは、静かに自分の席から立ち上がると、前方のボードの方へと歩き出した。

「鎮波詠美さんの身の安全を確保する事。明生家に集まった密売とそれに関わる者達を一掃するのが今回の我々の仕事です。万全の態勢で挑むために、多くは語ることができませんが、まぁすでに…準備は整っていると言ってもよいでしょう。」

司会を務めていた警官の横に立った宮前さんは、ボードの空いた部分に幾つかの単語を書いてゆく。

資料へと目を通してみれば、最後の方に彼女が今から説明するであろう単語と同じ内容が書かれていた。

最初から、この時点で前に出る予定だったようだ。

「さて、これからは今後の作戦についてと、密売組織の事について話をしてゆきたいと思います。」

まるで水を得た魚のように表情を変えた宮前さんは、唖然と彼女を見つめる視線を無視して話をし始めた。


-----



穏やかな昼下がりの下で、花屋を何気なく覗いた女性は、思わず息を飲むような声を出してしまった。

「…ありがとう。」

白い包み紙に包まれた花を持ち、長髪の男性が店の中から姿を現す。

赤い瞳が柔らかに笑みを作り、店の中で頭を下げた店員へと声をかけた彼は、革靴の音を響かせながらその場を去ってゆく。

「きれいな顔…」

「すごい、イケメンじゃない?」

「やばいっ、やばいって。」

隣を通り過ぎてゆく男性の横顔を見つめてしまった女性は、自分の顔がうっすらと赤みを帯びている事にはっと目を見開く。

彼とすれ違った女子高生は隣の友人をしきりに叩きだし、何度も男性の後ろ姿を盗み見るように振り返っていた。

あまりに整い過ぎたその顔立ちに、道行く人々の多くが振り返る状態である。

「ねぇ、あ、あの人…」

「今日帰国したばかりなんですって。街は随分変わりましたね。って言われたんだけど、緊張しすぎて変な答え方したかも。」

「…えぇ、でも仕方ないわよ。」

花屋の中では店員たちが黄色い声をあげ、去って行った男性の方を見つめては同じように悶える様な声を出している。

そんな声を後方に聞きつつ、男性は手に持った赤い花束へと視線を向けると大きくため息をついた。

「…人は苦手だ…」

ぼそりと呟いた彼の言葉など誰も気が付かず、男性は急ぎ足にその場を離れてゆく。

時折花束へと視線を移しては、彼は小さく微笑む。

「あぁ…もうすぐだよ。もう少しで会えるね。」

誰に言い聞かせる訳でもなく、彼は真っ赤な薔薇で作られた花束へと愛おしげに声をかける。

「私の愛しいフィアンセ。…迎えにきたよ。」

風に髪をなびかせた男性は、道端で待機していた車の方へと歩いてゆく。

静かに車内へと乗り込んだ彼は、眩しそうに車内から空を見上げる。

青々とした空の中に、煌々と輝く太陽がゆれていた。

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