嘘つきサイコパス
お伽噺です。
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これは昔でもなく、最近でもなく、どこの国ともいえない、この世界なのかも疑わしい、そんなとある場所でのお話です。
小さな村にサイコパスがいました。
サイコパスは猟奇犯罪の書物が好きで、毎日それを読んでは考えるのです。
――こんな猟奇犯罪をしてみたいな。いつか僕もこんな犯罪者になって電気椅子に座るんだ!
サイコパスには猟奇犯罪者が、英雄のように見えていたのです。
サイコパスは村の子供たちに、猟奇犯罪の本を読み聞かせていました。
「こんなヘンリー・リー・ルーカスでも殺人を後悔したことがるんだよ」
少女は興味深く聞いていました。
少年はハイハイっと手をあげて、
「殺す前にエローいことし忘れたんだ、きっと。ぎゃはは」
サイコパスは笑い「少年よ。ルーカスはエロいことをしてもエロい気分にならないんだ。殺さないとエロい気分にならないんだよ。それにルーカスはただのエロいおっさんじゃないぞ。いっぱい人を殺してるんだぞ」と諭すように言います。
すると少女が「あたし、わかっちゃった!」と跳ねるように立ちあがって手を上げます。
「好きな人を殺しちゃったんだ」
サイコパスは笑って「正解!」と言い少女の頭を撫でました。
「ルーカスはベッキーという少女を愛していたんだ。だけどベッキーは彼の憎悪していたキリスト教に入ってしまう。だから殺したんだ」
少女は「悲しいお話ね」としょんぼりとして言います。
「そうだね、悲しいお話だね。悲しいお話の後は愉快なお話をしよう。八木茂っていう男のお話があるんだ」
「どんなお話?」
少年は興味深げに聞きました。
「人間の愚かしさを体現したお話さ」
サイコパスは子供たちと楽しそうに話すのです。
「今度、トリカブト入りのあんぱんを持ってくるよ! みんな食べる?」
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サイコパスは真面目に仕事をしていた為、村の人々から信頼されていました。
朝はガラスの施工、昼は畑仕事、夜は介護施設で働いていました。
サイコパスが畑仕事をしていると、
「おまえさんは本当によく働くねぇ。お疲れ様。ほらあんぱんと牛乳だよ」
おばあさんが差し入れを持ってきました。
「おばあさん、それは捕まえる側が食べるものじゃないか」
サイコパスは怒りました。
「大丈夫、あんぱんにはトリカブトが入ってるから」
「それじゃあ、おばあさんが犯人じゃないか! とんでもない!」
「ひゃひゃひゃ、怒らせてしまった! きゃー食べられる!」
サイコパスは呆れました。
「僕は少女の肉しか食べないよ。年老いた肉なんか誰が食べるか!」
「ひゃひゃひゃ! 心はまだピチピチじゃぞ!」
サイコパスはやれやれと言いました。
「レイゲンかフィルだったぶっ殺されてたよ、おばあさん」
おばあさんは、おお怖いと言い、
「今の人格は誰なんじゃ」
「僕? 僕はマークだよ」
おばあさんは笑顔で「じゃあマーク。仕事が終わったらわたしの家へおいで。少女肉のシチューを食べさせてあげよう」と言います。
「それは楽しみだ。だけど……」
「なんだい、予定でもあるのかい」
サイコパスは困った顔をして、
「その時人格が入れ替わっていたらどうしよう」
「ひゃひゃひゃ! 多重人格とはやっかいじゃのう!」
「笑い事じゃないよー、ベジタリアンの人格がいたらどうするのさ」
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サイコパスには幼馴染がいました。
幼馴染の名前はカレン、いつも笑顔の絶やさない気丈夫な少女です。
カレンはサイコパスが誰かの家の窓のガラスをはめているところを見かけ、声をかけます。
「何をしてるの?」
「見てわからないのかい? ガラスの施工だよ」
「相変わらず働き者ねー、サイコパスの癖に」
「そう見えてるだけさ。サイコパスは嘘がうまいから」
「実際働いてるから嘘じゃないと思うのだけど……」
サイコパスはガラスをはめ終わると、ガラス周りにテープを貼り始めました。
「ジョン・ゲイシーは眠らない男と言われるほど働いて地位を得たそうだよ。でも彼は殺人鬼だった」
カレンはまた始まった、と言いました。
「テッド・バンディだって一見ハンサムで知的な人だったんだよ。僕がシリアルキラーでもおかしくないだろう?」
サイコパスはテープを貼り終わると、道具を使って灰色のどろどろをガラス周りに塗り始めました。
「シリアルキラーってなに?」
カレンが言うとサイコパスはため息を吐きました。
「君とは長い付き合いだけどシリアルキラーという言葉も覚えてなかったのか!」
「だって興味ないんだもの」
カレンはそう言って、
「そんなことより、仕事が終わったらパフェでも食べに行かない? ガラス屋さんはもう終わりでしょ?」
「無理だね」
「なんで? 畑仕事まで時間があるわよ」
サイコパスは肩を竦めて、
「誰かがガラスを割ってまわったらしいんだ。だからまだガラス屋さんは終わりじゃない」
カレンは怒った顔で「困った人もいたものね!」と言います。
するとサイコパスは、
「まあガラスを割ったのは僕だけどね」と笑って言いました。
カレンも笑って「仕事が増えるだけじゃない」と言うとサイコパスは「お金が目的さ。もっと割って儲けてやる」と言います。
「じゃあ警察に通報しようかしら」
「さあゲームの始まりです
愚鈍な警察諸君
ボクを止めてみたまえ」
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カレンの両親は幼いころに他界しており、おばあさんと二人ぐらしでした。
そのおばあさんは認知症が酷く、何をするにも介助が必要でした。
「おばあちゃん、食べて」
カレンはハイカロリーなゼリーをすくったスプーンをおばあさんの口にあてます。
「そうですね~」
おばあさんは意味不明なことを言い、注がれる視線は散漫で、食べようとはしません。
「おばあちゃん、食べて!」
カレンは強い口調で言います。
「よくないよ、カレン。無理やり食べさせても誤嚥性肺炎になるだけなんだ」
サイコパスはスプーンを受け取り、上手におばあさんにゼリーを食べさせます。
「あなたがいる時はいいわ。でも……あなたがほかの老人の介護に行ってる間、私はどうしたらいいのかしら」
カレンは困り果てたように言います。
「この村の老人ホームはいっぱいだからしかたないよ。昼はデイサービスがあるけど、夜は僕かカレンしか面倒を見れる人はいない」
「わかってるの!」
カレンは怒鳴ります。
「でも、私耐えられない……」
「大丈夫だよ」
サイコパスはおばあさんに食事を与えながら、笑って「そのうち世界一のシリアルキラーがおばあさんを殺すよ」と言います。
「世界一って誰?」カレンは涙まじりの顔で訊くと、
「神様だよ」
サイコパスはそう言いました。
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サイコパスは朝昼夜と働いて、寝る前に読書をします。
猟奇犯罪の本ばかり読んでいる彼ですが、その日は『ライ麦畑でつかまえて』を読んでいました。
その理由は大物を射殺した犯人の愛読書であったからという理由です。
するとサイコパスの家に大きくドアを叩く音が聞こえてきました。
ドアを開けるとカレンがいました。
いつも笑顔を絶やさなかったはずの彼女の顔は涙でくしゃくしゃでした。
「おばあちゃんを……殺しちゃった」
「なんだって」
サイコパスはカレンの家に行きました。
そこには首を絞められた跡のあるおばあさんの死体がありました。糞尿の臭いもします。
「だって、おばあちゃんご飯食べないし、何言ってるかわからないし、もう限界だったの!」
カレンは叫ぶように言います。
するとサイコパスは大爆笑しました。
「あははは! 馬鹿だなカレンは。まだ気づいてないのかい?」
「え?」
カレンは驚いた顔をします。
「僕はカレンに定期的に電気ショックを与えてマインドコントロールしていたんだよ」
サイコパスは朗らかな顔で言います。
「こんな時に馬鹿げたこと言わないで!」
「大丈夫、安心して。カレンはおばあさんを殺してなんかいない」
「え……」
するとサイコパスは飾ってあった彫り熊であばあさんの死体を叩きはじめました。
そしてロープを取り出し、思いっきり首を絞めて、
「おええええええええええええ」
サイコパスはゲロを吐きました。
「おばあさんを殺したのは僕だ」
「嘘つき……私が殺したのに……」
「知らなかったのかい。サイコパスって嘘つきなんだよ」
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サイコパスは警察に捕まりました。
精神鑑定を受け、弁護側は彼に責任能力がないと裁判で主張しました。
「ドラえもんが生き返らせてくれると思った」
サイコパスの供述はめちゃくちゃなものでした。
そして十年の実刑判決が言い渡されました。
サイコパスは電気椅子が良いと告訴し、却下され刑務所に入ることになりました。
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サイコパスは刑期を終えます。
「釈放されたら僕は必ず人を殺します」
サイコパスはそう言いましたが、模範囚だったこともあり釈放となりました。
釈放されるその日、
「もう戻ってくるなよ」
刑務所前の警察が言います。
「次はお前を殺す」
「はいはい、早く行け。娘さんが待ってるみたいだぞ」
「娘?」
釈然としないまま、刑務所を出るとカレンに似た少女がいました。
「誰だ、君は」
サイコパスは聞きます。
「わたしのママ、カレン……カレンの子供」
「カレン結婚したのか! おめでたいな!」
サイコパスは言祝ぎ、
「ママはどこかな?」
少女に問います。
少女はもじもじしながら、
「ママは自殺した」
悲しそうにそう言いました。
「自殺!? なんで!?」
サイコパスは驚きます。
「いつもパパと喧嘩して、パパが出てって、それで……」
サイコパスは怖い顔をします。
「おじさんのところに行けば幸せになれるって言って、わたしの目の前で薬とお酒をたくさん飲んで、死んだ」
サイコパスは泣き始めます。
「おじさんは、パパと違って優しいってママが」
「優しくない! 僕は人殺しが好きで好きでしょうがない!」
「でも、ママは、おじさんは人を愛してるって……」
「憎くてしょうがないよ! 人間も、この僕も!」
「おじさんはサイコパスなんでしょ!」
少女は叫びます。
「じゃあわたしを、だまして」
サイコパスは天を見て、言います。
「僕はサイコパスなんかじゃないよ。普通の人間だ。ありふれたただの嘘つきだ」
「普通の人でもいい! わたしを守って!」
少女がそう願うと、
「いいよ、ただそのかわり」
サイコパスは笑って、
「君をシチューにして食べるかもしんないよ。僕はアルバート・フィッシュの生まれ代わりなんだ」
すると少女は笑い、
「ママから聞いてた通りの人だ!」
少女はサイコパスに抱き着きます。
「僕は人を騙すのが得意だぞ。マインドコントロールなんてお手の物」
サイコパスはそう嘯いて、天を見ます。
「はは、みんな騙されちゃって。僕はこの少女を得るために嘘をついてきたんだぜ」
天にそう言い残すと、サイコパスと少女は手をつないでどこかへと歩いていくのです。
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読んでいただきありがとうございます。