09
アルカは思わずナッシュの肩をつかんだ。
「カインが行方不明!?」
ナッシュはびっくりして一瞬硬直したが、慌てて首を左右に振った。
「いや、行方不明ってことはないんだけど……朝には部屋にいるし」
「なーんだ……」
安心したとたん体の力が抜けた。そして面倒だと言わんばかりの視線をナッシュに向ける。
「それなら別に探す必要なくないか?」
「そ、そんなことないよ!」
アルカの服を掴みながら、ナッシュは声を荒げた。
びっくりするアルカに、ナッシュは我に返ると服から手を離す。
「最近少しやつれてるような気がするんだ。前に帰ってくるまで起きてたら、お兄ちゃん帰ってきた時間が日付過ぎててさ」
ちなみに孤児院の朝は6時と早い。
6時間も睡眠をとってないのは子どもではなくてもきついだろう。
「で、それがほぼ毎日と」
「うん……ボクいつ倒れるんじゃないかと心配でさ。さっきはお兄ちゃん学習時間中居眠りしてて先生に怒られていたし」
孤児院では塾に通えない児童のために週に二回か三回ボランティアの講師を招いて勉強をする学習時間という時間を作っていた。やることは学校の宿題か予習復習が主だが勉学に力を入れたい児童には使い古しの塾の参考書を使って教えるなどしてサポートしている。
そういえばここ最近学校の授業中でも居眠りしてたなとアルカは思い出した。カインは授業もサボることはなかったので居眠りはほとんどしなかったのに。
「お兄ちゃんが何してるのか気になって聞いてみても上の空だし。ボクお兄ちゃんの後を追おうとしたことあるけど、そういうときに限って出かけなかったりして……成功したことないんだ」
「あいつ昔から感だけは鋭いもんな」
ナッシュとカインは男子の大部屋、つまり同室だ。兄弟仲も良いから色々隠しながら行動するのも限界があるんだろう。
「だからお兄ちゃんが毎晩どこにいってるのか、何してるのかアルカお兄ちゃんに調べてほしいんだ。他に相談できて信頼できる相手はアルカお兄ちゃんしかいないから……」
ナッシュの肩が小さく震えている。その小さな拳が固く握り締められている。
よくよく見れば目の下に小さく隈ができている。
「…………」
――小さい弟にこんなに心配させるなんて……何やってんだアイツは……。
ナッシュを見ていると、まだ孤児院に来る前の小さいころの嫌な記憶まで蘇りそうで。
アルカはナッシュに聞こえないほどの小さな音で舌打ちした。
「……わかった。俺のほうでもカインが何してるのか知りたくなったからな。任せろ」
ナッシュの瞳が大きく見開いた。
「本当!? ありがとうアルカお兄ちゃん!」
「ああ。だからナッシュもカインに心配させないように、夜はちゃんと寝ろよ」
「う……」
アルカの呆れた声にナッシュは図星をつかれたようだ。
「……わかる?」
「目の下に薄く隈ができてるから近づけば誰でもわかる。先生に気づかれないうちにちゃんと治しておけよ」
「うん、そうする」
その後ナッシュは小さく頭を下げると部屋から早々に出て行った。
黙って事態を見守っていたシャーリンはまったく頭に入ってこなくなった本を閉じると、顎に手を当てて考え込んでいるアルカに振り向く。
「どうするの? お兄ちゃん」
「実の弟が尋ねても答えないものを俺が聞いても答えるわけがないだろうし。今日から夜に見張るしかないな」
「いつ出かけるかわからないのに? 毎晩見張るの?」
「うぐっ……」
痛いところを疲れてアルカは言葉に詰まった。
「いや、だがそれ以外に何の方法が――」
「ならば私が行こう」
そう言ってアルカの言葉を遮ったのは――。
「セト」
漆黒の衣装をひるがえし、椅子から立ち上がったセトはアルカを真っ直ぐ見据える。
「私ならば睡眠を必要としないから四六時中見張れる」
アルカはムッとした。
「ナッシュは俺に依頼してきたんだから俺がやる」
「その間お前はいつ発病するかわからないシャーリンをほっとくのか?」
「う……」
ちらっとシャーリンを見れば申し訳ないと言わんばかりの顔で俯いている。
「いや、もしお前に万が一何かあったら……」
「悪意ない限り破損紛失はお前たちの責任にはならないと書面に記載されていたはずだが?」
「けど――」
何か言いかけたアルカはふと頬に当たるもこもこ感に口を閉じた。いつの間にかセトがアルカの膝の上に乗ってアルカの頬に手を添えていた。
セトはアルカの目を真っ直ぐ見つめ諭すかのように語る。
「俺はシャーリンに請われてお前たちの家族になった。家族に悩みがあれば協力して解決にあたるのが家族の務めではないのか?」
セトはアルカの頭を撫でる。
「前に俺を頼れといっただろう」
「人形に頼れって言われてもな……無理があるだろ」
「フッ……そうだな」
セトが笑う。口の端が上がり、狼特有の大きな犬歯が見える。
「ならば頼られるよう実績を作るとしよう。この件、無理にでも引き受けさせてもらうぞ」




