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08

 人形であるセトがアルカとシャーリンがいる孤児院に来てから数日経った。

 始めは狼獣人型の大型な人形ということで孤児院の児童からも注目を集めたが、セトが何も話さず抵抗せず徹底的に人形として振舞ったせいかすぐ興味はなくなったようだ。今ではアルカとシャーリンの部屋に訪れる人がセトに軽く視線を向ける程度である。


「毛は毟り取られているけどなー」


 頭や背中など一部薄くなった部分を弄りながら、ニヤニヤとアルカは笑う。

 すまなさそうな顔をするのは持ち主であるシャーリンだ。


「ごめんねセト……」

「謝ることはない。孤児院に来る時点で覚悟はしていた」


 セトの声は平然としたものだ。


「それよりシャーリン、今日私が着る服はなんだ?」

「これ!」


 嬉々としてシャーリンが出したのは人形のサイズにあわせた服だ。


「今日は旧アルガニア時代のオーニア国の貴族が礼服として使用していたリザイ。漆黒の服を全身に纏った感じなんだけど腰から下がスカート風に広がっているの。一見すればコートっぽいけどガッチリとした体のセトには似合うと思うんだ!」


 首元だけはワイシャツのような襟がある白い生地だがそれ以外はすべて黒一色。胸元や肩には装飾も施されており、これで勲章でもついていれば軍人っぽく見えた。下はスカート風とのことだがそこまで大きく広がるわけでもなく、一応下にはスパッツもついていたので動きやすさには問題なかった。もちろん尻尾用の穴も忘れてはいない。

 さっそく着込んだセトは服のぴったり感と出来具合に満足げに頷く。


「うむ、今回も良い出来だなシャーリン。動きやすさも申し分ない」

「褒めてくれてありがと」


 お礼とばかりにシャーリンがセトの頬にキスをする。

 セトの服を触っていたアルカが呆れた表情をする。


「それにしてもよく作るなシャーリン。まさか毎日マメに裁縫するとは思わなかった」


 孤児院に戻ってきてからシャーリンは毎日少しずつセト用の服作りをしていた。しかも単なる衣服ならともかく、民族衣装やら礼服やら色々な国の衣装を作っているのだ。読書が趣味のシャーリンは10歳児とは思えない知識を衣装作りにも披露した。


「だって衣装作るの凄く楽しいよ」


 セトの衣装のほつれや汚れがないか確認しながら、シャーリンは楽しそうに話す。


「それにセトが着て感想くれるからね」


 羽飾りが沢山ついた派手な衣装や、全身に布をガチガチに巻きつけた衣装などアルカなら断固拒否するような変わった衣装もセトは何も文句を言わずに着た。またセトはどのように作ったのか尋ねたり、動きやすさや見栄えなどの改良点を遠慮なく意見した。それがシャーリンの創作力を刺激し、自分でも驚くほど衣装作りにのめりこんだ。

 セトの衣装をチェックしたシャーリンはまた新しい衣装を作ろうと本をめくる。アルカは最近イキイキとする妹を見ると嬉しくなる。

 目ざとくそれを見たセトがアルカに声をかけた。


「嬉しそうだな」

「まぁ……な。寝込むか本を読むかだったシャーリンが毎日あんなに楽しそうにしてるんだ。原因がお前なのが癪だけどな」


 読書以外の新しい趣味もできてアルカは少し安堵していた。これでもう少し外に出て友達と遊んだりできればいいのだが、そこはいつ持病が発病するかわからないため強くは言えなかった。ただその症状もセトと出会ってからはまだ一度も症状が出ていない。


「このまま元気でいてくれればいいけどな」

「……そうだな」


 アルカの願いにセトが同意したとき、ふと扉をノックする音が聞こえた。

 セトが咄嗟に椅子に真正面に坐って体を固定する。本物の人形として化けるときはよくこうしていた。

 セトが動かなくなったのを確認して、アルカは扉に向かって声をかける。


「どちらさん?」

「アルカお兄ちゃん、ボクだよ」


 まだ声変わりする前の少年の声が扉の向こうから聞こえてきた。

 聞き覚えある声にアルカは少年の顔を思い出す。


「ナッシュか。入っていいぞ」

「お邪魔します」


 入って来たのはシャーリンとさほど歳が変わらない少年だった。くすんだブロンドは少し長めに伸ばしていてサファイアの瞳はクリクリっとして大きく、一見すれば女の子と間違いそうになる。愛嬌もあり人見知りもしないため一部の女の子から人気の子だった。

 ナッシュ少年は部屋に入るなり自分を見つめているシャーリンに気づいて慌てて挨拶をした。


「こ、こんにちはシャーリン!」

「……こんにちは」


 少し赤くなって照れた表情をするナッシュに小さく返事をすると、シャーリンはまた本に視線を戻した。すぐ視線を外されたことにがっくりと肩を落とすナッシュ。

 わかりやすいお互いの反応にアルカは内心ため息をつく。


 妹は外と関わりをほとんど持たないせいかアルカとセト以外の人には冷たいといっていいくらい反応が薄い。それは児童だけではなく施設職員に対しても一緒なため、アルカとしてはシャーリンの持病と同じくらい悩みの種になっている。

 そしてナッシュがシャーリンに惚れていることは孤児院では当人たち以外誰もが知るところだ。確かにシャーリンは兄の目から見ても可愛い。白銀のふわふわの髪を肩まで下ろし、エメラルドグリーンの瞳はぱっちり大きく潤んでいる。鼻筋も通っているしまつげも長い。将来はきっと美人になるとアルカは確信している。ナッシュが惚れるのも無理はない。

 だがナッシュの恋路を応援するかと思えばそれはそれで別だ。シャーリンも惚れているなら応援するが、惚れるどころか興味すらないなら兄としては傍観するしかない。


「なんだ? シャーリンに用なのか?」

「あ……ち、違うんだ」


 慌てて否定すると、ナッシュはそのまま押し黙ってしまった。

 なんだかいつもと様子が違う気がしてアルカは訝しげに覗きこむ。


「どうした? 何かあったのか?」

「あ、あのさアルカお兄ちゃん……ボクのお兄ちゃん見てない?」

「ナッシュの兄ちゃんってカインのことか? いや見てないが」


 カインはナッシュの兄でアルカと同年代の少年だ。アルカと同世代の男の子はカインしかいないため、二人してよくつるむことが多かった。

 だが確かに最近はあまり顔を合わせていない気がする。


――まぁ俺は俺で変な人形引き受けちまったからなぁ……。


 ちらっとセトを見れば、視線だけこっちを見ていたセトと目が合ったので慌てて視線を外す。


「で? カインがどうかしたのか?」


 アルカの質問に、口を閉ざしていたナッシュはやがて何かを決意したかのように顔をあげた。


「お兄ちゃん、最近夜に一人でこっそりいなくなるときがあるんだ。どこへ行ってるのか探してほしいんだ」

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