06
アルカとシャーリンが住んでいるところは街の一角にある、児童30人ほどが在籍している孤児院だ。1階にリビング、多目的ルーム、厨房、事務室や会議室など、2階は寝室、風呂、保健室、倉庫などに分かれている。寝室は数人単位の大部屋から1人用の個室まで児童の状況に対応できる作りとなっていた。
基本寝室は男女に分かれて配置されているのだが、アルカとシャーリンは事情により兄弟一緒の寝室で生活をしている。食事やお風呂は部屋の外なので室内にあるのはベッド、タンス他は個人の持ち物となっている。
「シャーリンには持病があるんだ。兄の俺が面倒を見るために特別に一緒の部屋にしてもらってる」
戻ってきた兄妹は買ってきたものを仕舞ったあと、椅子の上に人形を置き、兄妹はベッドを椅子代わりにして今の状況を説明しだした。
「病気? 今日は元気に歩き回っていたではないか」
室内にアルカとシャーリン以外に人がいないため、人形は小声をやめて通常の音量で会話している。
「それが原因がよくわかってないんだ。いつもは外で軽く走れるくらいには元気なんだが、突然高熱出したり嘔吐したり咳き込んだりして動けなくなる。ひどいときは数日ベッドから動けない」
「それはまた……」
人形がシャーリンに視線を向ければ、少し困った様子で苦笑いしていた。
「一応体育とかの激しい運動は遠慮してもらっているし食事も気をつけているんだけど……根本的な解決にはなってないんだ。いつ倒れるかわからないから外出も俺と一緒じゃないと危ないし。院内でも何かあったら他の子たちじゃ対応できないから基本この部屋のベッドの上での生活なわけで……」
「つまり今日は誕生日だから特別な外出だった……というわけか」
「そう。調子悪そうならやめてたけど今日は別に問題なく帰宅できたからホッとしてる」
帰宅途中でもシャーリンの言動に逐一目を向けていたのはこの理由からかと、人形は納得した。確かに妹がそんな状態ならば兄としては毎日気が気ではないだろう。
室内も女の子がいる部屋としてはベッドにタンス、化粧台、あと本棚だけと殺風景だ。化粧台があるのはシャーリンがいるからだろうか。だがそこにアクセサリーや化粧品などは一切見かけない。
「兄のお前はなんともないのか」
「オレは本当になんともないんだ。そりゃたまには風邪とかはひくけどそんなん誰だってかかるだろ」
人形は呆れた顔でため息をついた。
「風邪でも侮れぬぞ。感染病の種類によっては風邪と症状が似ているものもあるからな」
人形の言ったことにアルカは瞳を見開く。
「えっ? そうなの?」
「風邪は万病の元というだろう。風邪に似た病気もあれば、ただの風邪から症状が悪化して最悪死に至る場合もある」
「マジかよ……」
呆然とするアルカを置いて、人形は神妙にこちらを見つめるシャーリンのそばまで近寄った。
そしてシャーリンの手を引いて脈をとり、次に喉をさわり、顔をさわり、そして服の上から胸を――
「おい、何してんだ変態」
触ろうとしたところでアルカに腕を捕まれた。
人形は捕まれた腕を見たあと、こちらを睨みつけているアルカに振り向いた。
「異常がないか見ているのだ」
声は至って真面目だった。
「お前医師免許持ってるのかよ」
「そんなもの持つ人形なぞいるはずがなかろう」
「……オイ……」
「そう殺気立つな。持ってはいないが知識なら多少はある」
そう言って、人形は若干赤い顔をするシャーリンに尋ねた。
「今日はどこも調子が悪くないか?」
「問題ないよ」
「症状が出るときに何か前兆のようなものはあるか? 普段食べないものを食べたとか、いつも以上に無理して動いたとか、朝か夜、夜中に多いとか」
「うーん……」
しばらく首を傾げて考えていたシャーリンだったが、小さく左右に頭を振った。
「わからない……」
「そうか」
「ごめんね」
申し訳なさそうな顔をするシャーリンに、人形はそっと手を添える。
「謝るな。そのような辛い症状なら状況を逐一覚えているのは無理があるだろう」
「うん……」
「悪いのはお前ではなくお前を苦しめている病気のほうだ。お前は何も悪くない」
人形の手を握り締める力が少し強くなった。
「ありがとう、人形さん」
シャーリンの口元にかすかに笑みが出ていた。
「では逆にいつもより気分が良くなったとかはあるか? 覚えてないならかまわないが」
「気分がいいとき……」
一瞬の間のあと、シャーリンは一旦手を離すと人形を両手に抱え力強く抱きしめた。
「んふっ!?」
「人形さんをこうやって抱きしめているときかな」
人形をきつく抱きしめるシャーリンにアルカが悲鳴にも似た叫び声をあげる。
「シャーリン! その人形は普通の人形じゃないんだから不用意に抱きしめるのはやめろ!」
「私の人形さんなんだから別にいいでしょ?」
「そんなに人形が欲しいなら俺が別のものを買ってやる! だからそれを離せ!」
シャーリンはフイッと顔を背けた。
「嫌。他の人形はいらない」
「シャーリン!?」
アルカの悲鳴はどこへやら。
「…………」
幸せな顔で人形を抱きしめつつ毛並を撫でるシャーリンに、人形は黙ってなすがままだ。
「お前もシャーリンから離れろよ!」
「私の主はシャーリンなのでな。主が求めているなら離れるわけにはいかぬ」
「ぐっ……」
アルカが固い拳を作ったまま震えている。
そんな兄を尻目にシャーリンはとろけた様な表情で人形を撫で回す。
「ふふっ……もこもこさん気持ちいい……」
人形の耳がピーンと張った。
「もこもこさん? それが私の名前なのか?」
「違うよ。もこもこは毛並み。尻尾もふわふわして気持ちいい」
満足するまで十分撫でてから、シャーリンは人形をテーブルの上に置き、自分はその向かいに椅子を置いて坐った。
シャーリンは子供ながら真面目な顔つきになると、一呼吸してから口を開いた。
「人形さんの名前はね、いろいろ考えたの」
「いろいろ」
「うん、いろいろ。呼びやすくて、かっこよくて、人形さんに似合う名前を考えて……決めたの」
そういうとシャーリンは本棚から一冊の本を取り出した。パラパラと開いて、あるページで止めた。
「人形さんの名前は――セト」
シャーリンが見せたそのページにセトと書いてあった。
「邪神、簒奪者、性欲の神とか色々言われているけど」
「邪神……性欲……」
人形がちょっと凹んだ。
「でもどの本にも共通しているのは偉大な強さの神」
「偉大……」
「人形さんを見ててこれが一番ぴったりだなって思ったの」
少し瞳を伏せた人形だったが、やがて力強く頷いた。
「わかった。これからはセトと名乗ろう」
「うん、よろしくねセト!」
人形を抱きしめるシャーリンに、アルカは頭をかかえた。




