04
店員が出した書類に人形がサインをして契約終了になった。人形が文字を書いている姿にアルカはもう驚く元気がなかった。
「ほい、これで契約完了。ご苦労さん」
そう言って書類を受け取った店員はアルカに視線を移した。
「……大丈夫か少年?」
「大丈夫じゃなかったら返却に来ます」
「ダメッ!」
はっきり答えるアルカにシャーリンは取られまいと人形を強く抱きしめた。
それを見たアルカが諦めたかのように大きくため息をつく。
「……しばらく様子見する」
「シャーリンの不興を買いたくないならそれが賢明だな」
「だからなんでお前いっつもえらそうなんだよ」
アルカがシャーリンの胸元に抱えられてる人形をジト目で睨む。視線を受けても人形は平然としていた。そんな人形を見て店員がつい指摘する。
「少しは少年と友好的になるよう努力しろよ」
「善処する」
本当に大丈夫かねぇ……と少し心配になる店員だった。
店員に見送られ、店から出た二人と一匹。
兄妹の後ろを歩いてついていこうとする人形に、アルカは頭を抱えた。
「お前、歩いてついていくのか?」
「いかんのか?」
「人形が人間についていくなんて知らない奴が見たら驚愕もんだろ」
ハーッと何かを諦めたようにため息をつくと、アルカは人形を肩の上に抱えあげ、両足を両肩の前に出すようにし……いわゆる肩車の体制にした。
「おお!高い」
人形の声がどことなく嬉しそうだ。
「ちゃんと両手は頭に添えて後ろに体重かけないようにしてくれよ。あと話すときは極力小声にしろよ」
『了解した』
さっそく返事が小声になった。アルカの耳や首筋にもふもふとした感触が張り付く。頬にあたるプニプニしたものは肉球か。少しくすぐったくてアルカは身震いした。
その様子を見ていたシャーリンが口を開く。
「そういえば人形さんの名前決めないとね」
「名前……」
つい人形の顔を見上げたアルカは、ふと先ほど人形が書いていたものを思い出した。
「お前、さっき書類にサインしてただろ? あれ自分の名前じゃないのか?」
返事が来るまで若干の間があった。
『あれはこの人形に割り当てられた名前だ』
兄妹は思わず顔を見合わせた。
「名前あるの?」
『D-38a』
「は?」
『D-38aだ』
兄妹揃ってテンションが下がった。
「それ製造番号じゃないのか? 名前じゃないだろ」
「可愛くない」
シャーリンはものすごく不満顔だ。
『ならば考えろ』
他人事に言う人形に、アルカついイラッとした。
「だからなんでお前そんなに偉そうなんだよ。落とすぞ」
『落とされたら後ろから歩いてついていくだけだが』
「…………」
どう考えても周囲からの余計な視線を集めるだけなのでアルカは沈黙した。
「じゃあ私が考えてもいい?」
『私はシャーリンの人形だ』
「ありがとう」
シャーリンはさっそく名前を考え始めているのか、虚空を見つめてなにやらぶつぶつ呟いている。
「シャーリン、ちゃんと前を見ろ」
「見てるよ」
「本当かよ……」
心配になったアルカは空いた手でシャーリンの手を握った。
「お兄ちゃん?」
「しっかり捕まってろよ」
「……うん」
アルカは照れくさそうだったが、シャーリンは少し嬉しそうだった。
兄妹と人形は店を離れ街中を歩く。狼獣人型のでかい人形に道歩く人の視線を誘うが、人形はまっすぐ前を見つめて動かないようにしていたので、ただの人形と思われたのか視線は一瞬だけですんだ。
アルカの肩車になっている人形を見つめながら名前を考えていた妹はふとあることを思い出した。
「あ、お兄ちゃん。少し寄りたいところがあるんだけど」
「どこだ?」
「布とか裁縫道具売ってるところ。人形さんの衣服作らなきゃ」
そういえば肩に乗ってるコイツ全裸だとアルカは今になって思い至った。体は人形だから全裸でも問題ないけども。
「これだけ大きいのだから色々着せ替えできるね」
「布とか必要なものあるならオレが買うよ。さっきのところ結局何も買わなかったし」
「本当? ありがとうお兄ちゃん!」
妹の笑顔にアルカもつい笑顔になる。
アルカとしてはシャーリンには服とかアクセサリーとかもっと女の子らしいものを選んで貰って買うつもりでいたけれど。
――まぁ本人が嬉しそうだからいいか。
アルカの頭上で視線だけでもキョロキョロしている人形は偉そうだし人の話聞かないしでアルカとしてはまったく可愛くない。だがシャーリンがこんなに喜んでいるのだから、あの掲示板にコメントくれた人のアドバイスに従って一緒に買い物に出かけたのは結果的にはよかったのかもしれない。
――今日はシャーリンにとっていい思い出プレゼントになったかなぁ。
少しでもそうなってくれればいいと思うアルカだった。