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笑いすぎて喉が渇いたので、事前に看護師が用意してくれたお茶を出してシャーリンにも振舞う。
お茶を飲んで一息ついたところで、セトはアルカに向き直った。
「アルカ、ひとつ質問がある」
「ん?」
「お前、養子になるつもりはないか?」
一瞬何言われているかわからなかった。
――用紙?……いや用紙になるってなんだよ紙じゃねぇよ。ようし、養子……。
「養子ぃぃ!?」
アルカはびっくりして頭がクラッとしてお茶が入ったコップを落としそうになった。。
「え……えええ? ど、どういうことだ?」
混乱するアルカを前にセトは特に表情を変えることなくたんたんと聞く。
「養子縁組をする気はないかと聞いている」
「養子って何で!?」
アルカの声は裏返っていた。胸の痛みなんてどこかに吹き飛んでいた。
シャーリンが口を開いた。
「血縁関係なしに親子関係を作ること」
「いや、俺だって誰かの子になるってくらいなら知ってるよ!」
アルカが聞きたいのはそうではない。
「なんでいきなり養子縁組の話が? 一体誰がオレと? シャーリンは?」
セトは何も答えず、どこに隠し持っていたのか二枚の紙を出した。両方とも養子縁組届だった。
受け取って中身を見れば一枚はすでに養子以外の必要事項が埋まっている。もう一枚はすべて埋まっていて養子にシャーリンの名前が書いてある。いつの間に。
二枚とも自分の親になるだろう養親に同じ名前が書いてあった。その名前をじっくりと眺めて、アルカの眉間に皺ができる。
「……知らない名前だ……」
「安心しろ。相手はお前のことをよく知っている」
セトは胸を張って断言した。アルカの頬がひくついた。
「いや、知らない人間がオレのこと知ってるとかもっと安心できないけど! 怖いけど!」
「大丈夫だ。上手く付き合えると私が保証する」
「いや、だからどこから来るんだよその自信」
聞けば聞くほどアルカは理解できない。というか怪しい、ものすごく怪しい。
断ろうかと口を開きかけたそのとき、遮るようにセトが言った。
「相手はアルカやシャーリンが大学を出るまで面倒をみると言っている。もちろん学費も全額出す」
「!」
アルカは固まった。
「大学までいかずともやりたいことがあるなら支援すると言っている。全面的にこちらの意志を組んで協力してくれるようだ」
「!!」
「シャーリンと一緒に養子になれば独り立ちするまでずっと一緒に暮らせるぞ」
「!!?」
「ああ、シャーリンの持病は把握している。しっかり完治するまで面倒を見てくれる。担当医のハイアルドとも知り合いだからな、問題はない」
つまりそれは。
呆然とするアルカを見てセトの口の端が上がる。犬歯が見え隠れした。
「孤児院を出た直後のお前が将来を心配しながら一人あくせく働く必要はないということだ」
アルカは言葉が出なかった。
「マジ、かよ……」
美味過ぎる話だと思った。欲しいものがすべて揃っている。
親という支援者がいない自分たちには手に入らないと思っていたすべてが。
だが、尚更疑問が増える。
「なんで俺と養子縁組するんだ?」
「理由がほしいのか?」
「当たり前だろ。いくらなんでも俺らに都合がよすぎる。俺やシャーリンが特別何かに優れているわけでもないのに、そこまで面倒見てもらう理由が思いつかない」
アルカがそう言うと、セトの目が大きく見開いた。
「なるほど、アルカのわりにはよく考えているな」
「わりにはってなんだよ」
関心したように呟くセトに、アルカはイラッとした。
自分たちの今後のことなのだ。目の前に美味そうな餌がぶら下がっていてもすぐに食いつくわけにはいかなかった。食いついたら最後、何が起こるかわからない。アルカがいつも以上に慎重になるのは当然だった。
ふむ、とセトが考え込む。
「アルカやシャーリンと一緒にいたいというだけではダメなのか?」
「だからなんで俺らなんだよ。一度も会ったことすらないんだぞ」
「ふむ、お前がここまで頑固だとは思わなかった」
アルカはイライラした。さっきからセトがはっきりと物事を言わないからだ。普段のセトからは考えられなかった。
だからストレートに聞いてみることにした。
「なぁ、お前知ってるだろ? この養親」
「ああ」
セトははっきりと頷いた。
「なら会わせてくれよ。理由は直接聞くから」
セトが口を開くまで若干の間があった。
「会いたいか?」
「そりゃ親になるかもしれない人なら会いたいだろ」
どんな人なのかわからないからこそ会って話してその人となりを見たい。きちんと見極めなければならない。
――実の親みたいにオレとシャーリンを見捨てるかもしれないし。
二度と失敗しないように、二度とあのような思いをしないために。
セトはじっくりアルカの顔を見たあと、くるっと背を向けた。
「会うのは無理だ」
まさかの拒否にアルカはポカーンと口を開けた。
「えっ? なんでだよ?」
「約束したのだ。シャーリンと」
「へっ!?」
思わずシャーリンの顔を見れば、シャーリンはニコニコ笑っているだけだ。
「シャーリン、お前会ったことあるのか?」
シャーリンは笑顔のまま頷いた。
「あるよ。すごくいい人だよ」
「……なんと約束したんだ?」
「んー……」
シャーリンはチラッとセトに視線を送ってからこう答えた。
「私やお兄ちゃんに二度と寂しい思いはさせないって約束してくれたよ」
いつの間に会ったんだとか、なんで俺に紹介しなかったんだとか、聞きたいことはそれじゃないとか。
言わなければならないことは沢山あったけども。
「だから、一緒にその人の家族になろうよ。お兄ちゃん」
シャーリンのお願いになんだか毒気を抜かれた気分になった。
――とても嬉しそうな顔するんだもんなぁ。俺が断るなんて考えてない顔だ。
養子縁組届をもう一度見る。あと書かれていないのは養子欄だけ。
「ペン貸して」
「はい」
シャーリンが素早く出した。どこに持っていたんだという突っ込みは野暮だ。
アルカはサッと自分の名前を書くとセトに渡した。
セトは用紙を確認して、頷いた。
「届けは出しておく」
「セト」
椅子から飛び降りて扉に近づいたセトは名前を呼ばれて振り向いた。
「なんだ?」
「養親になる人に伝えてくれよ。「父親と呼んでほしければ俺に会いに来い」ってなぁ!」
アルカがニヤリと笑う。……直後、絶叫した。
「いってぇぇええええ!」
「お兄ちゃん!?」
格好つけて声を張り上げたせいか骨折した肋骨に響いたようだ。痛みで悶絶するアルカに、シャーリンがオロオロと戸惑っている。
セトは呆れた様子でそれを眺めた後、一人部屋を出ていった。




