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「なぜ、そう思う?」

「お兄ちゃんがセトを間違えるとは思えないから」


 あの時足で頭を蹴られて脳震盪を起こしていたから断言はできないけども。


 あの人間がセトなら納得できる部分はあった。セトの知識量と物分りのよさ、人の扱いに慣れている様子、そしてハイアルドがセトの外見ではなく中身に興味があること。外見とは人形のことだとすると中身というのは。


――セトを動かしているのは人だとしたら。


 そう考えると納得できる。遠隔操作か何かでセトという人形を操っているのかもしれない。


――そしてその人はお兄ちゃんを助けてくれた人だとしたら。


「お兄ちゃんがセトって呼んだとき、あの人は違うって言わなかったよ」

「……なるほどな」


 セトはどこか諦めたような様子だった。


「ああ、あれも私だ。この体が調整中で動かせなかったものでな」

「やっぱり」


 あの綺麗な髪の男の人がセトだったのだ。

 そう思ったら頭で考えるより先に口が動いていた。


「セトって人間なの?」

「人形より人間がいいのか?」


 逆に返されてしまった。シャーリンは考えた。


「んー……」


 人形なら抱っこできるし、もこもこだし、全身撫でられるし、着せ替えもできる。

 何よりシャーリンのものだからずっと一緒に居られる。


 でも人間ならどうだろう。


――人間なら。


 シャーリンが見た本には生きとし生けるものは出会いもあれば別れもあるとあった。どの本にもだ。

 つまり人間ならばいつか離れ離れにならなければならないときがあるということで。


――つまりそれは。


 人間のセトも両親みたいに二度と帰ってこなくなったりするのだろうか。

 セトがいなくなれば誘拐されたときのようにアルカがまた壊れたりするのだろうか。


「…………」


 考えれば考えるほどもやもやとした不安な気持ちになって、シャーリンは自分の胸にセトを押し付けてぎゅっと力強く抱きしめた。

 さきほどと違うシャーリンの様子にセトは困惑する。


「どうしたシャーリン? どこか苦しいのか?」

「……人形がいい、かも」


 セトが返事するまで少し間があった。


「そうか、人形がいいか」

「うん」


 セトが軽く胸を叩く。シャーリンが腕の力を弱めると、セトはするりとそこを抜け出し……シャーリンの首に腕を回し抱きついた。


「ならば人形のままで居よう。アルカやシャーリンが二度と寂しくならないように」

「約束だよ?」

「ああ、約束だ」


 目を細めながら力強く頷いたセトを見て、シャーリンはホッとすると同時に嬉しくなった。胸のもやもやとしたものが嘘のように引いていく。

 人間のセトはわからないが、人形のセトの言うことは信じられる。

 出会ってからまだ半年も経っていないし、その間にもいろいろあったけども。


――だってセトは一度も嘘を言わなかった。

 

 シャーリンは右手の小指を出した。意図を察したセトも右手の指を出しシャーリンの小指と絡める。そして二人で歌った。


 ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーます。ゆびきった。


 これがシャーリンがセトと交わした初めての約束事だった。




 午後の診察を終えると、シャーリンはセトを連れてアルカのお見舞いに行った。セトはメンテナンス後、アルカにまだ会っていなかったらしい。


「アルカお兄ちゃん、来たよー」

「ああ、元気か? シャーリン」


 声をかけながら扉を開けると、奥からアルカの声が聞こえる。


「お兄ちゃん、動けないから私がいつも会いに行くんだ」

「シャーリン、誰かいるのか?」


 シャーリンがセトに説明をしていると、その声を聞いたアルカが問う。シャーリンはなんだかわくわくして、アルカからセトを隠しながら兄のそばまで行った。

 ベッドでは未だに骨折の痛みで動けないアルカがシャーリンに顔だけ向けている。顔色は良いようだ。


「誰だと思う?」

「……誰もいないようだけど」

「じゃーんっ!」


 シャーリンは隠していたセトをアルカの目の前に出した。

 セトは無言だったがどこか不機嫌そうな表情をしている。


「…………」

「…………」


 一人と一匹はしばし見つめ合った。

 やがて恐る恐るアルカが問う。


「せ、セト?」

「……久しいな、アルカ」


 セトがいる。一ヶ月かかるって言ってなかったっけ? まだ経ってないよね?

 そう言いかけたが、それよりなにより……アルカはセトの衣装が気になった。


「お前、それ……赤ん坊スタイル?」


 口にはおしゃぶり。股には赤ちゃん用オムツ。

 シャーリンのお手製ではなく、どうやら本物のオムツらしい。


――立派な毛並みを持つムキムキの狼獣人がオムツとおしゃぶり……。


「…………」

「…………」

「……ぷっ」


 我慢の限界だった。


「ぶわっははははぁぁぁあああああああああいてぇぇぇえええええええええ!!」


 アルカは笑いながら胸の激痛に苦しむハメになった。




「お、お前オムツ……おむつ……!」

「オムツ連呼しながら笑い苦しむ人始めて見たよお兄ちゃん」

「く、くそぅ……骨折がなければ思いっきり指差しして笑えたのに!」


 冷静に突っ込むシャーリンに、アルカはものすごく苦悶に満ちた顔をして胸を押さえている。

 だがアルカの口元はまだ笑いで緩んでいた。


「だって病院内暇なんだよ」


 服を作る材料も道具もない。買いにいくお金もない。

 シャーリンは辛かった。もう二週間以上衣服作りができていない。入院前は毎日最低一時間は衣装作りに専念していたのに。それが入院を境にできなくなるのはシャーリンに相当の負担を強いた。だから考えて考えて考えぬいて、今手に入るもので着せ替えして少しでも気を紛らわそうとした。


 病院内を歩いているときに大量のオムツの山を見て思いついた。まだやったことがない赤ちゃん衣装をしようと。


 診察に来たハイアルドにお願いして借りたのだ。何に使うか聞かれたので答えたらなぜかノリノリで協力しておしゃぶりまで貸してくれた。抱っこ紐まで用意しようとしてくれたがそこまで借りるのは申し訳なかったので断った。

 オムツをつけている最中セトは抵抗もせず始終無言だったが、おしゃぶりをつけたら目が死んだ魚になった。


「セトも可愛いけど赤ちゃんはもう少し小さい子のほうがもっと似合うね」


 もっともだが、体を張りながら死んだ目をしているセトがものすごく可哀想に見えてきたアルカだった。


「いくら人形でデフォルメされているとはいえ、一応大人な形なんだからさ……。赤ちゃん衣装はないだろ赤ちゃんは」

「でもお兄ちゃん凄く笑っていたじゃん」

「ああ。この上もなく笑えた。あんなに笑ったの初めてかもしれない」


 アルカは正直に答えた。


『後で覚えているがいい……』

「ん? セト何か言った?」

「なんでもないぞシャーリン」


 セトは泣けない自分が辛かった。初めて人形をやめたくなった。

 針一千本飲まされるので口にはしないが。


「でもさ、なんかこうして家族揃うの久しぶりだね」


 赤ん坊セトを両手で抱っこしながら、シャーリンが微笑んだ。

 そんな顔を見て、アルカもなんだか嬉しくなる。


「ああ、そうだな……」

「…………」

「……ぷっ」

「顔がおたふくになっているぞアルカ」


 セトの声はものすごく低かった。


「す、すまんシャーリン……セトのおしゃぶりとオムツ外してくれ……。シリアスになれない……胸が痛い……!」

「えー、可愛いのに」


 シャーリンは嫌がったが、ぷるぷる震えながら悶えるアルカを見て渋々外した。

 外されたとたんセトの目が生き生きとした。


「裸はすばらしい」

「お前それ、人前で言うなよ変態発言だから」


 仁王立ちになって感動しているセトに、アルカはつい注意した。

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