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 シャーリンがいる病院の個室にある日、蒼い狼獣人型人形であるセトがやってきた。どうやらメンテナンスが終わったらしい。

 セトを連れて来たのはまだ二十台半ばくらいの若い青年だった。こげ茶色の短髪に、モスグリーンの瞳がシャーリンを見ている。少し堅物そうだが真面目そうな印象を持つ人だった。

 シャーリンは青年からセトを受け取った。久々のもふもふの感触に自然と笑みが浮かぶ。


「あれ? でも一ヶ月はかかるって言ってたよね? まだ二週間しか」

「急がせた」


 セトはそう言ったきり黙りこんでしまった。それ以上は聞くなということらしい。


「御か――」

「おい」

「ん、んんっ……せ、セトさ――ん」


 青年はどうやらセトのことを知っているらしい。セトが話しても驚いていない。セトを人として当然のように扱っている。

 シャーリンの担当医であるハイアルドのようにセトの開発かメンテナンスに携わっている人なのだろうとシャーリンは結論付ける。


「セトさん、をよろしくお願いします。シャーリン様」


 自分より一回り年上の男性に様付けされて頭を下げられて、驚いたシャーリンは慌てて首を左右に振った。


「様付けされるほどえらい人じゃないですっ! 顔を上げてください!」

「ですが……」


 お願いに躊躇う青年がシャーリンには理解できない。知らない大人から丁寧に扱われる理由がわからないのに。


「シャーリンがそう言っているのだ。平民の子のように扱え」

「わ、わかりました」


 セトの叱責に青年は少々萎縮しつつも頷いた。

 なにやらさきほどからセトのほうが青年より偉そうだ。いや、セトが偉そうなのは出会った当初からずっとだが。

 恐縮してしまっている青年がシャーリンにはなんだか可哀想に見えてくる。


「あの……もっと気楽にしてくださいね。疲れますよ?」

「あ、はい……」

「あ、そうだ」


 シャーリンはあるものを思い出すと、近くの小さな棚から飴玉を取り出した。


「飴いりますか? 甘くて美味しいんです。ハイアルド先生から貰いました」

「は、ハイアルド様から……」


 今度は恐怖で顔を青ざめだした。おかしい。気分を落ち着かせるために飴を出しただけなのに。

 渡すためにシャーリンの掌に置いた飴をとったのは青年ではなくセトだった。


「食べられるのかこれは?」


 質問が味ではなく食えるか食えないかになっている。飴玉に対する質問ではない。


「甘くて美味しいよ?」

「食べたのか」

「だって勿体無いし」


 とても甘くて、でも後味がまったりしてなくて何個も食べた。


「ふむ……」


 ひとつ頷くとセトは持っていた飴を青年に渡した。


「安全だそうだ」

「よかったです」


 青年はほっとした表情で包み紙を開けると飴玉を口に入れた。どうやら美味しいらしく少し頬が緩んでいる。


「だから最初からそう言っているのに」

「許してやれ。アイツはアイツなりにハイアルドにトラウマがあるのだ」


 少し頬を膨らませるシャーリンに、セトが苦笑する。

 あの天使のような美貌でこの青年に一体何をしたというのか。初めて会ったときから真面目なお医者さんとしか見えていないシャーリンにはまったく想像ができなかった。

 その後、セトがシャーリンの治療内容について話を求めてきたので、やっていることを説明した。


「毎日検査と治療用魔石の交換。あと散歩と体操と一日三食の食事、かな。合間に病院内の学校でお勉強しているんだ」


 治療用魔石はシャーリンが胸元に下げているペンダントだった。文字が刻まれた円盤の真ん中に小さな魔石が埋め込まれている。これを外さずに四六時中身につけているだけなのでまったく負担には感じていない。


「孤児院にいるときとそう大差はないな」

「まだ当分この生活なんだって。魔素が安定してきたら、食事と運動量増やすって言ってたよ」

「そうか」


 これでも孤児院にいるときより気分はだいぶ良い。なんかすっきりした感じなのだ。

 ちゃんと改善してきているのかはよくわからないが、頑張って治療を続けようとシャーリンは思っている。

 会話が途切れたところで、シャーリンは思い切って聞いてみることにした。


「ねぇセト」

「どうした?」

「聞いていい? あの時のこと」


 セトの瞳が細くなった。


「お――……セトさん。私はこれにて」

「ああ。ご苦労だった」


 青年は頭を下げると、音も立てずに静かに部屋を出ていった。

 その姿が見えなくなってから、セトは口を開いた。


「何を聞きたい?」

「お兄ちゃんを助けてくれた人のこと」


 セトが笑ったようだった。


「誘拐犯のことではないのだな?」

「あ、そっちも知りたいかも。なんで私拐われたの?」

「お前は美人だからな。高く売れると目をつけられていたようだ」


 誰が、とは、どこに、とは言わなかった。


「帝都大付属病院に入れば誘拐が難しくなるからその前に……と、いうことらしい」

「そうなんだ」


 自分のことなのに、シャーリンはそれを平然と受け止めていた。

 セトが不思議がって尋ねる。


「他人事のように言うのだな」

「だって犯人は捕まったのでしょ?」

「ああ。もう二度と悪さはできん」


 生きているかもわからないが……と呟いたセトの言葉は小さすぎてシャーリンには届かなかった。


「それで? アルカを助けた人物ということだな?」

「うん。背が高くて、髪が長くて、とても綺麗だった」

「……顔は見たのか?」


 シャーリンが肩を落とした。


「背中からだから見えなかったの」

「そうか」


 セトはどこか安堵しているようだった。


「お兄ちゃんが見てたはずなんだけど「記憶がない」って言われちゃって」

「…………」

「ねぇ、セト」


 シャーリンは両手で向かい合うようにセトを持ち上げた。


「あの人はセトなの?」

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