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「へぇ……セト、ね。セトかぁ」

「名前を連呼するな」


 関心したような女の声に、憮然とした男の声が響く。

 帝都にある某所のとある一室で、男と女が会話をしている。部屋は薄暗く、各所で魔道具が起動しているらしい機械音が断続的に響いていた。


「いやでもセトって言い得て妙よね。そのシャーリンちゃん? だっけ、妙に的確なネーミングつけるわね」

「……私は邪神でもなければ性欲の神でもない」

「あら、拗ねちゃった?」


 女のからかうような声に、男はひとつ咳払いをする。


「まぁ、あの子はとても賢いからな。自然と何かを察したのかもしれん」

「アナタが人を褒めるなんて珍しー」


 女の声は棒読みだった。


「エルフ並の魔素を持つ人間の子供かー。確かにどこかしら変わった部分はあるのかもね。……あーあ、私が診てみたかったなー」

「視てみたいの間違いだろう」

「あはは、よくわかってるじゃん」


 呆れたような男の声に、女はそう言って大げさに笑う。


「そういえばあんたの忠犬さっきまでいたのにいないけど?」


 男の返事は少し間があった。


「……少し調べ物にいかせている」

「調べ物? へぇ、何を?」

「答える義務はない」

「おー、こわっ」


 拒絶ともとれる男の返答に、女はわざとらしく身震いした。


「で? セトを早く直せと?」

「ああ。出来る限り早急にだ」

「そんなにすぐに会いたいならその格好でいけばいいじゃーん。アナタにとって外見なんてただのお飾りでしょ?」

「…………」


 男は黙ってしまった。

 女は盛大にため息をついた。


「なんかアナタって本当いろいろ面倒よね」

「……昔はそう思ったことはなかったが、今は少しそう思う」


 男の声はさきほどと違い少し元気がなかった。


「私なら願い下げだわ。さて、珍しいお願いでもあるし、頑張りますかー」


 まったくやる気がなさそうな声で女がそう言った……その時、バタバタと誰かが走ってくる音が聞こえる。


「おい、御方はいるか!」


 部屋にいる男よりも若い男の声だった。


「目の前にいるじゃん」

「ああ、いらっしゃいましたか」


 若い男は安堵したようだった。


「何事だ? 調べ物はもう済んだのか?」

「すみません、そちらはまだ途中でして……」


 若い男は姿勢を正すと事務的に報告を始めた。


「それではなく、先ほど彼の者より連絡がありました。御方が世話になった少年と少女が誘拐され、現在行方不明との……――!?」


 大気の振動とともに部屋の何かが破壊される音が続々と響く。

 慌てたのは女と若い男だった。


「ちょ、ちょっと抑えてよ!! ここで破壊活動されたらたまったもんじゃないわよぉ!」

「御方! 落ち着いてください御方!!」


 二人の叫び声に、だんだんと破壊音が小さくなった。


「……二人は何処だ」


 男の声には抑揚がなかった。


「……しょ、少年と少女はまだ無事と思われます。周辺住民の聞き込みと捜査により所在を確認したとの情報を得ましたのですぐには……」

「三度は言わぬ。二人は何処にいる?」


 男から漏れる尋常ではない怒気に、誰かがごくりと喉を鳴らした。




「お――……ちゃん、お兄……。……お兄ちゃんっ」


 シャーリンの呼ぶ声に、アルカはハッと目を覚ました。


「シャーリ……あだっ!?」

「お、お兄ちゃん!?」


 急に頬と腹に殴れたような痛みが走って手を押さえようとしたが、そこになって両手が何か縛られているのを感じた。硬く結ばれているのか、どんだけ手を動かしてもびくともしない。ここに連れてこられた記憶はないからどうやらトランクに入れられたあと気絶していたようだ。

 周囲を見ればどこかの工場か倉庫のようだ。薄暗くて埃っぽいだだっ広い部屋によくわからない荷物が乱雑に積み重ねられている。窓もなく、出入り口は数メートル先にある扉一つのみ。


「大丈夫? お兄ちゃん?」


 心配そうな妹の声に振り向けば、少し離れたところの柱にシャーリンも両手を縛り付けられ動けないでいた。シャーリンの顔色が少し悪い。


「ああ、大丈夫だ。シャーリン、お前こそ大丈夫か?」

「大丈夫だよお兄ちゃん。少し寝たから」


 そう言って微笑んでいるが無理しているのは明らかだ。

 何も出来ない自分にアルカは悔しさを滲ませる。


「……シャーリン、オレが気絶してから何があったか知ってる範囲で教えてくれ」


 シャーリンは少し考え込んだ後、ゆっくりかつはっきりと話す。


「お兄ちゃんが後ろのほうに入れられたあと、乗り物に一緒に乗せられて真っ直ぐここに連れてこられたの。暴れたら危ないと思って素直にしてたら何も痛い事されずにそのままここに縛り付けられた」

「正解だシャーリン。抵抗したらオレみたいにやられるのがオチだ」


 シャーリンは少しホッとした様子を見せる。が、まだ安心はしていられない。

 誘拐される前にあれだけアルカが叫んだのだから誰かが気づいてくれたのだろうか。ただ深夜で周辺には誰もいなかったから気づかれていなかったら最悪だ。ただの殴られ損だ。

 おかげでアルカは今でも痛みに呻くくらいかなり強烈に腹を殴られた。頬も腫れているだろう。

 アルカが殴られたのはあの強盗以来だ。あのときはセトが助けてくれたからなんとかなったが今はそのセトもメンテナンス中で不在……。


「…………」


 夢に見たばかりだからか、どうにも両親がいなくなった日が脳裏をよぎる。シャーリンと二人っきりで待つというこの状況も似ている。

 あの時は帰りを信じて待っていた。孤児院に行った後も信じて待っていた。決して嘘を言わなかった両親だからこそ信じて待っていたのに。


――うそつき。


「お兄ちゃん? 大丈夫?」


 シャーリンの声に我に返って顔をあげれば、シャーリンが泣きそうな顔をしていた。


「顔色真っ青だよお兄ちゃん」

「……大丈夫だ、大丈夫だよシャーリン」


――もう親の話なんて終わったことだ。今はそれどころじゃない。


 アルカは目を覚ますように首を左右に振ると、ここをどう切り抜けるか考え始めた。


――そうだ、オレはあの時の小さいオレじゃない。待つだけしかできなかった自分では――。

 

「お? 話し声が聞こえたかと思ったら案の定起きたか」

「!?」


 ギギギと、錆付いた重そうな扉がゆっくりと開く音が耳に届く。そこから聞こえてきた男の話声にアルカは聞き覚えがあった。


「オレらを誘拐した奴か!」

「おーおー、威勢がいいねぇお兄ちゃんは」


部屋に入ってきた二人の男は下品な笑い声をあげている。その笑い声に反吐が出そうだ。

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