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「アルカが行方不明?」
翌朝、青ざめた顔でナッシュの言った内容にカインは最初冗談だと思った。
「何言ってんだ? アルカはシャーリンと一緒に病院に付き添っているだけだろ?」
「違うんだ! 昨日の夜中に少年の悲鳴があったから近くの人が駆けつけたら、車が走っていくのが見えたらしくて……近くにアルカお兄ちゃんの財布があったって」
「……!」
カインの瞳が限界まで開く。
「お兄ちゃん!」
ナッシュの呼び止める声を無視して、カインは全速力で施設職員がいる職員室へと走った。
職員室ではいつも二人か三人は待機している職員がたった一人だけだった。その職員もどことなくやつれた表情で呆然としている。
「アルカが行方不明というのは本当ですか!?」
カインの姿を見た職員が、悲痛な面持ちで力なく頷いた。
「シャーリンちゃんもだ。病院に連絡したがまだ二人とも到着していないらしい」
「――!?」
カインは言葉を失った。
「巡回の兵士には連絡した。別の職員がそちらに走っている。やるべきことはやるから、カインたちは児童が興奮しないよういつもどおりに過ごしてくれ」
そう言ってその職員はどこかにバタバタと走っていった。
職員にそう言われても、カインの心は焦燥感でいっぱいだった。
――いつもどおりなんて無理だ!
カインとナッシュが孤児院に来たばかりで馴染めなかったとき、二人に積極的に声をかけてくれたのはアルカだった。それにこの前の強盗のときにも果敢に向かって助けてくれた。
カインにとってアルカはなくてはならない親友だ。その親友が誘拐されたと聞いて、カインはジッとはしていられるわけがない。
――だが自分に何ができる? 通報はしてあるし自分ひとりが動いたところで何も――。
ふと、脳裏にある人形が過ぎった。
「違う、まだ連絡していない人がいる!」
カインは全速力でその場を離れた。
アルカが孤児院に来たのは今から八年前、アルカが六歳、シャーリンが二歳のときだった。
アルカが覚えている限り両親はごく普通の、貴族でもなんでもないどこにでもいる優しい両親だった。祖父祖母どころか親戚付き合いというものもなく生活も決して裕福とは言いがたかったが、両親はアルカを愛してくれたしアルカも両親が大好きだった。可愛い妹のシャーリンが生まれても兄妹の差別をすることなくわけ隔てなく平等に愛してくれていた。子供心ながらこんな幸せな毎日がずっと続くものだと幼いアルカはそう思っていた。
だがある日、両親は出かけたまま帰ってこなかった。
「少し二人で出かけてくるわね。お兄ちゃんは良い子だからシャーリンの面倒をよろしくね。……大丈夫、すぐ帰ってくるわよ」
母親の言葉は今でもはっきりと覚えている。だがなぜかあのときの両親の顔ははっきりとは思い出せない。
――うそつき。
両親は返ってこなかった。どこかで事故か事件でも巻き込まれて遺体があればまだ気持ちの整理もついたかもしれない。けれど消息はぷっつり途絶えたまま。足取りも完全に途絶えてしまっていた。
近所の人がアルカたちに気づいたのは両親がいなくなってから四日後だった。家にあった食料を食いつくし、空腹で倒れていたところをたまたまお裾分けに訪れた人が発見し保護してくれた。幼いアルカは料理というものは作れなかったので、一日目は作ってあった保存食やお菓子を二人で分けて食べた。二日目は野菜を洗ってそのまま食べていた。シャーリンには小さく千切って与えるのが精一杯だった。三日目には食材がなくなったので水だけ飲んで両親を待っていた。その夜はお腹空いて眠れなくてずっと起きていた。四日目、あまりの空腹と睡眠不足でフラついて倒れていたところを発見された。
あの時は待てども待てども帰ってこない両親に心細くて、辛くて、そのうちお腹が空いて、寂しさを紛らわすかのようにしょっちゅう泣いていたと思う。何も状況をわかっていないシャーリンだけがアルカの頭を撫でて慰めてくれていた。
親戚がいなかったので、保護されたアルカたちはそのまま孤児院に入った。アルカが戸惑っていたのは最初だけだった。美味しくて暖かいご飯があればどこでも天国に見えた。家には水しかなかったのだから。
そしてシャーリンが発病したのは孤児院入所後だった。
――お兄ちゃんは良い子だからシャーリンの面倒をよろしくね。
母親がそういい残したから、幼かったアルカは孤児院でもシャーリンの面倒を見ていた。孤児院ではいい子にすれば親が迎えに来ると教える職員もいたから、素直なアルカはその教えを守った。病気がちになったシャーリンの面倒をしっかり見て、職員の言っていることを守るいい子でいれば両親がいつか必ず迎えに来る。そのわずかな希望だけが小さいアルカの心の支えだった。
……もちろん、両親が迎えに来たことは今まで一度もない。
――うそつき。




