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動かないナッシュを引きずってカインが部屋を出たあと、アルカとシャーリンは出かける準備をしてセトをかかえ孤児院の外へ出た。メンテナンスのためセトを受け取った店に行ってセトを預けるために。
「お兄ちゃんとこうして街中を歩くのも今日でしばらくお預けだね」
「そうだな」
シャーリンの一言に、アルカは内心の寂しさを表には出さないように平然とした顔で頷く。
外は初夏の暑さでカンカン照りだった。シャーリンの肌が焼けないよう、アルカは日傘を差してシャーリンを覆う。
シャーリンはそんな兄の気遣いが大好きだ。
「ありがとうお兄ちゃん」
「どういたしまして」
兄妹はその後無言で歩いた。速度は自然といつもよりゆっくりになった。
やがて見覚えがある店構えが視界に入る。入り口にはあのときと同じように営業中を知らせる小さな看板と小物が置かれた台がある。
アルカはそれに目もくれず扉を開いた。扉の動きと同時に鈴の音が耳に響く。
「らっしゃい、久しぶりだな」
そう言って兄妹を出迎えたのは初めて来たときと同じ店員だった。エプロンを来て、カウンターで何か磨いている。
「お久しぶりです。メンテナンス忘れてしまってすみませんでした」
アルカが頭を下げる。シャーリンも慌てて頭を下げた。
店員が苦笑いしながら首を振る。
「いいって。俺もハイアルドから連絡来るまで忘れたからな。お相子だ」
相手に咎める様子はなく、ホッと一安心した。
「あの、セトはここに」
そう言ってアルカは背中に背負っていたリュックを開いて中からセトを取り出した。持って行くときは入れ物がなかったので肩車をしたが、今回はリュックに入れてきたのだ。
リュックから出たセトは背伸びをすると、アルカの前に降り立った。
「セト? ――ああ、この人形の名前か」
店員はカウンターから回ってこちらにやってくると、突っ立っていたセトを両手で持ち上げた。
「お前も久しぶりだなセト。楽しかったか?」
「ああ。久方ぶりに有意義な時間を過ごせた」
「それはなにより」
そう言って満足そうに頷いた店員は、右手にセトを抱えてアルカたちに向き直った。
「じゃあこいつは預かるから。メンテナンスが終わったらまた連絡する」
「セトをよろしくお願いします」
もう一度頭を下げたアルカはシャーリンを促して店を出ようとする。扉から出る直前、シャーリンは振り返った。
「どうかしたか嬢ちゃん? 何か忘れ物でも……」
「あの! セトはちゃんと帰ってきますよね?」
「へっ?」
驚く店員に、セトは力強く頷いた。
「もちろんだ。できるだけ早く戻る。だから、シャーリンも頑張れよ」
「うん!」
シャーリンは泣き出しそうな、けれど精一杯の笑顔で手を振って扉を閉めた。
二人の足音が聞こえなくなってから、店員は口を開いた。
「……なんだかわからんが、かなり愛されているな」
「家族だからな」
セトは自信満々に答えた。
セトを預けたアルカたちは孤児院に戻ると施設職員や同じ孤児院の子供たちに挨拶をして回った。人見知りが激しく周囲とあまり交流してこなかったシャーリンのことだから別れを惜しむものはあまりいなかったが、それでも「頑張れよ」とか「元気でな」の一言が貰えたのは嬉しかった。
挨拶を終えると、あとはもう病院にいくときを待つのみである。
「施設長が病院までの移動手段を手配してくれたんだってさ」
「施設長が?」
「不思議だよな。普段の行事すら滅多に参加しないのに」
だがアルカにとっては願ったり叶ったりだ。片道分だけでも二人分もの交通費が浮くのだから。アルカはシャーリンに付き添って病院まで行き、帰りは実費で帰ってくるつもりでいた。
だから同行を拒否されたのは予想外だった。
「なんでですか!? オレ、シャーリンの実の兄です!」
「施設長からはシャーリンという少女のみとしか聞いておらん!」
アルカが懇願するが、迎えにきた男二人はアルカの同行を却下した。
消灯の時間になっても連絡がなかったため、てっきり明日なのかと思い兄妹は揃ってベッドに入った。……のだが、なぜか深夜になって施設職員に迎えが来たと起こされた。なぜこんな時間に……と思ったが急なことだったので仕方なかったのかもしれない。アルカは睡魔に負けないよう顔を叩くと、同じく寝ぼけ眼のシャーリンを無理して起こして着替えさせ、荷物を持って孤児院の外に出た。
そして施設長から頼まれたという男二人が魔道車で迎えに来ていた。魔道車なんて貴族くらいしか持っていないはずの高級車だ。びっくりしながらも乗るよう促されるのでシャーリンを乗せて自分も乗ろうとしたら拒否されたのだった。
「交通費が必要なら出します! だから乗せてください!」
アルカが訴えても、助手席に乗りかけている男は乱暴にアルカを押し返すだけだ。
「ダメだ。お前は返れ! おい、出せ」
男が運転席の別の男に指示を出す。だが運転席の男は渋い顔だ。
「このまま走らせればガキに当たるかもしれんぞ」
「多少の怪我は構わん。この少女が手に入ればいい!」
「!?」
このときになってどう見ても様子がおかしいことにアルカは気づいた。単なるお迎えの車ではありえない発言だ。
――このままじゃシャーリンが!
アルカは直感に従って声を大きく上げる。
「誰かー! 人攫いです! 助けてください!! 誰かぁぁぁああああああ!」
アルカの助けを求める悲鳴に、慌てたのは同行を拒否していた男だ。
「お、おい!? くっ……このクソガキっ!」
「がっ!?」
「お兄ちゃん!?」
アルカは急に腹に衝撃を受けて体をくねらせた。どうやら腹を思いっきり蹴られたらしい。倒れそうになるところを男に掴まれ、タオルで手足と猿轡をされる。
「んー!? んんんっ!?」
「ええい、暴れるな!」
顔を一発殴られた後、大人しくなったアルカを車のトランクに無理やり詰め込んだ。
トランクが閉まる寸前、アルカの耳にシャーリンの悲鳴が何度も聞こえたがやがて閉まると何も聞こえなくなる。
――……シャーリン……。
動き出したのだろう、ガタガタ振動するトランク内でアルカはただひたすら妹の無事を祈った。




