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「シャーリン、やったな! やっと治せるんだな!」


 自室に戻ってきたセトが検診結果の報告をすると、待っていたアルカの第一声がとても嬉しそうな声だった。

 冷静に説明できる状態でなかったシャーリンは、兄の狂喜乱舞になぜか悲しくなる。


「お兄ちゃん、嬉しいの?」

「ああ。やっとお前を長年の苦しみから解放させられるんだ。こんなに嬉しいことはない!」


 歓喜の声を上げるアルカを見ているシャーリンの心境は複雑だ。

 確かに辛かった。何の前触れもなく発生する痛み、苦しみはシャーリンの心を憂鬱にさせた。そしてそんなシャーリンを自分の時間を犠牲にしてまで懸命に看病してくれる兄のアルカにも申し訳なかった。

 それを考えると確かに嬉しいことだ。早く治してこの苦しみから解放されたい。兄の負担になりたくない。そう思っていたのだが。


「でも長いことお兄ちゃんと離れ離れになっちゃう……」


 病気で苦しむよりもシャーリンとってはそれが辛かった。大人の一年、ニ年は短いがまだ十歳の子供にはたとえ一年であっても長過ぎる。人見知りするシャーリンにとって見知らぬ場所、見知らぬ人に囲まれて過ごす月日はどれほどの恐怖だろう。

 消え去りそうな声でそう言って俯いてしまったシャーリンに、アルカは優しく肩に手を置いた。


「離れ離れといっても一時的だ。それにできる限りこまめにお見舞いにも行く。シャーリンには寂しい思いをさせるかもしれないが。ほんの少しの我慢だ」

「お兄ちゃん」

「シャーリン、一人きりになるのはほんのわずかの期間だ。一ヶ月すればセトもお前の元に帰って来る。……そうだ、外出許可が下りたらピクニックにいこう。カインとナッシュも誘ってみんなでお弁当を食べよう」


 肩に置いた手をゆっくりとシャーリンの頬に合わせる。そしてシャーリンと自身の額を痛くないよう優しくくっつけた。


「だから頑張ろう、シャーリン。オレもシャーリンが毎日元気に外で走り回れる時を楽しみにしてるから」


 アルカの微笑みに、シャーリンはやがてこっくりと小さく頷いた。




 あの後、なんとかシャーリンを宥めて早めにベッドに入らせた。泣き疲れたのだろう、ベッドに入るなりシャーリンは寝入ってしまう。

 その寝顔をしばらく見ていたアルカは、起こさないようそっと自室を出た。


「…………」


 それを見たセトもシャーリンを起こさないようそっと布団から出ると、アルカの後を追う。夜の孤児院は薄暗くて少し不気味だ。耳が痛いくらい辺りは静まり返っている。

 アルカはカインたちの部屋にもいかず、真っ直ぐ目的地に向かって歩いているようだった。


――屋上か。


 セトが開いている屋上の扉を開くと、アルカは塀に背を向けて空を見ていた。

 セトが近づくなり、アルカは上空に煌く星空を見上げたまま口を開いた。


「オレさ、辛くなったり寂しくなったりしたらいつもここに来るんだ。風が気持ちいいから嫌なことがあっても少しは気持ちが楽になるんだ」


 セトは何も答えず、黙ってアルカの隣に立った。


「オレ悩んでいたんだ。来年はまだいるけど再来年は孤児院を出なきゃいけない。でもシャーリンを一人おいていくのかって。孤児院出たら働くつもりでいるけど、就職できてもすぐにはシャーリンと一緒に住んで食わせるほどお金稼げないだろうし、何よりシャーリンのそばにいられる時間が今よりぐっと減るだろうし。それに孤児院に預けるにしてもその間シャーリンが病気で倒れたらどうしようって。誰が面倒見るんだろうって」


 ずっとずっと不安だったとアルカは告白する。


「でも今日の話を聞いて正直ホッとした。これならシャーリンがもう二度と苦しむことはないし、シャーリンが元気になれば安心して孤児院に預けられるし、俺の心配事も減る。シャーリンが孤児院を出るまでなんとか貯金作って、シャーリンが独り立ちするまで飯食わせていけるって」


――そう、それまでずっと一人で。


 アルカが顔を伏せた。口は笑っていたが、瞳は垂れた髪で隠されて見えなかった。


「アルカ」

「……ん?」

「辛いか?」

「……ん……」


 小さく、でもはっきりと首を振った。


「長いとニ年も離れ離れだぜ? 寂しくないわけがあるかよ。孤児院の小遣いじゃ交通費考えると月一で通えるかどうかだしなぁ」


 そしてそのニ年を我慢したら今度はアルカが孤児院から出て自立している状態だ。結局シャーリンが孤児院を卒業するまでの五年間、離れ離れで生活をすることになる。


「オレ、父さんも母さんもいないからシャーリンが唯一の心の在り処だったんだ。シャーリンがいるから、オレを頼るから今まで頑張ってきたのに」

「カインやナッシュたちがいるだろう」 


 セトがそう言っても、アルカは困ったような様子だ。


「あいつらは友達で親友だけど……家族じゃない」

「アルカ?」


 なんだろうか、アルカの様子がいつもよりおかしい。


――傷ついている? いや、これは。


 セトがアルカの状態を見極めようとしたとたん、アルカはセトをきつく抱きしめた。


「ぬっ」

「なぁ、お前もちゃんと戻ってくるよな?」


 声はもはや懇願だった。

 セトは目を伏せる。


「もちろんだ」

「ちゃんとシャーリンの下にいるよな? 父さん母さんみたいに約束を破るとかしないよな?」

「ああ」


 かすかにだが、セトを握るアルカの手は震えていた。


――むしろシャーリンよりアルカ、お前のほうが。


 何があったのだろうか。メンテナンスで一ヶ月不在にするだけと説明したはずなのだが、ここまで怯えるとは穏やかではない。


――孤児院に来る前に両親と何かあったか。


 約束を破るとはなんだったのだろうか。アルカがおかしいのもその約束のせいなのだろうか。

 だが今はそんな話を追求できる状況でないのは確かだ。

 セトはアルカが少しでも落ち着くよう、精一杯手を伸ばして頭を撫でた。


「メンテナンス終えたらちゃんと戻ってくる。シャーリンのそばにずっといる」

「本当か? お前平気で人の気持ち利用したからな……」

「本当だ。こればかりは信用してくれというしかない。それに」


 セトも両手で大きくアルカに抱きついた。

 抱きしめられなくても少しでも気持ちが伝わるように。


「お前が前に言っただろう? 家族ならば包み隠さず話せと」

「……うん」

「これが私の今の正直な気持ちだ。私はアルカやシャーリンが好きだ。私もお前たちと離れるのは寂しい。必ず戻ってくる。だから一ヶ月我慢してくれ」


 アルカはびっくりしてしばらく反応ができなかった。

 思わずセトをひっぺがえしてその顔をまじまじと見た。


「お前が好きって言ったの初めて聞いた」

「お前が正直に言えといっただろうが」


 セトの声はどこか不服そうだった。


「いや、なんつーか、びっくりした」

「言っておくが家族愛としてだ」

「当たり前だ! 変な愛は困る!」


 アルカは怒鳴ったあとしばらく間を置き……やがて笑い出した。


「本当だな? 約束しろよ。指きりげんまん嘘ついたら針千本飲ーます、だ」

「昔の童歌だな。針千本か、覚悟しよう」

「なんで飲む前提なんだよ。針飲まないように約束守れよ」


 憮然とした表情で突っ込むアルカに、セトは瞳を細めた。


「ならばメンテナンスを行う者たちに発破かけねばならぬな。家族との約束があると」

「おう、かけろかけろ! シャーリンを一分一秒でも長く寂しい思いさせたら承知しねーからな!」


 屋上でしばらく二人の笑い声が響き渡った。

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