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「え……エルフ?」
いきなり病名ではなく祖先の話をされてシャーリンの頭がパニックに陥った。
――エルフって目の前の人のこと、だよね? えっ? 耳尖ってないよ!?
混乱して何もいえなくなったシャーリンに代わり、横からセトが口を出す。
「シャーリンの両親はもうすでにいないのだ」
「ああ、それで孤児院……。なら家系を辿って確かめるのは厳しそうですね」
ハイアルドの眉間に皺ができる。それすら美しいとシャーリンに思わせるのはエルフの美貌ゆえか。
「だが確信できるのか」
「ええ。断言できます。シャーリンさんは高濃度の魔素特有の中毒症状です」
初めて告げられた症状の名前に、シャーリンはいまいち実感がわかなかった。
「それはどういう症状なのですか?」
「エルフや人間、獣人だけでなく大地や草木といった地上のあらゆる生物には魔素という生命エネルギーの一種が存在するのは知っていますか?」
「知っています。種族によって増減の差があり、それが増え過ぎたり欠乏したりすると生命が危ないとか」
百科辞典の魔素の説明文にはよく載る文句だ。
「人間が本来持つ魔素は限りなく低く、逆に妖精科、精霊科に属する種族の魔素は限りなく高い……私のようなエルフもそうです」
「はい」
「そしてそのエルフと人間が結ばれれば、その子供には魔素の濃度が高いエルフか低い人間かが生まれます。その子供が人間と結ばれれば孫は人間として生まれる確率が高くなる。……ですが」
一旦言葉を切ってから、ハイアルドは神妙な面持ちで告げる。
「稀にあるのです。何代か先の子孫にエルフの体を持ちながら人間のような低い魔素を持ったり、逆に人間の体で魔素がエルフ並という子供が」
「つまりシャーリンは後者と?」
セトの問いにハイアルドは小さく頷く。
「魔素が高い種族ならばエルフ以外にもあるだろう」
「魔素には色がありまして、エルフにはその色が見えるのですよ。シャーリンさんのはエルフの色です。なにより……」
すっとシャーリンの頬にハイアルドの手が触れる。
「彼女の美しさにはエルフ特有の要素があります」
「さすがにそれはお前の偏見だろうが」
セトがペシッとハイアルドの手を叩き落す。まったく痛くなかったのか、ハイアルドは軽く微笑みながら手を離す。
シャーリンは間近で見る人外の美しさに心拍数が上がって動けないでいた。
「医師とはいえ私の弟子である人間が見抜けないのも仕方ありませんね。人間には魔素は見えませんし、そもそも人間には魔素中毒は基本発生しませんから、その知識に疎かったのでしょう。それにエルフと人間が結ばれるという事例自体見ませんから」
「基本?」
「住む場所が魔石が取れるような不毛な大地でしたら、大気に流れる高濃度の魔素にやられて発症することはありますが、今の時代そんな人間はいませんからね」
ああ、とセトは納得する。
「発掘は国の管理になっているから個人が無闇に入れないからな」
「そういうことです」
セトの言葉に頷くと、ハイアルドは数枚の用紙を取り出した。どうやら過去のシャーリンの診察結果らしい。
「今までの診断結果を診るに魔素中毒に長年晒されているせいか内臓機能が一部低下してきていますね。無理な運動はやっていないようなので日常生活にはまだ問題ないレベルですが、この状態が長く続くと危険なことには代わりありません」
「どうすればいい?」
「できればシャーリンさんには帝都大付属病院へ入院していただき、魔素に耐性をつけるための治療とリハビリを推奨します。帝都大ならば私が直接診ることができますので」
つまり入院すればこの美貌に毎日顔合わせするハメになる。これは内臓以前に心臓が持つのだろうか。不整脈にならないか。
――ってちょっと待って!
我に返ったシャーリンは思わず立ち上がった。
「入院って……長期ですか?」
ハイアルドはあっさり頷いた。
「短くても一年半。長くてニ年は必要でしょう。まずは治療用魔石と投薬で体内の魔素を体が耐えられるレベルまでコントロールします。その間食事療法と運動による体力づくりで衰えた内臓機能の回復を目指します。シャーリンさんの魔素はエルフ並……人間の数倍以上なので魔素コントロールは念入りに時間をかけて行わなければなりません」
帝都大――帝都大付属病院は帝都の首都シュエルゴの中心地にある。シュエルゴとアルカたちが住むワイデンブクルは隣同士だがシュエルゴは首都だけあって帝都で一番大きい街だ。何よりここの孤児院はシュエルゴとは反対側の端にあるため、孤児院から帝都大に行くにはかなりの距離と時間が必要になる。
簡単にいうならば学校の下校の合間にお見舞いにいくのは不可能な距離だ。
「つまり、お兄ちゃんと別れて生活をしろということですか?」
シャーリンは今にも泣き出しそうな顔だ。
ハイアルドはその顔を見ても眉ひとつ動かすことなく頷いた。
「貴方の命のためです。お兄さんも納得するでしょう」
「!?」
シャーリンの瞳からは大粒の涙がポロリ、またポロリと溢れ出した。
妹思いのアルカのことだ、時間があれば病院に見舞いに来てくれるだろう。とはいえ距離と交通費を考えるとそうそう頻繁には行けまい。
シャーリンはまだ十歳だ。まだまだ兄に甘えたい年齢だ。しかも人見知りがある。遠い病院で長期間の入院に耐え切れるかどうか。
俯きながら肩を振るわせるシャーリンに、セトはかけるべき言葉が見つからなかった。慰めるかのようにシャーリンの頭を撫でる。
「セト、貴方もです」
「ぬ」
ハイアルドのしかりつけるような口調に思わず手を止めた。
「貴方、一部のシステムに異常を起こしていますね? シャーリンさんがここ三ヶ月何の症状も出なかったのはセト、貴方が無意識にシャーリンさんの魔素を吸収していたからですよ?」
セトの眉間に皺ができる。
「やはりそうか……」
「シャーリンさんがエルフ並の魔素の持ち主でよかったですね。普通の人間ならば長時間近くにいれば魔素不足で倒れているレベルです」
「ど、どういうことですか?」
シャーリンが顔を上げた。目が赤く充血し、頬に涙が伝っていた。
それを見たセトが、近くにあったティッシュで顔を優しく拭う。
ハイアルドは長い睫を少し伏せ、優しく諭すように説明する。その姿はまるで壁画の聖母だ。
「すみません、セトの情報はたとえ持ち主でも説明できないのですよ」
「そう、ですか」
「ひとつ言えるのはセトのメンテナンスも長くなりそうということです。オーバーホールとまではいきませんが、少し手間取る作業がありますのですぐにはお返しできないかと」
「ど、どれくらいですか!?」
兄と離れ離れになるのにセトまで。シャーリンは次から次に来る出来事に頭がパンク状態だった。ハイアルドはそんな少女の様子を見て、申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません、私が担当するわけではないので期間までは……」
セトが俯くシャーリンの髪をゆっくりと撫でる。
「長くならぬよう急がせる。が、一ヶ月は無理だろう」
「一ヶ月……」
我慢できるような、できないような。
それでも一ヶ月は兄もセトもいない日々を過ごさねばならないのかと思うとシャーリンは不安と心細さでまた泣きそうになった。




