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 シャーリン以外のすべての児童が呼ばれ、ふらふらの足取りで出て行くこと数分。


「お待たせしました。最後の人どうぞ」


 診察室から声がかかり、シャーリンはいつも以上に緊張した面持ちで椅子から立ち上がる。ついギュッとセトを強く握ったのか、セトからぽんぽんと腕を叩かれた。


『あ、ご、ごめんね』

『安心しろ、とまではいわないが大丈夫だ、診察するだけなのだから不安に思う必要はない』

『うん、ありがとうセト』


 セトの優しさに幾分勇気を貰ったシャーリンは診察室へと足を踏み入れた。




 診察室は孤児院にある保健室を使っていた。嗅ぎ慣れた薬品の匂いが鼻をつく。

 カーテンで仕切られた空間に人影が見える。今まで見た老医師と違って低くなく、背もまっすぐだ。体格からして男性のようだった。


「最後はシャーリンさんですね、中にどうぞ」

「は、はい! お邪魔します……――!?」


 シャーリンがカーテンを開けると、そこにいた人物を一瞥して動けなくなった。直後ドサッと何かが落ちる音が聞こえる。音に我に返るとセトが憮然とした表情で地面に転がっていた。どうやら視界に入ったあまりの衝撃につい手が緩んでセトを落としてしまったようだ。


「ご、ごめんセト!!」


 慌てて持ち上げるとセトはなんでもないという風に首を振った。


「ハルアイドを初めて見た人間は皆その反応だからな、覚悟はしていた」

「で、でも痛くなかった? ごめんねセト……ってセト人前で!」


 慌ててセトの口を押さえようとするシャーリンに、やり取りを見ていた医師は口を開いた。


「なるほど、心優しいお嬢さんに拾われたのですか、よかったですね……えーっと、セト?」


 そういって微笑む医師はまるで神話の抽象画に出てくるような天使そのものの美貌を持っていた。光にきらめく黄金の髪に陶器のように皺の一つなく限りなく白い肌。長いまつげの奥にあるのは人を魅了してやまないバイオレッド。そして人ではない証拠の異様に尖った耳。

 究極の生きた造形美がそこにあった。

 問題はその生きた美貌の主とセトが知り合いのようで。


「えっ? ど、どういうこと?」


 医師の美貌よりセトと医師の繋がりに驚いたのか、シャーリンが困惑した表情でセトと医師を交互に見ている。

 シャーリンの視線を受けてセトが渋々説明しだした。


「ハルアイド医師は私の開発者の一人だ」


 驚くシャーリンに、ハイアルドが優しい眼差しで微笑む。


「骨格、筋肉などのスムーズな身体の動き、感情による身体への反応を再現する作業に携わっていました」

「そ、そうですか」


 いまいちピンとこないシャーリンはそう返事するので手一杯だ。ただなんとなくわかるのはセトが獣人らしく自然に動けるのもどうやらこの美貌の主のおかげらしい。見た目も頭脳も凄い先生が携わっていたのかと知るとセトがなんだか遠い存在のように見えてくる。いや、自分で物事を考え動く時点で凄いのだが。

 シャーリンが呆然と立っていると、ハルアイドは椅子に坐るよう進めてきた。シャーリンはその手に導かれるように椅子に座り、美貌の主と対面する。

 ハルアイドは近くに置いてあったパイプ椅子を引っ張り出してシャーリンの隣に置き、セトをそこに坐らせた。


「実際にこうして貴方の動いている姿を見るのは初めてでしたね、セト」

「お前はテスター時には見物すら来なかっただろう」


 セトは若干呆れた様子だ。

 ハイアルドはきっぱりと答えた。


「貴方には大変興味ありますが貴方の外身にはまったくこれっぽっちも興味がありませんので」

「自分で作った癖に興味なしか。相変わらず変わっているなお前」


 まるで旧知の間がらのようだ。

 自分の診察のために来たはずだが、話の内容に興味があったのでシャーリンは黙って聞いていた。


「で、色々忙しいはずのお前がどうして孤児院の訪問医なんてやっている?」


 ハイアルドは用意されていたお茶を一口飲む。そのしぐさでさえどことなく優美だ。


「私の元弟子が腰痛で動けなくなったようで。ちょうど手が開いている私にお鉢が回ってきたのですよ」


――元弟子!? あのお爺ちゃん先生が!?


 一瞬驚いてマジマジと美貌を見つめてしまったが、ハイアルドの尖った耳を見てシャーリンはハイアルドがエルフということを思い出した。

 エルフの寿命は数百年。長いと一千歳行くらしい。ただの人間であった前の老医師を思い出すとこの美貌の主が老医師の師匠というのも納得ができる。


「で、本音は?」

「私の知識でなければ治せないという女の子がいると懇願されてしまって。あとあの女性から貴方がメンテナンスに来ないから孤児院行くなら連れてこいと命令されまして」


 メンテナンスといわれてシャーリンはセトを引き取るときに書いた書類を思い出した。


「ごめんなさい! まったく行ってませんでしたっ!」


 シャーリンが慌てて頭を下げると、ハルアイドは極上の笑みを向ける。


「私には何の関係もない話なので私に謝る必要はありませんよ」


 坐ってくださいと、シャーリンを再び椅子に坐らせる。


「開発者の一人だからまったく関係なくはないだろうに」

「あくまで開発であってメンテナンス担当は私ではありませんから。……ああ、メンテナンスの最中に貴方に直接触れてもよいというのであれば喜んで参加させていただきますが」

「気色悪いからやめろ」


 セトの全身の毛が逆立った。尻尾もピンと真っ直ぐ立っている。ものすごく嫌なことを言われたらしい。

 直接触れるとはなんなのだろうか、とシャーリンは考える。セトの人形ではなく中身のことなんだろうか。


――セトの中身か。どうなっているんだろう。


 興味がなかったわけではなかったが、開け方もわからなければセトに嫌われたくもなかったのであえて考えないでいたことだ。……もし開けれたとしても下手に弄って元に戻らなかったら怖いので絶対触らないが。


「お前はシャーリンの診察に来たのだろう? 本来の仕事をしろ」


 半分呆れ、半分疲労を滲ませて先を促すセトに、ハルアイドはようやくシャーリンに向き直った。


「貴方に言われずとも。それにもう病気の理由はわかりますけどね」

「えっ?」


 事前に回収しておいた問診表をサッと見て、ハイアルドは確信したかのように頷いた。


「セトが来てから発症なし、少し前に倒れたときにわずかながらに発病した形跡があること、先ほどからの感情の起伏で漏れる魔素……貴方、遠い祖先にエルフがいましたね?」


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