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「そういえばシャーリン、最近持病が悪化していないよな」


 ふとアルカが思い出したのは定期健診の前日の夜、自室で学校の宿題を片付けているときだった。

 同じ部屋にいたシャーリンはセトを撫でていた手を止めた。


「ちょっと前に入院したじゃない。忘れたの?」

「あれはいろいろ衝撃的すぎてだろ。ノーカンだよノーカン」


 アルカはぶっきらぼうに答えた。アルカにとっても忌々しい記憶だ。


「あの時より以前は長いこと症状出てなかっただろ?」

「そういえばそうだね……いつからだろ?」

「セトがここにやってきて以来じゃないか? それまでは少なくとも月一で発症してたのにここ三ヶ月何もないし」

「そんなにかかってたかな? セトが来てから楽しいことばかりですっかり病気のこと忘れていたよ」


 そう言ってシャーリンは長時間撫でられてすっかり体の力が抜けたセトを見る。


「ドレスの犯人も暴いてくれたし、セトは私の守り神なのかもね」


 セトの耳がピクッと動いた。


「さしずめ生き神ということか」

「お前生き物じゃなくて人形だろ」


 アルカの突っ込みもセトはスルーだ。

 くすくす笑うシャーリンは再びセトの毛並みを撫でる。それを見ていたアルカが再び口を開いた。


「シャーリン、さっきからずーっとセトを撫でてるけど飽きないか? もう1時間以上撫でてるだろ」

「セトの毛って凄くふわふわでもこもこだからいつまで経っても飽きないよ」


 シャーリンの言葉にうんうんとセトは頷く。


「存分に撫でてくれ」

「だからなんで偉そうなんだよお前」

「お前は早く宿題をやれ」

「ぐっ! シャーリン、明日は検診だろう!? 早く寝ろよ!」


 八つ当たりのように怒鳴るとアルカは宿題を再開した。どうやら今日は宿題の量が多いらしく、とうぶんベッドに入る予定はないようだ。

 シャーリンは兄の言葉通り、セトを抱きしめると自分のベッドに入った。セトが来てから毎晩のようにこうしてセトを抱きしめて寝るのが日課だ。セトも嫌がらないのでシャーリンはこの日課を継続していた。


――セトに触っているとすごく落ち着く。


 自分で言ってあれだがセトは本当に守り神のようだとシャーリンは思う。誕生日の日、アルカがシャーリンをあの店に連れ出してくれなければセトに出会えなかったのだからアルカにも毎日感謝している。

 布団をかけて寝ようとしたとき、シャーリンは忘れていたことを思い出した。


「そうだセト、明日一緒に検診に来てくれない?」


 セトの毛並みが逆立ち、瞳が一瞬見開いた。どこなしか瞳の動きが挙動不審だ。


「……私もいくのか?」

「うん。検診ってどうにも緊張しちゃって。ダメかな?」

「う……わかった。シャーリンの頼みならば行こう」


 言うことははっきりと言ういつものセトとはえらい違いだ。言葉に覇気がなく最後のほうはしりつぼみしている。

 どうしたのだろうと思いつつも、セトと布団のぬくもりにだんだんと瞼が重くなるのを感じたシャーリンはそのまま睡魔に身を委ねることにした。セトが断らなかったのだから問題はないはずだ。


「おやすみセト」

「おやすみシャーリン。良い夢を」


 心地よい声を耳に響かせながら、シャーリンはゆっくりと暗闇の世界へと落ちていった。




 翌日、シャーリンはセトをつれて検診を受けに来た。

 検診を受ける児童はシャーリン他に数名いた。順番はシャーリンが一番最後だった。どうやら毎回最後らしい。

 渡された検診表にここ最近の症状を書き込みながら、シャーリンは口を開く。


『前の先生は病名がわからないからっていつも色々検査するの。だからどうしても時間がかかるってことで順番は最後なのよ』

『なるほどな』


 周囲に聞こえないよう会話するときは小声だ。

 シャーリンは検診用のガウンを着て、診察用の部屋の外でほかの児童とともに用意された椅子に坐って待っていた。胸に薄い肌色のガウンを着たセトを抱えて。セトまでガウンを着せたのは検診だからだろうか。

 検診にまで人形を持ってくるのかとチラチラこちらを伺う児童がいたが、施設職員が何もいわなかったので誰も指摘はしなかった。


『新しい先生はどんな先生なんだろう……。前のお爺ちゃん先生はとても優しくてよかったけどな』


 セトを抱きしめながらシャーリンが呟く。


『新しい先生は……。帝都大付属だから腕は確かだろう』

『そうなの?』

『あそこは最新の医療の開発現場であり最新の設備がある。地方で直せない患者の最後の砦なのだ。勿論、要求される知識や技術もそれに見合うくらい高くなるから優秀な医師しか生き残れない』

『へぇ、凄いところから来る人なんだね』

 

 なんでセトがそんな知識を知っているのかシャーリンは疑問に思ったが、勉強も睡眠も必要としないから余った時間で色々情報収集してるのかもしれないと思った。


『まぁ、その分偏屈揃いなのだがな……』


 セトがボソッと呟いたことは幸いというべきかシャーリンの耳には届かなかった。




 坐って待っていた児童が次々と診察室に入っていき、そして出てきた姿を見てシャーリンは驚いた。


「なんで皆恍惚した表情しているの?」


 男女問わず出てきた児童皆が皆どこか魂が抜かれたかのような、それでいて頬を真っ赤にさせて蕩けたかのような表情をしているのだ。おぼつかない足取りでそれぞれ自室へと戻っていく様はまるで映像で見たゾンビの動きそのものである。中で何かあったのかとシャーリンだけでなく診察待ちの児童がざわめいている。


『…………』


 そんな挙動不審な児童たちをただ一人セトは呆れた表情で見送っていた。

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