23
感情の赴くまま走っていったアルカの居場所はカインにはわかっていた。出合ったころから何かあればいつも同じ場所にいるからだ。まるで迎えに来るのを待っているかのように。
「ここにいたか」
「カイン」
孤児院の屋上だった。真っ青の空が一番間近で見られる場所。ポカポカと照らす太陽に通り抜けるさわやかな風が幾分やさぐれた心を癒してくれる。
アルカは屋上のフェンスにもたれ掛かって突っ立っていた。近づいてくるカインに顔を向ける。
「……悪かったな、いきなり飛び出して」
「まったくだ。お前の短気癖は早いとこ直したほうがいいぞ。シャーリンやセトが苦労をする」
「セト……か」
ずりずりと、アルカは腰を落とした。
その横にカインも坐る。
しばらく風に当たっていたが、アルカがふと口を開いた。
「あいつ、何考えてるのか未だによくわかんねぇ……」
風に乗って消え去りそうなくらい、力なき声だった。
「人形の癖にすげー上から目線だし、えらそうだし、変に強いし、よくわからない知識持ってるし、頭回るし、平気で人の気持ち利用するし、怒っても全然通じてないし……」
アルカはゆっくりと膝を抱えた。
「でも完全には憎めないんだよ……」
膝に顔を隠してしまい、アルカの表情は見えなかった。
「あいつ良いところはきちんと褒めるんだ。困っていると手を差し伸べてくれるんだ。危なくなったらすぐ助けてくれるんだ」
カインを見つける時だって、強盗を捕まえる時だって、チェック作る時だってセトは進んで手伝い、そして見返りも何も求めなかった。
「でも今回のことだけはどうにもな……。俺ならまだしもシャーリンやカインたちの気持ちまで利用するなんて……」
「だが、セトが言ったことも理解できるんだろ?」
カインの言葉にアルカは肺の空気を吐ききるかのような深いため息をついた。
「そーなんだよなー。それなんだよなー」
「犯人が捕まったからシャーリンちゃんは安心して寝られるのだぞ」
「だよなー!……ただの俺の愚痴だってのはわかってるよ……」
アルカの唇が尖がる。カインがプッと吹き出した。
「アヒルかよ」
「拗ねてるんだよ! シャーリンに元気を出して貰いたい純粋な気持ちで作ったのかと思ったら、犯人をあぶりだすための作戦だったなんてな!」
「両方本音だったのかもしれないぞ?」
「えっ?」
思わずカインの顔をマジマジと見れば、カインはドレス作成中のことを懐かしむように語ってくれた。
「作業量ならばセトが一番多かった。袖に二重にも三重にもウェーブが入ったレースを入れて、リボンも単なる蝶々結びではなく紐を増やして花のように華やかにした。リボンやスカートにグラデーションが入って立体的になっていたのわかったか? あの案を出して実際に染めたりしたのもセトがやったんだ。俺らは縫ったり切ったり結んだりといった単調なことしかできないからな」
アルカは言葉が出なかった。
確かに出来がいいとは思ったが、そんな細かいところまで手を加えられていたなんて気づかなかった。
「……マジかよ」
「マジだ。……セトもセトなりにシャーリンの元気が出るよう気持ちを込めてドレスを作っていたと思う。単に犯人をおびき出すだけならあそこまで凝ったドレスを作る必要はない」
確かにそうだとアルカは思った。カインの言葉は説得力がある。
ならばあの人を挑発するような言葉はなんだったのだろうか。素直にカインの言葉を言えばアルカだってここまで怒ることもなかっただろうに。犯人を炙りだすのも本命だとしてもシャーリンに元気になってもらいたい気持ちもあるならさすがセトだと納得したのに。
そうアルカが言うとしばし考え込んだカインはぽつりと呟くように言った。
「もしかしてあのときの言葉……」
「あのとき?」
「シャーリンちゃんの破られたドレスを回収して三日で直すとセトが言ったとき、俺は期限も迫っているし卒業生が残したドレスでいいのでは? って言ったんだ。そしたらセトが何か呟いてたんだけど小声でよく聞こえなくて……もしかしてあれこう言ったんじゃないか?」
――悔しいだろう?
ポカーンと口を開けるアルカに、カインは笑う。
「セトもセトなりに悔しかったってことか」
「……俺が懸命にチェック作っていたように、シャーリンも当日を楽しみにしながら一生懸命にドレスを作りこんでいたのをセトは間近で見ていたはずだからそれを壊されてそして……」
――そうか、あいつも俺らと同じ気持ちだったのか。
「なんだ……同じなら同じと素直に言えばいいのに」
困ったような、笑いそうな、奇妙な顔をするアルカにカインは吹き出す。
「自分の感情に素直じゃないんだろう。素直すぎる誰かさんと違ってな」
「素直すぎるってなんだよ! 俺は正直者だっての!」
にやにやするカインに、アルカは反論しながらも可笑しくなって笑う。笑いながらなんで自分はセトに対してあんなに怒っていたのか、ようやくわかってきた。
「セト!」
「!」
自室へと戻ったアルカはセトの名前を呼ぶと問答無用でセト抱え、椅子に坐った。
そしていつもシャーリンがやるようにゆっくりとセトの毛並みを撫でる。セトを抱えたことは何度もあるがこうして毛並みを撫でたのは初めてだった。ふわふわの毛並みが優しくアルカの指の間を流れる。
「アルカ……お前俺に憤っていたはずでは……?」
困惑するセトを余所にアルカは無言で撫で続ける。
セトの視界に映るアルカの表情はさきほどとは違ってとても穏やかだ。カインが何かしたのかもしれないとセトは考えた。
名前以外何も言わず撫で続けるアルカに、緊張していたセトはだんだんと体の力を抜いてアルカにもたれ掛かった。完全にセトの体の力が抜けたことを確認して、アルカは手を止めて口を開く。
「なぁセト」
「……なんだアルカ」
「ごめんな、あんなに怒鳴って」
一瞬セトの耳がピーンと伸びた。
「……いや、俺もひどいことを言った。……すまなかった」
そういうとセトは喉をゴロゴロ鳴らして体をこすり付けてきた。
初めてのセトの行動に戸惑うアルカだったが、なんとなく喉をひっかくとセトは気持ちよさそうに瞳を閉じる。尻尾はぶんぶんと左右に大きく揺れていた。
――なんだか本当に犬みたいだな……。
「なぁセト、お願いがあるんだ」
「なんだ?」
セトの視界に入るアルカはとても真面目な表情だった。真っ直ぐこちらを見ている。セトの心の内を見抜くかのように。
「もし今度また同じことがあったらさ、事前に教えてほしいんだ」
セトの瞳が瞬いた。
「事前に?」
「ああ。考えていることを話してみんなの同意を得た上で作戦を立ててほしいんだ。あとになって実はー、なんて一人で勝手に秘密にしてほしくない」
口調は軽いが、顔は真剣そのものだ。
「俺さ、何が悔しくてあんなに怒ったのかって冷静になって考えたんだ。そしてわかったのはセトが事前に心の内を話してくれなかったことなんじゃないかって思ってさ」
セトの耳がピクッと動いた。
「利用し利用されるような間柄なんてなりたくない。そんなのは家族とは呼べない」
はっきりときっぱりと言い切る。断言するかのごとく。
アルカはセトをしっかりと抱え込んだ。
「セトはシャーリンに家族になってほしいっていわれて家族になってくれたんだろ? なら家族として色々秘密ごとなんて作りたくないんだ。困ったときは相談して協力しあって助け合いたい。そりゃ全部話せなんていわないよ。話せないことだって誰だってあるんだし、お前は元々秘密の塊のようなもんだし、セトから見れば十四の俺なんてまだまだ頼りないかもしれないけど」
「……アルカ」
「それでも話せることはきちんと話してほしいんだ。なぁ、約束してくれないか? ダメか?」
最後は懇願だった。アルカはアルカなりに色々考えて出した結論だった。
今まで目を背けてたことに、きちんと向き合う時だ。
そして話を聞いたセトは心の奥底からこみ上げてくるこの思いを上手く言葉にできないでいた。
――ああ、この少年は。
セトの秘密を、セトの意志を尊重した上で歩み寄ろうとしてくれる。
怪しい人形のために少年なりに考えて考えて考え抜いて、お互いにベストな方法を探ろうとしてくれている。
少し短気でかなり不器用で心も体もまだまだ成長途中な少年だけど。
――心の器もまだまだ大きくなる。
「……お前は凄いなアルカ」
「えっ?」
いきなり褒められ、理由がわからずアルカは瞬いた。
「ど、どういうことだ?」
「お前と家族になって改めてよかったと思ったまでだ」
セトは瞳を細めて口を大きく開けて笑っていた。鋭い犬歯がはっきり見える。
ちょっと怖いけど、アルカが今まで見たことがないくらいの飛び切りの笑顔だ。
「わかった、約束しよう。俺もお前に嫌われるのはどうにも耐えられないようだ」




