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 アルカが拒絶したことで元パートナーの男の子はホッとしたのだろう。小さく震えるリティの手をひっぱってダンスの輪に戻ろうとすると、つかんだ手から急に焼け付く痛みが襲ってきて慌てて離した。

 何の痛みかと自分の手を見た男の子は、そこに流れている赤い線を見て驚愕に固まる。


「!?……う、うわぁぁぁあああああああ!?」

『!?』


 男の子の悲鳴に皆が一斉に男の子を見る。手の甲に赤い一筋の線が走り、そこから血がダラダラとこぼれていた。


「な!? 血、血だ!」

「きゃぁぁぁあああああ」

「おい、止血だ止血!」

「うわぁぁああああああん! 痛い……痛いよぅ!」


 阿鼻叫喚になる会場に、一箇所だけ、リティの周囲が異様な空間を作っていた。


「お前……一体何を!」

「アルカくんが悪いのよ……私と一緒に踊ってくれないから」


 ぶつぶつ呟くような小声で話すリティの手にはうっすらと赤い血がついたナイフが握られている。リティの目は洗脳されたかごとく虚空を見つめ、こちらを見てはいない。怖くなってアルカはリティから距離を置いた。


「毎年毎年いつか踊れるかと楽しみにしてたのに……最後の年になっても練習はずーっとあんな女と踊っているんだもん……。せっかくドレスを裂いて踊れなくしたのにすぐまた用意するなんて予想外だわ……」

「お前か……!」


 アルカの顔に憤怒が走る。カインはこちらを見て固まるシャーリンとナッシュをかばうように自分の背後に隠した。


「お前が犯人なのか!」


 怒りを隠しきれないアルカに、リティはとても嬉しそうな、だがどこか空虚な瞳でゆっくりとアルカに近づく。


「ああ……アルカくん、やっと私を見てくれた。……ねぇ、一緒に踊りましょう? あの女は他のパートナーと踊っているのだからいいわよね?」

「断る!!」

「そう……私のものにならないのなら他の子にとられないうちに死んでくれる?」


 笑いながらナイフをまっすぐこちらに向けて走ってくるリティに、アルカは咄嗟に横に避ける。勢い余ってリティが頭から転んだところに、様子を見ていた施設職員数名がどっと群がって押さえつけた。


「離して! アルカくんを殺せないじゃない! 離せぇぇえええ!」


 叫びながらがむしゃらに暴れるリティに、職員は必死に押さえつけながら声を荒げる。


「ナイフをとるんだ!」

「縄を持って来い! 抑えろ!」

「いやぁ! 触らないで! 私に触っていいのはアルカくんだけよぉ!」

「…………」


 あまりの出来事に無言で立ち尽くす周囲。

 縄で両手足を縛られたリティはわめき散らしながら施設職員によって会場を強制退場していった。


『犯人は捕まったようだな』


 ふと聞き覚えがある小声がアルカの耳に届いた。足元を見ればいつの間にいたのか、セトが隣に立ってアルカを真っ直ぐ見上げている。

 アルカは慌ててセトを懐に抱え込んだ。


『お前、こんなところ人に見られたらどうするんだ!』

『皆視線はナイフの女に向いていたからな。問題ない』


 ケガをした男の子もすでにいなく、会場はざわざわとざわめいている。残った職員が生徒を部屋まで移動するよう指示を出している。

 アルカたちも職員の指示にしたがって部屋を出た。落ち着いて回りを見る余裕が生まれたのか、周囲からこちらにちらちらと視線が来るがアルカたちはスルーした。何を聞かれても今は答えようがない。


『アルカの部屋に戻れ。カインとナッシュもだ』


 セトの指示をアルカは三人に伝えた。三人は黙って頷いた。




 アルカたちの部屋に戻った四人と一匹は、それぞれ椅子やベッドに坐って向かい合う。


「なんか……どっと疲れた」

「そりゃ……なぁ」


 若干やつれた様子のアルカに、カインは同情の視線を向ける。

 シャーリンとナッシュは緊張の糸が切れたらしく、ベッドで二人仲良く眠りこけている。

 すやすや寝ている弟を見て一安心したカインは、黙り込んでいるセトに尋ねた。


「ドレスを破いたのがアルカに惚れている女の子というのはセトの予想していたとおりだったな。犯人が誰なのかわからなかったのか?」


 セトは首を横に振った。


「犯行現場を見ているわけではないからな。施設内の人間としか予想はできていなかった」

「そうか……」

「だがシャーリンのドレスを用意してアルカと一緒に躍らせれば、犯人が会場で何かしらの行動を起こすかもしれないということは予想していた」

「!!」 


 アルカは思わずセトを締め上げていた。


「お前、シャーリンをおとりに使ったのか!」


 憤怒の表情でセトを睨むアルカに、セトは抵抗もせずアルカを見下ろしている。


「犯人をあぶり出すのに絶好の機会だったのは確かだ。更衣室のロッカーまでいっていつ人が来るかわからない状況なのにシャーリンのドレスをその場で何度も破ったからな。周囲に配慮するほど心の余裕はないとみていた。会場で挑発すれば我慢できず出てくるだろうこともな」


 他人事のようにたんたんと話すセトに、アルカは何かがプチンと切れる音を聞いた。


「――!!」

「やめろアルカ!」


 セトを叩き落そうとしたアルカを、カインは慌てて止める。

 アルカから解放されたセトは何事もなかったのように空いた椅子に坐った。


「セト、てめぇぇ!」

「怒鳴るとシャーリンたちが起きるぞアルカ」

「うるせぇ!シャーリンの、カインたちの気持ちを利用したお前を許さない!」

「ならあのままにしておけばよかったのか?」

「!」


 口を閉ざしたアルカに、セトは瞳を細める。


「お前がこの孤児院にいられるのも残りわずかだ。犯人を野放しにしたまま、シャーリンを一人この孤児院に残していくのか? できないだろう? 私とて四六時中シャーリンのそばにはいられぬ。野放しにするよりさっさと犯人を確保して少しでも安心できるほうがいいだろう。その方法としてあれが素早く、そして最良だと判断した。だから実行したまでだ。犯行タイミングさえわかれば、最悪の場合私が助けに入れるからな」


 アルカはセトの言いたいことがわかった。理性ではそれがベストだと理解もできる……だが。

 理性では納得できても感情がそれについていけなかった。


「ドレスは……シャーリンのために作ったドレスは犯人をおびき出すための餌だったのか?」


 アルカの声は震えていた。


「シャーリンは自分のためを思って作ってくれたのだとあんなに喜んで、まだ体調悪いのを無理して踊っていたのに……ナッシュやカインもそのために睡眠時間削ってまで作ってくれたのに……お前にとってあのドレスは――」

「借り物のドレスでは挑発に使うには効果が薄い。あくまで手作りのドレスでなければならなかった。『物を壊しても効果はない。来るなら直接来い』と強く伝えられるからな。それに――」


 セトはアルカを真っ直ぐ射抜く。


「ナッシュとカインが懸命に作ったドレスなら、心の優しいシャーリンは多少無理をしてでも踊ってくれるだろう?」

「――!……くそっ!」

「アルカッ!」

 

 アルカは逃げるように自室を出て行った。今にも泣き出しそうな悔しそうな顔で。

 カインはどうしようか迷ったが、意を決するとセトに向かって言い放った。


「今のは言い過ぎだと思う」

「ふん、もう少しオブラートに包めばよかったか?」

「…………」


 カインは無言で部屋を出ていった。

 二人が消えた扉の向こうをジッと見ていたセトは、布団がこすれる音に振り向いた。


「セト、今のらしくないよ」


 起きたシャーリンの口から出たのは咎めるような口調だった。


「シャーリン」


 シャーリンが両手を伸ばすので、セトは素直にその腕の中に納まった。チラッと横を見ればナッシュは一人熟睡中だ。あの怒号で起きないとは器が大きいのかよほど疲れていたのか。

 シャーリンが無言でゆっくりとセトの毛並みを撫でる。その優しい感触にセトは小さく吐息を吐いた。


「らしくなかったか」


 セトの声はどこか覇気がない。


「うん。いつもはあんなに細かいところまで話さないよね。セトは相手を本気で怒らせるような余計なことは言わない」

「そうか」


 本当によく見ている。子供の成長は恐ろしい。


「シャーリンは怒らないのか?」

「怒る?」

「お前のドレスを、お前の気持ちを利用したことだ」


 シャーリンはわずかに考え込んだあと、にっこり微笑んだ。


「うん。だって私のためにやってくれたことだもん。怒ることなんてないよ」

「シャーリン」

「それにドレスを一番頑張って作ってくれたのはセトだって、ナッシュが教えてくれたよ」

「俺はカインやナッシュみたいに学校はないし寝なくても問題ないからな。自然と作業量は増える」

「ふふ……」


 セトの言っていることがなんだか子どもの言い訳じみて聞こえてシャーリンはつい笑ってしまう。


「でもドレス凄く嬉しかったしダンスも楽しかったよ」


 シャーリンはセトを真正面に持ち上げた。そして今の気持ちを精一杯込めて感謝を告げる。


「ありがとうセト」

「……どういたしまして、だ」


 セトはそっぽを向いて答えた。照れているのかなとシャーリンは思った。

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