19
男性更衣室は灰色のロッカーが立ち並んだ薄暗い更衣室だ。
アルカはちょうど部屋にいた若い男性職員に自分のチェックを渡した。
「おう、アルカ。ずいぶんと提出が遅かったな。それに今年のはいつもの衣装より少しいびつじゃないか。シャーリンちゃんが仕上げているわりには珍しい」
「提出期限までまだあと三日あるだろ。それにいびつで悪かったな。今年は俺が最初から最後まで作ったからな!」
職員の表情がみるみる驚きへと変化する。
「な……雑巾すら作れないお前がチェックを作れたのか……!」
悪戯が成功したような爽快な気分に浸りながら、アルカは自分の胸を叩いた。
「俺だってやればできるんだぜ?」
「よし、せっかくチャック作ったのだから今度はスラックスも作ってみろ」
「鬼か! 布あってもあと三日間じゃ無理だろ! チェックだけでも数日かかったのに!」
悲鳴を上げるアルカに職員は笑いながら手早く衣装の確認をしていく。
「ふむ。縫い目も荒いが着れないことはないな。初めて作ったにしてはよくできてるぞアルカ」
作り直しの指示が出なかったアルカは安堵した。
「よかった。作り直しとか言われたら徹夜作業になってた……」
「他の服はどうするんだ?」
「既製品持ってるからそっち使うよ。毎年そうしているし」
職員はアルカを上から下まで見た。
「お前成長期だろう? ちゃんと身長に合うのか?」
「あ、そういえば確認していなかった……」
「早めに確認しておけよ。もし着れなくなっていたら貸すから」
「わかった」
職員は提出したチェックにアルカと書いたネームプレートを貼り付けて、空いたロッカーにしまう。
直後、更衣室の入り口の扉が勢いよく開かれた。
「アルカ! アルカはいるか!?」
名前を呼ばれ振り向けば、そこには息を切らした親友のカインがいた。
「カイン?」
ただごとではない様子に、アルカと職員は顔を見合す。
「どうしたカイン? そんなに息を切らせて」
「すみません先生、ちょっとアルカを借ります」
「ああ、用は終わったから構わないが……」
カインはアルカの腕を引っ張ると早々に廊下に出て走り出す。
アルカはついていけない状況に混乱しながらも、カインの後を追う。
「な、なんだよカイン!? 何があったんだ?」
「シャーリンちゃんが倒れた」
「……!?」
アルカの瞳がこぼれんばかりに見開いた。
「嘘だろ……セトが来てからまだ一度も……!」
体中の血が凍るような、ものすごい不安にかられアルカはついカインを怒鳴りつけていた。
カインは痛々しそうな顔でアルカを見つめながら、苦々しい口調で話す。
「女子更衣室に保管してあったシャーリンちゃんのドレスがズタボロにされていたんだ。それを見たシャーリンちゃんがショックで倒れた」
「シャーリンの衣装が!?」
――何故シャーリンの衣装が……?
急いで現場にいけば部屋の入り口に施設職員数名が集まっており、シャーリンが担架で運ばれる最中だった。
慌ててアルカがシャーリンのそばに近寄る。
「シャーリン!」
シャーリンの顔は真っ青だった。何かに耐えるように時々左右に体を揺らしながら苦痛な表情で呻いている。その見覚えある症状にアルカは凍りついた。
――シャーリンの持病が……!?
「シャーリン! しっかりしろシャーリン!」
アルカが何度声をかけてもシャーリンは気づいていないらしく反応がない。
職員が切羽詰まった口調で早口に説明する。
「アルカか。シャーリンちゃんは近くの病院に連れて行く。持病のこともあるし倒れたときにどこか打っている可能性もあるからな。お前も行くか?」
「お願いします!」
アルカは一も二もなく返事した。施設職員と一緒にアルカはシャーリンを運んでいく。
その後姿を見守ったカインはもう一人の存在を思い出してアルカたちの自室へと駆けて行った。
「シャーリンがか……」
カインから話を聞いたセトの第一声がこれだった。アルカとは違い、声は坦々としていた。
「シャーリンは無事なのか?」
カインは小さく首を振った。
「わからない。アルカが付いて行ったから落ち着けば連絡来ると思う」
「カイン、俺を女性更衣室まで連れていってくれないか」
女性といわれ男として一瞬躊躇したカインだったが、そんなことを考えるときではないと思い直し頷いた。
「わかった」
カインは小脇にセトを抱えると、シャーリンが倒れた場所まで戻ってきた。
現場は職員が見張りに立っており、部屋の明かりは煌々とついているが室内には誰もいないようだった。
入り口にいた職員が向こうから歩いてくるカインに気がついた。
「カインどうした? 何か用か? その人形はなんだ?」
「あ、あの……施設長が話があるとかで……」
カインは道中に考えていた言い訳を苦し紛れに伝えた。嘘をつけないのはカインも同じだった。
だがその性格が幸いした。
「施設長が? さっきまでそこにいたのにな……」
カインのことを信じてくれたようだ。首をかしげながらも職員は歩き出す。
ふと何かを思い出したのか職員はこちらに振り返った。
「あ、そうだ。カイン、時間あるよな?」
「はい」
「ちょっとその部屋見張っておいてくれないか? また誰かの衣装が破壊されてはたまったものではないからな」
「わかりました」
職員が角を曲がり完全にいなくなったのを確認すると、カインは部屋に入った。
現場はシャーリンが倒れた当時そのままになっているようだった。ロッカーの一部だけ開け放たれている。
セトはカインから飛び降りると、開かれているロッカーを覗き込んだ。
「シャーリンの衣装はこれだな。カイン、出して貰えるか」
「わかった」
ハンガーごと出したシャーリンのドレスは見るも無残な形となっていた。
セトの記憶ではシャーリンのドレスは薄いピンク色のワンピースをベースにスカートの裾など端々にフリルをつけた、シンプルながらも女の子好みらしい可愛らしいものだった。ダンスパーティが終わったらフリル付白いエプロンも作ってメイドさん衣装にしようかなと楽しそうに話していたのを覚えている。
だがそのドレスはただの布切れと化していた。ナイフか何かで大きく何箇所も引き裂かれており、ハンガーにかかっている布地はごくわずかだ。ドレスが入っていたロッカーの床には切り裂かれた布きれが数枚落ちている。
「ひどい……」
カインが思わず呻く。
セトは無言でシャーリンのドレスが入っていたロッカーを見た。他の児童の衣装も入っていたがそれらには何の傷もない。他のロッカーも開いてみたがどれも無事だ。
つまりシャーリンの衣装だけ狙われて切り裂かれたことになる。




