15
「ま、危険な橋を渡るのもこれが最初で最後にするよ」
カインの宣言に内心ホッとしながら、アルカは微笑む。
「そうしてくれ。俺もこんな夜中に行動するのはちょっと辛――」
ふと、カインの背後から近寄ってくる誰かにアルカはなぜか無性に嫌な予感を覚えた。
本能が促すまま、アルカは声をあげる。
「カイン! こっちに来い!」
「? アル――……がっ!?」
「カイン!?」
気づいたときにはカインは頭を抑えて蹲っていた。
アルカは慌ててカインの下へ走る。
「カイン! 大丈夫か!?」
「なんだしけた金だな」
「!?」
カインの背後から聞こえてくる声にアルカは思わず立ち止まった。
カインの背後に立っていた人物が、いつの間にかアルカが持っていた封筒から現金を抜いて中身を確かめている。
「やはりガキが稼ぐには限度があるか。他の獲物でも狙えばよかった」
「お前、誰だ…?」
警戒心を隠そうともしないアルカに、カインを殴った人物は笑う。顔ばれしないようにしているのか、頭に深くフードを被って目元を隠していた。
「夜中に歩き回るガキに教育指導を貸す正義の人間……とでも言えばいいか? ちゃんと見返りは貰うけどな」
「何が正義の人間だ……! カインを殴って金を奪って! 返せっ!」
アルカは男につかみかかる。
だが真正面からの攻撃は行動が読みやすかったのか、男はあっさり避けた。避けるついでとばかりに片足を前に出す。
「! うわわっ!?」
差し出された足に見事に引っかかったアルカはそのまま地面に勢いよく倒れた。
「ぐっ……」
「お友達のお金を奪うのはダメですよー? ってか。俺に挑むならまだ10年は早かったな」
男の卑下た笑い声に、アルカは痛みよりも怒りが勝った。
「待て……!」
アルカは立ち上がろうとしたが、膝を強く打ったのか思うように下半身に力が入らない。よろけつつもなんとか立ち上がろうとしたところで男に腹を強く蹴られて再び地面に倒れた。
「今日はいい教訓になっただろ? 今度から夜道に気をつけるんだな」
「くそぉ……!」
「ではこの金は授業料としていただいていく――」
「私の家族を傷つけるなぞ何人たりとも許さぬ」
「ぜっっ……!?」
突如として男の背中が弾け、男は数メートル吹き飛ばされる。
「な、なん……――!?」
地面に顔をぶつけた男のすぐ目の前に、何かが地面に突き刺さっている。
混乱した頭でよくよく見れば、月明かりでも怪しいくらいに輝く鋭い数本の鉤爪だった。
「!?」
視界に入るものと、首筋に当たる冷たい感触に男が震え上がった。
「フリーズ。動けばこれで貴様の首を跳ねる」
声にはまったくの躊躇がなかった。
頭上からの本気の脅し文句に、男は自分に死が迫っていると否が応にも実感する。地面に埋まっている鉤爪を凝視したまま男は必死に懇願した。
「わっ……わかった! わかった! わかったから命だけは……!」
「現金もだ」
「わ、渡す! 渡すからっ!」
震える手で男は懐から現金を出すと、何者かがその手から金を奪っていった。
目的を果たしたのか、男の目の前にある鉤爪がゆっくりと地面から離れていく。いつの間にか首の冷たい感触も消えていた。
男が安堵の息を吐き出そうとしたところで、うなじに衝撃が走り男は気を失った。
アルカは男が吹き飛ばされてからの一連の出来事をまるで画面の向こうから見ているかのような感覚で見ていた。
そのアルカの耳に、呆然とするカインの声が届く。
「アルカ……あれは……」
カインの声に我に返ったアルカは、慌ててカインのそばまで近寄った。
「大丈夫か!? カイン!」
「あっ……ああ、大丈夫だ。少しフラフラするがそのうち治る」
「アルカ、カイン」
名前を呼ばれ顔を上げる二人に、声の主――セトが取り返した現金を見せる。
「取り戻したぞ」
「あ……ああ、ありがとうセト……」
カインが手を差し出すと、セトはそこに現金を置いた。
「この騒ぎでそのうち巡回の騎士か近隣住民がここにやってくるだろう。見つかったら説明が厄介だ。早めにここから離れるぞ」
「わかった」
アルカが頷くと、セトは物陰に隠れているシャーリンを迎えに行った。
アルカはセトの方を見つめるカインに振り向いた。
「カイン、動けるか?」
「あ、ああ……」
現金をカインに返しながら、アルカは孤児院の方へと移動するようカインを促す。カインは抵抗することなく素直についていく。
振り向けば二人の背後からシャーリンとセトがついてくるのが見える。
「アルカ、あの人形は……セトは――」
アルカは困った顔で米神をカリカリとかいた。
「試作品なんだってさ。俺もどういった構造でどういった原理で動いているのかさっぱりわからんから質問しないでくれ。答えられないから」
「そ、そうか……」
「言えるのはセトは自分の意思で動けてある程度のことならなんでもできるよくわからない人形ってことだけだ」
「人形……か……」
本当にあれが人形なのかとカインは思わずにいられない。
――私の家族を傷つけるなぞ何人たりとも許さぬ。
窃盗犯を脅すときにセトが放った殺気は紛れもなく本物であり、脅されてもいないカインですら恐怖で声すら出せなかったのに。
「カイン」
「!?」
後ろから名前を呼ばれて慌てて振り向けば、シャーリンに抱かれているセトがまっすぐこちらを見ていた。
「お前はアルカの大事な友達だ。ならばアルカの家族である私にとっても大事な人間だ。お前がアルカやシャーリンを大事にする限り俺は決してお前を傷つけることはしない」
「…………」
セトに恐怖を感じているのがわかっていたのだろうか、セトの声はどことなく諭すような口調だった。
視線をずらせばシャーリンが嬉しそうな顔でセトの頭を撫でている。撫でられているセトも瞼を落としかけているところからすれば気持ちいいのかもしれない。
そんなシャーリンとセトを見ていて、カインはなんだか自分がセトに対して異常な警戒感を抱き過ぎていたのではないかと思うようになってきた。確かにセトはアルカの言うとおりよくわからない人形だ。けどアルカを守るために助けたその姿は家族を傷つけられれば誰だって怒り反撃する。ただあの強盗よりもセトが強かったに過ぎない。
そう思ったら自然と口が動いていた。
「アルカは俺の友達だ。友達を傷つけるようなことは絶対しない」
セトの口元が緩んだ。
「……ならばよい」
満足げにそう言うと、セトはゆっくりと瞼を落とした。




