13
セトがアルカたちの下に戻ったのは翌日の朝食後だった。
「アルカ。忘れ物」
そう言ってアルカたちの部屋に入ってきたのはカインだった。手には微動だにしないセトが抱えられている。
出迎えたアルカはよろよろと立ち上がるとかすかに手を震わせながらセトを受け取った。
「あ、ああ。ありがとうカイン……」
昨日とは違うアルカの窶れっぷりにカインは少し引いた。
「アルカ、何かあったのか? 少し頬が扱けてる。隈もあるし」
「ああ。昨日セトを連れて帰るのを忘れて部屋まで戻ったら夜中シャーリンに散々愚痴られてな……」
アルカが恨みがましく後ろを振り返ればそこにはベッドで気持ちよさそうに寝息を立てているシャーリンの姿。カインの記憶では朝食の席にはいたはずだからどうやらこれは二度寝らしい。
セトをアルカに渡したカインは熟睡するシャーリンに苦笑いだ。
「よほどセトを気に入っているのだなシャーリンちゃんは」
「俺もここまでとは思わなかった。あいつ本にだってそこまで執着したことないのになぁ」
「まぁこの人形高そうだし出来もいいから手放したくない気持ちもわからないでもないが」
そう言うカインに、アルカは困った顔をして頭をかいた。
「お前が借りたいなら俺は別に構わないが、シャーリンがなぁ」
「別に人形が欲しいって意味じゃない。それに勝手に拝借したらシャーリンちゃんに恨まれそうで怖い」
そう言いながらもカインの顔は笑顔だ。
アルカは疲労感が漂っていた昨日とは違う雰囲気に今になって気づく。
「あれ、お前ずいぶん元気そうだな?」
「元気そうだなってひどいな。俺はここ最近風邪なんて引いていない」
「でも昨日はなんかちょっとふらついてたっていうか凄い疲れてる感じだったぞ」
「…………。そうか?」
カインは一瞬表情を変えたが、すぐもとの笑顔に戻った。
「まぁここのところ寒暖の差が激しいから調子崩していたのかもしれない。気をつける」
「……ああ」
じゃっ、とカインは軽く手を挙げて部屋から出て行った。
カインの足音が完全に聞こえなくなったのを確認してから、アルカは口を開いた。
「カインに何かしたのかセト?」
アルカの腕の中で微動だにしなかったセトが顔をあげた。
「寝不足から来る疲労と気の乱れが激しかったのでな。手持ちの魔石を使って少々治しておいた」
魔石を使ってどうやって治したというのか、もはやアルカには理解不能だった。
「お前、一体何ができないんだよ……」
「咄嗟に思いつくのは死人を蘇らせることか」
「そこまでできたら怖いどころの話じゃねぇ」
アルカの腕から飛び降りたセトは、近くの椅子へと坐る。
アルカも別のパイプイスを引っ張りだしてセトの正面に坐った。
「で? なんでカインが夜中にどこ行ってたのかわかったのか?」
「ああ。カインはな――」
「つまり、カインはパン工場でアルバイトをしていたと?」
驚くアルカに、セトは頷いた。
「ああ、真面目に働いていたぞ」
「禁止されているアルバイトをしてまでなんて何考えてんだアイツは」
さきほど消えた友達を恨むかのようにアルカは部屋の扉を睨む。
「勿論、理由があってのことだ」
昨夜、男性とカインとの会話はまだ続いていた。
『今度給料日だったな』
『はい』
『弟くんの誕生日が近いのだろう? 何か買ってやるのか?』
男性の質問に、カインはどことなく照れた様子で
『まだ決めてませんが……。同級生が自分の小遣いを必死に貯めて妹に高価なものを買っていたので自分もたまには弟に何かいいもの買ってやろうかと』
セトの話を聞いたアルカはカインの行動の理由にようやく思い至った。
その理由に、思わずポツリと。
「アイツ、バカか?」
アルカのストレートな感想にセトもつい苦笑いする。
「そう言ってやるな。カインもカインなりにナッシュに何かしたかったんだろう。外見は大人びて見えてもまだ中身は十四の少年だ。同年代のお前に対抗意識あってもおかしくない」
アルカがシャーリンに送ったのはセトの衣装の元になる布などであってセト自身ではない。だがカインはその事情は知らしていない。セトはアルカがお金を貯めてシャーリンに買ったと思っているはずだ。
カインはどうやら負けず嫌いな面があるらしい。おそらく次のナッシュの誕生日プレゼント用にアルバイト代を当てるつもりなのだろう。小遣いをためるのは不可能だからこその苦肉の策か。
カインの行動に納得できる部分はあるものの、アルカの表情は渋い。
「でもこのままアルバイトを続けさせるわけにはいかないだろ? 見つかったらどうなるかわからないし」
「幸い次は給料日らしい。給料を貰ったらカインを捕まえてアルバイトを辞めさせればいい。アルバイト本人から辞めるにしても本来ニ週間の猶予は必要だがカインはまだ就労ができない未成年だからな。そこを突けば向こうも引きとめようとはしないだろう」
セトの提案にアルカは頷く。
「それでいくか。よし今度は俺が行く」
「いいのか?」
「セトを出すわけにはいかないし、どちらにしろアイツを説得するのは俺の出番だ」
自信満々にアルカは答えた。
「シャーリンはどうするのだ?」
「私も行く」
いつの間にかシャーリンも起きていたようだ。
ベッドから上半身だけ起こしてこちらを見ている。
「お前はダメだ。この時期はまだ寒いし、職員に見つかったら怒られるだけじゃすまないかもしれないぞ」
「いや! 絶対行く。真冬じゃないから厚着すれば寒くないもん!」
アルカは渋っているが、シャーリンは真剣だ。
セトがシャーリンのそばにいけばシャーリンは喜んでセトを抱きしめる。
「発病したらどうするんだ? 街中でも夜中じゃ誰もいないんだぞ?」
「セトを抱えていくもん。セトがすぐ助けを呼んでくれるよ」
ねー、とシャーリンが笑顔を向ければセトは頷くしかない。
「アルカ、その質問は部屋にシャーリンを置いていっても同じことが言えるぞ。短時間とはいえシャーリンのそばには誰もいなくなるのだからな」
「ぐぅっ」
「施設職員にお願いするのはかまわんが、その場合夜中の外出理由まで言わねばならん。そうなるとカインのアルバイトの件も説明せねばならなくなる」
それでは本末転倒だ。
アルカは肩を落とした。
「……わかった」
シャーリンは飛び跳ねた。
「やった!」
「だがちゃんと俺とセトから離れるなよ! あとちょっとでも体調が悪かったら出かけないからな!」
「わかったよお兄ちゃん」
「本当にわかってるのかお前……」
ピクニックとかじゃないんだぞとアルカがげんなりするが、セトを両手で高い高いしてはしゃいでいるシャーリンには聞こえていないようだった。




