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ナッシュの兄、カインは髪色と瞳の色はナッシュそっくりだが少年とは思えない男らしい顔つきをしていた。髪は短く刈り上げられ、十四歳とは思えないガッチリとした体格はそこら辺の騎士訓練生よりも頼もしく見える。街中を歩けばたまに巡回中の兵士や冒険者のスカウトが来るくらいだった。
おそらくナッシュは母親似、カインは父親似なのだろう。
「あいつ見た目がアレだから、本当にオレと同じ歳なのかわからないときがあるんだよな」
夜行動を起こす前にまず本人を確認しようとアルカとセトは2人してカインの後姿を物陰から見ていた。シャーリンは自室で本を読んでいる。
「絶対年齢にサバ読んでるよ」
「本人に言ったのか?」
「頭に拳骨食らったけどな」
言ったのだな、とは言わないセトだった。
「背もでかいし雑用も嫌がらずやるし頼りになるし、あいつを慕う子や頼る職員は結構いるんだよな」
見れば多目的ルームにいるカインは小さい子たちから一緒に遊ぼうとせがまれていた。カインも特に嫌な顔をすることなく一緒になって遊んでいる。
そんな様子を見ながら、セトはポツリと呟いた。
「どことなくお前と似ているな」
アルカの瞳が大きく見開く。
「そうか? 顔が似ているなんて言われたことないけどな」
セトは小さく溜息をつく。
「似ているのは顔ではなく……いや、いい」
「なんだよはっきりしないな」
「独り言だ、気にするな」
一人と一匹が物影から覗く間もカインは気づくことなく下級生の面倒を見ていた。だがアルカからすればどことなくフラフラというか、重心が安定していないようにも見える。
「……あいつ、寝てないだろ」
「まだ大丈夫なようだがこのままでは倒れるのも時間の問題だな。疲労が積み重なっているように見える」
セトは他人事のように言う。
「一体あいつ何やってんだか……ぶっ倒れたらそれこそナッシュが心配するだろうに」
アルカの眉間に皺が寄る。
それを見たセトがボソッと呟いた。
「お前も心配しているのか」
「なっ!?」
一瞬固まったアルカだが、慌てて口を両手で押さえるとセトを引っ張って遠くへ走った。
カインが見えなくなるまで遠くへ移動すると、物陰にセトを連れ込んで頭をがっちりつかむ。
「おまっ、一体何いってんだよ!?」
「友を心配するのは当然のことではないか」
「別に俺はあいつの心配なんてしてねーよ! あいつが倒れるのは自業自得だろうし!」
心配していないのならばなんでそんなに感情的になるのだろうか。
どうもアルカは言葉より態度で本音を語るタイプのようだがセトは突っ込まないでおいた。
「で、話戻してどうやってその発信機をカインにつけるつもりだよ?」
「孤児院の予定では夕飯後に入浴、その後自由時間のち就寝だったな?」
「ああ。就寝時間は二十ニ時だ」
もちろん二十ニ時きっかりに寝る児童なぞほとんどいないのだが、そこは職員も慣れたもので優しく諭したり時には怒鳴ったりして無理やり寝かされていた。
『ならば行動するのは二十ニ時以降だ。カインが出かけ次第、発信機を貼り付けて後をつける』
「だからどうやってやるんだよ? ってかなんでお前小声で――」
「アルカ、ここで何をしている?」
「!?」
アルカは背後から聞こえてきた声に咄嗟にセトをつかんで懐に隠す。
振り向けば、今話していたターゲットが目の前に立ってこっちを見ていた。
「な、なんでここにいるんだよカイン……?」
「お前が慌てて走り出していくのが見えたからな。追いかけてみれば隅っこでコソコソしているから何しているのかと思ったまでだ」
「こ、コソコソしてねーぞ!」
「いや……こんな誰もいない廊下で一人しゃがみこんで独り言してれば十分怪しい」
「うぐっ……」
正論なので何も突っ込めなかった。
恨みがましくセトを見れば懐で人形のように固まっている。どうやら小声にしたのも近づいてくるカインに気づいていたからのようだ。
――気づいたなら言ってくれよな!
「ここで何していた?」
「あ、いや……あー……ちょっとセトが汚れたんで拭く物貰おうかと……」
慌てていい訳を考え、懐に隠してたセトをカインに見せると、カインは呆れた表情でため息をついた。
「特に汚れているようには見えないが……あと拭く物なら廊下ではなく自室にあるだろうに。何故こんな人気のない廊下に」
「ちょうどなくて探してたらこんなところまで来ちまったんだよ悪いかよ!」
「何逆ギレしている?」
首を捻りつつ、カインは懐からハンカチをアルカに出す。
「拭く物ならこれ貸してやるから。後で洗って返せよ」
「あっ……ああ、サンキュな」
今更嘘とはいえないから、カインはハンカチを一応受け取っておく。
使わずにそのまま返せばいいだろう。
「そういえばその人形、シャーリンちゃんのか」
アルガが持つセトに視線を向けるカイン。
「……ああ、そういえばお前に見せるのは初めてだったな」
「ああ、ちょっと触ってみていいか?」
「いいぞ」
アルカは素直にセトをカインに渡した。
カインはセトの全身をわしゃわしゃと撫でる。
「へー。人形のわりにはいい毛並みだな。尻尾もふわふわしてやがる。……お、口の牙もちゃんとあるし手の爪や肉球もちゃんとしっかりしてるんだな」
両手で頬を押さえてぐにーっと口を広げたり手をグニッと押したり。
カインに何されてもセトは何の抵抗もしなかった。
セトが着ている衣装も興味深げに触りながら、カインはポツリと呟く。
「ずいぶんカッコいい服着てるなコレ」
「シャーリンが作ったんだよ。アイツ、セトが来てから衣服作りに目覚めたみたいでな」
「セト? ……ああ、この人形のことか。シャーリンちゃんもよく作るな」
呆れたというよりは関心したような声だった。
「お前もずいぶん高そうな人形手に入れられたな」
「あ……ああ」
一瞬だけセトに視線を向けてから、アルカは胸を大きく張った。
「シャーリンがどうしてもって言うからな、たまには良いもの買おうと思ってお金貯めて奮発したんだ」
セトから何か言いたげに視線を向けてきたが、アルカはスルーした。
「……へぇ」
『…………』
カインの瞳が一瞬だけ変わったのを、セトは見逃さなかった。
「アルカも見た目とは違って倹約してたんだな」
「見た目とは違ってってなんだよ」
「悪い。しっかりした兄貴ってことだ」
アルカは段々体中がむずむずしてきた。
「なんだよ……カインがオレのこと褒めるなんてなんか変だぞ」
「変か? 俺は率直に言ったまでだがな」
即座に返答したところからして本音のようだ。
だからアルカも素直に言った。
「鳥肌が立った」
「よし、直してやるからそこに立ってろよ」
「なんで笑顔で指鳴らしてんだよ!」
慌ててカインから距離をとる。
「人の好意は素直に受けるものだぞ」
「お前が俺を褒めるなんてなかっただろ!」
「いつも褒めてるぞ……言わないだけで」
最後は小声だった。
「好意は表に出さないと相手に伝わらないぞ!」
「悪かった、今から出す」
「だからなんで拳作ってんだよ! それは好意じゃなくて暴力って言うんだ!」
ハハハと笑いながら構えるカインに、アルカは慌てて自室へと逃げた。
アルカが見えなくなって拳を解いたカインは、ふと脇にセトが取り残されているのを発見した。
「そういえばこいつ返すの忘れてた……今日は出なきゃならないからアイツの部屋に届ける時間はないな」
しまったーと言いたげな表情で頭を掻き毟ったが、そのまま置いておくわけにはいかない。
「まぁ明日返せばいいだろ」
カインはセトを抱えて自室へと歩き出す。
自分のうなじに円盤型の発信機が取り付けられたことも気づかずに。




