プロメテウス ~背中合わせの二人 下~
階段を降りながら私はとある詩を思い出した。「僕は見た。狂気によって破壊された僕の世代の最良の精神たち。を飢え苛ら立ち裸で夜明けの黒人街を腹立たしい一服のヤクを求めてのろのろと歩いてゆくのを」
この詩は魔物達がやってきた際いっしょに流れてきた異世界の詩だ。関わりたくない事が存在してしまっていることを嘆き歌った歌だ。そんなことを考えた私の心には本当は復讐心はないのだろうか…。そんなことを考え私は暗闇の中、体を震わせた。
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「しっかしそんな装備で戦えるの?その剣、結構安いんでしょ」
フィリアが私の持つ剣を見て言う。少し腹が立つ。
「これが一番しっくりくるんだ。振りやすく、切れ味もそこそこ良く、投げやすい」
「いや、剣投げたらダメでしょ。どうやって戦うのよ」
「その時はこれだ」
私は腰のカバンから投石紐を取り出す。それを見てフィリアは嫌そうな顔をしていた。
「なんか本当貧乏くさいわね…。でもそれなら安心。魔術は使えるの?」
「一日10回までならいける。それ以上使うと流石に戦闘に支障をきたすけど。フィリアは?」
「私は2回。しかも筋力支援ぐらいしか使えないけど…」
「私の勝ちね」
「何勝ち誇った顔でこっち見るの!!」
そんな軽口をたたいていたら階段を下りきっていた。流石に私たちも気を引き締める。ここは魔物の領域。何が命取りになるか分からない。
「フィリアの仕事はデスワームよね。私はトロルだから手伝ってね」
トロル。魔物の中では中々強く、強さはゴブリン以上オーガ以下ほど。意外とダンジョンに生息していて常に討伐依頼が絶えない。
「先に私のデスワームが先だからね」
「分かったわよ。それじゃあ行くわよ」
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「トール!そっちに2匹いった!」
「分かった!」
デスワームの巣にて二人の冒険者が駆ける。2メートルを超えるムカデが冒険者を追い迷宮の床を這う。そんな中、私は直剣を振るう。切り裂くというよりちまちま傷を与え殺すといった方法だが…。ふとフィリアの方を見ると片手でハルバードを振るい、デスワームの首を叩き斬る。どんな筋力しているんだ…。
「…なんか馬鹿馬鹿しくて嫌になってくるわ」
「うん?なんか言った?」
そういいながらもフィリアはデスワームの首を跳ねる。本当に自分がちまちまやっているのは意味がないのでは…。
「まぁこんなもんでいいでしょ。休憩しましょ」
最後のデスワームの体を真っ二つにするとフィリアはそういった。周りにはデスワームの死体がゴロゴロと転がっている。
「…そうね。休憩しましょうか」
デスワームの死体を置き去りにし休憩できそうな場所へ向かう。少し広場みたいになっており、近くにも休憩している。その中で冒険者から距離を置いて座る。
「意外と強いのね…。私要らなかった気がするんだけど…」
「そんなに落ち込まなくても」
「そのドヤ顔止めて。凄い切り殺したくなる」
二人でそんなことをいい笑う。昔人間を憎んでいた時のことを思い出すと本当に不思議だ。
「にしても全然トロルがいないわね。何かあったのかしら?」
「あれでしょ。悪魔が現れたからでしょう」
「あぁ。山羊頭の悪魔だっけ。会いたくないわね。まだ死にたくないし」
近くの冒険者の話に耳を傾けるとどう山羊頭の悪魔を倒し賞金をもらうかを仲間と相談していた。少し若く冒険者になって日が浅いんだろう。
「じゃあトロル探しに行くわよ。さっさと倒して宿に帰るわよ。もう疲れたし」
「そうね。さっさと行きましょう」
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その後は迷宮の奥の方まで向かったがトロルはいなかった。やはり山羊頭の悪魔のせいなのかだろうか…。トールの方は段々と機嫌が悪くなっているらしく何もしゃべらなくなってしまった。
「…本当にいないわね。トール、今日はもう帰らない?明日も手伝うけど」
「………そうするか。帰ろう」
そして今日は撤収となった。とりあえずは地上方面の道を進む。すると急にトールが迷宮の壁を見つめ始めた。
「どうしたの?もう帰るんじゃなかったの?」
「……この壁、新しくなってる」
「ホントだ。ここだけ後で作り直してるみたい」
迷宮は実は常に進化している。魔物達が迷宮の壁を破壊し新たな道や広場などを作っているからだ。でも少し気になったのは作った道を塞ぐ事はないはずなのだが…。
「…言ってみよう。フィリア、ツルハシ持ってる?」
「持ってるわけないじゃん。トールは?」
「小さいのならカバンに入ってる」
「なんで入ってるのよ…」
そんなことをいいながら私はトールのツルハシを借り壁を削る。少し削っていると壁の方が独りでに崩れた。
「行くよ。ここからは未開拓の迷宮よ」
「わかっているわ。トールこそそんな貧弱な装備で大丈夫なの?」
「………」
中を少し進むと開けた場所にでた。中々広く天井の高さも建物二軒分の高さがある。さぞ力のある魔物が掘ったのだろう。
「…来るわ。気を付けて」
暗くなっている方から少しつつ足音がきこえてくる。嫌な予感がする。私はグッとハルバードを握る。
「ほう…。また愚かな冒険者が我が聖域に踏み込んだようだな。何と愚かな」
その魔物は大きかった。体長は3メートルぐらいの体に手に持つのは無骨な石から削り出した特大剣。そしてその顔は人のものではなく山羊の頭だった。
「………山羊頭の悪魔」
「ほう、我の名前を知っているか。我が名は山羊頭の悪魔のハイデ。貴様らに絶望を与えるものだ」
私たちは何もできなかった。本来は何10人で戦いを挑んでも死を覚悟する魔物にたった2人で出会ってしまった。その絶望に浸ってしてしまっていた。
「…怯えているのか。まぁよい。貴様らは痛みを感じる前に死んでいる」
そう言って山羊頭の悪魔は手に握った特大剣を大きく振りかぶる。となりのトールを見ると何かぶつぶつと言っていた。
「死ぬがよい!!人間よ!」
振り下ろされる特大剣。ビュウという音が迷宮に響く。
「聖霊よ その身を持って 我らを守れ!!」
トールが叫ぶ。特大剣は私たちすれすれを通り振り下ろされる。轟音と共に迷宮の床が崩れ落ちる。
「何!?」
「行くぞフィリア。援護任せた。」
するとトールは腰から剣を引き抜くと山羊頭の悪魔に向かって走り出した。しかしその速さが異常だった。まるで風のように山羊頭の悪魔の足の腱に向かって剣を振る。
「グァ!?何を」
「…これでもダメか。もっと早く振らないと」
トールが先ほどぶつぶつと言っていたのは速度強化の魔術だったのだと今更気がつく。あっけにとらわれていた私もトールの援護を始める。
「大いなる狂戦士よ 我が身に力を」
魔術『肉体強化』を行ないハルバードを振るう力を底上げさせる。そのまま私は山羊頭の悪魔が振るう特大剣をハルバードで受け止める。凄まじい音と共に特大剣が受け止められる。その間トールが足や脛、壁を駆け上り腕を斬りつける。
「この羽虫どもが‼」
しかし山羊頭の悪魔にはそのような攻撃は通用しない。でたらめに振られる特大剣を二人で命がけでよける。
「意外とタフね。こいつ」
「本当ね。こんなにも斬っても倒れない敵は初めてだ」
そういいながらトールはカバンから小瓶を取り出し中身を剣にかける。ヌメっとした何かが剣にまとわりつく。
「これでも何とかなるだろう。一度でいいからあいつの動きを止められる?フィリア」
「…任せて!!その代わりあいつに一撃重いのを入れてやりなさい!!」
そう言い私はハルバードを体の中央に構える。山羊頭の悪魔は何語かわからない言葉をつぶやく。掲げた左手に巨大な火球が現れる。
「氷よ!!彼の者に氷結の怒りを!!」
このハルバード、純白の桜花の効果は相手を凍らせる。少しなら相手の動きを封じたりするのに適している。
「ナイスフィリア!!」
トールは壁を駆け上り山羊頭の悪魔の胸に剣を突き立てる。そのまま剣を放し飛び降りる。
「この糞虫が…。絶対にいたぶり殺してくれよう」
「ちょっとトール!?あいつ倒れてないけど!?」
「大丈夫だ」
山羊頭の悪魔が特大剣を振りかぶる。流石に私は死を覚悟した。目を瞑る。しかしいくらたっても振り下ろしが来ない。目を開けると山羊頭の悪魔が片膝を突きひざまずいていた。
「そこの魔族…。何をした!!」
「毒だ。まさか聞くとは思ってなかったけど」
トールは当たり前のように言うとカバンから投石紐と紐の着いた礫をを取り出す。そのまま投石紐を振りかぶり礫を飛ばす。
「サラマンダーよ 着火せよ」
すると凄まじい轟音と共に山羊頭の悪魔の上半身が吹き飛ぶ。山羊頭の悪魔の頭が宙を舞い地面に落ちる。
「…今のは?」
「よく知らないが火薬を使った武器らしい。本当は火を付けて手で投げるものだけどな」
そう言ってトールは山羊頭の悪魔の頭を拾う。
「帰ろうか、フィリア」
………とりあえず帰ることにした。
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その後私たちは冒険者組合に山羊頭の悪魔の頭を持って行った。私たちは祭り上げられ住人は歓喜に良いその日は皆寝ずに勝利を祝った。しかしトールはすぐに町を出ると言い出した。
「顔見られたくないからってすぐに街でなくてもよかったんじゃない?」
「協会の連中に見られると厄介だしね。行くわよ」
「次はどこに行くのよ」
「私の隠れ家に帰る」
トールの腰には新しい剣がつられている。あの戦いの後トールは山分けした賞金で魔術刻印のされた曲刀を購入していた。防具も少し品質の高いものを身に付けていた。
「まぁいっか。そういえば聞きたいことがあるんだけど」
「何だ?」
「キノってどんな男だったの?」
するとトールはきょとんとした後笑い出した。
「なっ何よ!?」
「…言っとくがキノは女よ」
「はぁ!!」
「そういえばフィリアに結構似てたな。性格が」
私は呆然としてしまった。まさか昨晩キスされたのは本当にキノと勘違いしてしたものなのか…。とても恥ずかしくなる。
「どうしたフィリア?顔が赤いけど…」
「何でもないの!!行くわよ!!」
「おい、ちょっと待ってよフィリア」
私の顔は暗闇でもわかるくらい赤くなっていた。