デウス ~嵐の中の墓地~
昔の詩人は言ったという。「我々をもっとも親しく、結びつけている鎖とは、我々が断ち切った鎖である。」と。しかし、俺から言わせてもらうと人を結び付けている鎖はただの人のエゴでしかないとも思う。
そんなことを思いながら俺はこの荒廃した荒地を進む。
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「…あと少しで次の町か」
俺はいつものように呟くと荒地の廃屋に入っていった。ここ数日、次の目的地だった町デウスに向かっていたが町の周囲を取り囲む荒地の砂嵐により全く進めずこの廃屋で立ち往生していた。
「…暇だな。こんな時面白い物でもあれば」
俺はそう呟きながら廃屋の床下を開けてみる。まだ最近までここには人が住んでいたらしく床下には大量の保存食や木炭などが置かれていた。今はこれのおかげでここに居座ることができているがこの砂嵐はいつまで続くのだろう。
「…髪でも切るか」
俺はひさしぶりになめし革の帽子を脱ぐと伸び切った髪を束ねていた紐を解いた。昔は手入れをして美しく保っていたこの髪も今ではぼさぼさの老婆のような髪になっていた。俺はそんな髪を掴むと腰にカバンに入れていた鉄製の鋏で思いきり切り落とした。大量の毛が廃屋の床に落ちる。一気に女のような髪型からいつもの男のような髪型に変えるために豪快に髪を切る。
「…こんなもんか」
伸び切った髪を切り落とし俺は少し寝ることにした。どうせこの砂嵐では何もすることはない。こんなことならアトラスの図書館から本でも持ってくれば良かったと軽く後悔する。
「…明日には晴れるだろうか」
そう呟きながら俺は眠りについた。
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僕が隠れ家に帰るとそこには一人の男が寝ていた。
「…誰だろう?こんなことろに」
僕はそっと近づくと男は気配を感じたのか跳び起きると僕の首に剣を突き当てた。
「…誰だ。答えろ」
「僕はここの住人だよ。そちらこそ誰なんだよ」
男は僕の首から剣を引くとどっかりと椅子に座った。
「…ただの冒険者だ。この先のデウスという町を目指している」
男は口元を布で隠した全身なめし革防具と言った何とも軽装な冒険者だった。
「そう。まぁゆっくりしていてよ。別に邪魔でもないし」
僕はそう言いながら背負っていた大きなリュックを床に置いた。
「…助かる。あなたは今までどこに?」
「僕かい?僕はこのあたりの墓守だからね。ここ数日は墓の燭台に火を灯していたんだ」
そう言い、僕は腰に下げていたランタンを冒険者に見せた。
「墓守…。その歳で」
「歳は関係ないだろう。僕の父が早くに土に還ったんだ。他に誰がその仕事をするのかい?」
冒険者はそれっきり黙ってしまった。気になり顔を近づけると寝息が聞こえたのでどうやら寝てしまったらしい。
「まぁ明日も仕事があるし僕も寝るか」
僕は冒険者に着ていた上着を掛けるとベットに横になった。
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「…今日も砂嵐か」
次の日、目が覚めても外は砂嵐が吹き荒れていた。今日もこの家から出れないらしい。
「目が覚めたかい?僕は今日も家を空けるからね」
墓守はシャベルを肩に乗せていた。ボロボロのテーブルに保存食のパンが置かれていたので俺は朝食にすることにした。
「…手伝おう」
俺は素早くパンを食べるとカバンを持った。
「えっ。いいのかい?」
「あぁ。構わない。泊めてもらった礼だ」
「そうかぃ。じゃあこれ付けて」
と墓守は背負っていたリュックからゴーグルのようなものを投げて来た。
「防塵ゴーグルだよ。それを付けて口元を隠せば砂から体を守れるよ」
「…助かる」
俺も墓守を見習い防塵ゴーグルを目に付ける。少し視界が狭まるが目は守られそうだ。
「今日はデウスの町で死んだ人々の埋葬だ。そこのシャベルを使ってね」
墓守はそう言うと町に向かって歩いて行った。後を追いながら俺は近くを眺める。ここに来るまでは気が付かなかったがそこらに大量の墓が周囲を埋め尽くしていた。
「…この町も終わりか」
そう呟きながら俺は墓守を追った。
町も悲惨なことになっていた。アトラスの美度とな城壁とは異なりデウスの城壁は幾度の襲撃を受けたのか至る所壁が無くなっている。そこに木で作ったバリゲートがこまごまと貼られていた。
「ここで待っていてくれ。遺体を回収してくる」
墓守はそう言い残し町へと走っていった。
「…ある意味では平和だな」
そんなことをいつものように呟いていると墓守が荷台を引いてやってきた。荷台の上には大量の死体が乗せられていた。
「最近は流行り病のせいかたくさんの人が亡くなっているんだ。せめて埋葬してあげなくちゃ」
「…そうだな」
俺は墓守の代わりに荷台を持ち墓守の掘ったという穴へと向かう。そこには大量の墓穴と墓石が置かれていた。
「君は遺体を埋めてくれ。僕は墓石を置くことにするよ」
「…分かった」
俺は久しぶりに死体を埋めた。
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仕事を手伝ってくれた冒険者は無口ではあったがとてもいい人だった。遺体一人一人に対し一礼している。僕の方も頑張らねば。
「これでおしまいっと。そっちは終わったかい?」
「…終わった」
相変わらず無口だが僕はとてもやさしいと思う。そろそろ砂嵐も晴れる。彼には僕の一番好きな所からこの地を見てもらおう。
「もうすぐ砂嵐が晴れる。家に帰ろうか」
「あぁ。そうだな」
彼はスコップを地面に刺すとカバンから水筒を出していた。
「いいところがあるんだけどどうだい?」
「…別に構わないが」
「じゃあ急がないと‼こっち‼」
僕は冒険者の手を掴み街へと走った。
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墓守に連れられて町の高台へと連れていかれた。どうやらこの地域を一望できると言うがどうなのだろう。
「砂嵐が晴れるよ‼」
墓守がそういうので防塵ゴーグルを外すと砂嵐は確かに晴れ始めていた。
「…そうだな」
墓守は目をキラキラさせながら地平線を見ている。すると砂嵐がついに晴れた。そこから見える景色は圧巻だった。
「すごいだろ‼これ僕たちの町、デウスだよ‼」
地平線に拡がっていたのは墓だった。それも何千何万の墓が拡がっていた。
「…そうだな。全てこの町の住人か?」
「そうだよ。皆僕の一族が埋葬したんだ‼」
町の中も同じだった。至る所に墓石が敷かれていた。
「僕は墓守の家に生まれた事を誇りに思っているんだ‼」
俺たちはそのまま夜になるまで地平線を眺めていた。
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次の日、冒険者は礼を言い、僕の家から去っていった。お礼として沢山の保存食をもらったので僕もありがたかった。
「さて、今日の仕事は何だっけかな」
僕は墓守として今日も町の墓を守るために家からでた。
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「死んだ街か…」
俺は砂嵐が晴れた荒地を進んでいた。町に行こうかとも思ったがやめておくことにした。地平線を見た時に気がついたがデウスの町はもう滅んでいた。大量の墓は多分あの町の住人だろう。そしてあの墓守の一族だけが生き残ったというオチだろう。
「仕事は次の町からか…」
あの墓守はまだこの町に住人がいると信じて自分の仕事をしているのだろう。彼はいつまであの仕事を続けるのだろう…。
「結びつけている鎖か…。ただのエゴだな」
あの墓守は自分を一族の誇りに縛られて生きているため、あの廃屋から死んでも出ていかないだろう。
「この先にはどんな出会いがあるんだろうな…。キノ」
俺はいつものように呟くと荒地をひたすら歩いて行った。墓の並ぶ不気味な道を、それこそ死者の行進のように厳かに…。