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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

寒の川に、殻捨てて 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 う〜、さぶさぶ、相変わらず寒い日が続くねえ。

 オフィスの中が快適な分、外に出ると身体が縮こまりそう。最近、めっきり寒さに弱くなった気がするんだ。歳なのかね。

 ――寒稽古とかをしないから、人間は弱くなった?

 おお、さすが物書き! 精神論入りましたか。いや、別にバカにはしていないよ。

 科学的な見地に立つと、寒稽古って非効率的らしいんだよね。筋肉が縮こまり、怪我もしやすくなる。身体の故障と、それによってもたらされる身体的、経済的打撃を考えれば、疑問を抱くのもやむなしだ。


 しかし、こーくんの言う通り、寒稽古は人間を強くするんだ。精神的に。

 あえて寒さという苦痛に身をさらし、精神を鍛える。弱き自分に打ち勝つ「克己こっき」の精神って奴だな。

 こいつは目に見えないもんだから、個々人の実践にかかっている。実践していない人、結果を出せていない人を「失敗例」にあげつらって、非難をするのは簡単だろう。

 だが、寒稽古が熱心に行われていた時代は、自分のすぐ隣に、真剣を始めとする、「死」の導き手がいた。恐れや弱さ、毛ほどの隙も、すべて死につながる。心身を張りつめる修練として、重要視されたんだろう。

 そこに行くと、ひりつく空気が身近から遠ざけられ、己が身を可愛がる今の時代は、昔の人にしてみれば、空気も心も、文字通り「ぬるい」ものかな。

 ……ああ、そうそう。寒稽古を巡って、少し前に不思議な話を聞いたんだ。歩きついでに、聞いてみないかい?


 真剣が身近にあると聞くと、戦国時代を思い浮かべたり、幕末の頃を思い浮かべたりと、人によって色々なイメージがあるだろう。今回お話しするのは、前者。戦国時代のある領地についての話だ。

 そこの領主は、お祭り好きで、一年を通じ定期的に行う、行事をとても大切にしていた。とはいっても、本当の意味で遊んでいたわけじゃない。

 相撲などの競技大会は、より強い兵となり得る者を選抜するためのものだし、豊穣祭などで民に施しを与えたのは、土木工事などを負わせる彼らの不平不満を解消して、効率を上げる意味合いもあった。

 そして、寒中水泳。領主は小寒から大寒の間で、喫緊きっきんの用を持たない武将たちを呼び寄せると、寒稽古の一環として、領内の河川で水練を行い、自らもそれに参加したという。


「兵も民も、すべからく強くあるべきだ。土、技、心……それを扱うのは、みな人だ。ならば、人が強くあらねば、なんとする。弱き殻など、ここで脱げ。川床へと捨て去れい」


 先頭を切って、川を横断していく領主。その後から武将や兵たちも、青息吐息でついていく。彼らの泳ぎを物珍しいと思ったか、時々、川魚たちがすぐそばを通り過ぎていくこともあったそうな。

 この寒中水泳は、領内における新年の風物詩として、大いに耳目じもくを集めるものだったとか。


 しかし、伝統にも習慣にも、終わりを告げるのは、往々にして変わりゆく現実。

 その年は、正月が終わるや否や、敵対勢力による大攻勢がかけられた。あるいは野戦、あるいは籠城戦。領主たちはよく防戦した。

 けれども、同盟を結び、援軍も約束していた勢力の裏切りに遭い、事態は一気に悪くなる。

 後背を突かれて、散り散りになる領主の軍。それでも兵たちは一丸となって、敵たちの前に立ちはだかり、圧倒的な兵力差にひるまず、領主の命を守り続けた。

 件の寒中水泳をした川も戦場となり、数えきれない兵たちの血に濡れ、まさに血河。戦が遠のいた後も、数日に渡って、川の赤が拭われることはなかったほどだったとか。

 

 戦いはおよそ10日あまり続き、敵対勢力がこの地を支配することになった。

 今まで何度も戦いを繰り広げた相手ではあったが、この地を奪われたことは、ここ数十年の間、なかったことであり、いかに今回の裏切りが、大きなものだったかを物語っていた。

 奪った領地は、その裏切った勢力が所有することになった。今回の戦で手に入れた場所の中で最前線であり、報復に燃える領主から、いつ苛烈な攻めにさらされるか分からない場所。

 裏切り者たちは、土地や民を気にかけるのも、そこそこに、防備の充実にやっきになったという。

「きゃつらの恭順の意を、試すおつもりですか」と敵対勢力の重臣たちは、主君に尋ねたことがあったが、その問いに主君は首を横に振った。


「試す? これは『確認』じゃ」と、返しながら。


 重臣たちは「何が違うのか」と思ったものの、じきに奇妙な報告を受け取ることになる。


 きっかけは、奪った城の夜の見回りに配備されていた兵たちが、翌日、一人残らず、死体で見つかったことだった。だが、その身体に傷は一つもない。

 代わりに、全身の穴という穴から、生臭いにおいが漂ってきており、立ち会った者は鼻をつままざるを得ないほどだったらしい。

 更に数日後の真夜中。城内の数十名の兵たちが、次々に刺殺、惨殺される事件が起こった。辛うじて生き残った人々は、場内に突然、鎧兜を被った武者たちが押し入り、手近な者を手にかけるや、騒ぎが広がらない内に、逃げ散っていったらしいんだ。けれども、城の門はどこも開いた形跡はない。


 翌日の調査により、殺害現場から城内の井戸の一つに向かって、血潮の帯が殺到しており、そこの水が、あの戦があった時の川と同じく、真っ赤に染まっていたのだとか。

 その井戸は、例の川から水を引いている。もしや、川から入り込んだ、忍びの仕業かと兵たちはすっかり警戒を強め、ついには井戸を埋めてしまったのだとか。

 以降、このように大規模な犠牲は出なくなったものの、見回りの者の変死はまれに起こり続けたという。

 例の川も、底ざらいが行われた結果、刀剣以外に骨となった死体があがることがあったという。だが、その骨たちの中に、上半身は人のものなのに、下半身は巨大な魚となっているものが、いくつも見つかり続けたのだとか。



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