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#009 PUPPY'S FANG part.2

 頬が痛い。目を覚ましたフロイドが最初に見た物は、掌を振り上げるリプリーだった。ホテルだ。どうやら、川岸に打ち上げられたフロイドをリプリーが拾ってくれたらしい。一体、自分は何度川に落ちれば気が住むのだろうか。思わず苦笑してしまう。その様子が気に食わなかったのか、リプリーがもう一度、平手で頬を叩いて来た。


「痛いな」


「知っているよ。痛いようにやっているんだから」


「こっちは撃たれた上に川に落とされたんだぜ? もう少し優しくだな……」


「一人で突っ走るのは、キミの良くない癖だ。――ボクと初めて出会った時の事を覚えているかい? キミが『仲間』の大切さを教えてくれたあの事件だ。それがどうだ。キミはボクに秘密で賞金首を追って、挙句の果てにこの死に体だ」


ベッドの脇には、しわしわになった包帯が乱雑に放置されていた。どうやら、不器用ながらもリプリーが治療してくれたらしい。情けない。フロイドは頭を掻くと、半身を持ち上げた。


「ジョセフ・ゲイシー」


「――ッ!」


リプリーの言葉に、フロイドは身体を震わせた。


「犯した殺人は三十二件。捕まえたのはキミだろう? 少し慣れない事をしたからね。大抵の情報は入手出来た。最後の被害者は、キャシー・フレデリク。そして彼女の――」


「やめろ!」


思わず、フロイドは声を荒げてしまった。しかし、聞きたくなかったのだ。これ以上、リプリーに過去を詮索されたくは無かった。


「――子供の父親は、キミだろう?」


「――……」


リプリーが、無慈悲にも投げ付けて来たその言葉。フロイドは頭を抱えると、小さく呻いた。


「彼女がジョセフ・ゲイシーに殺された時、キミはひったくり犯を捕まえていたらしいね。立派な事だよ。刑事としてはね」


分かっている。あの時の自分の行動は、刑事としては間違っていない。しかし、父親としては――。あの時、任務を最優先していれば。ジョセフ・ゲイシーを、もう少し注視していれば。


「キミは勘違いをしている用だね。キミは、『ひったくり犯を追った結果、家族を死なせてしまった』から父親失格なのではないよ。キミは――キミは、その家族に会いに行ったのかい?」


少なくとも、ボクと会ってからは行っていない。と、リプリーは最後に付け加えた。墓参りをしたく無かった訳では無い。出来なかったのだ。何度か、彼女と娘の眠る墓地の前を通った事がある。どんな顔をして会えば良いのか。フロイドには、それすら分からなかったのだ。


「その後、ジョセフ・ゲイシーは逮捕。キミの部屋から指紋が検出されたからだ。――ところでフロイド。この前の事件を手伝ってくれた旧友。確か、ブルースと言ったね」


「――ああ」


警官時代からの旧友。忘れられぬ相棒。――そして。


「キミを撃ったのは、彼だね?」


「――ああ」


脇腹が、ずきりと痛む。心臓の鼓動と合わさるようにして、脇腹の筋肉が痙攣していた。この傷が、リプリーの掌が、夢では無かったのだと教えてくれる。ブルースが、フロイドを裏切ったのだ。


「彼は、既に警官ではない。恐らく、キミを撃った後に辞表を提出している。そして――」


リプリーが、テレビの電源を入れる。巨大な麻薬密売組織が、世間に対して堂々とテロの予告を行ったらしい。麻薬密売組織『パピヨン』。恐らく、麻薬を密売した金で兵器を購入していたのだろう。本当の目的は『資金を集める事』ではなく、『資金を使って国家転覆をはかる』事だったのだ。そして、画面中央に映る『パピヨン』の集合写真。その集合写真の中に、ブルースとジョセフ・ゲイシーの姿があった。覆面で隠しているが、間違いない。ブルースは旧友として。ジョセフゲイシーは仇として。――その特徴は、忘れる事など出来ない。


「期限は三日。それまでに、火星にある旧米軍基地に三億ドルを落とせ、だそうだ。警察はブルースを賞金首として公開したよ。罪状は『食い逃げ』だけどね。警察組織としても、内部にテロ組織の一員がいたと公表するのはまずいのだろう」


「火星、ね……」


時計を見る。どうやら、川に落とされてから四時間程度しか経っていないらしい。恐らく、まだブルースは地球にいる。――それも、このディーン共和国に。


「一人では行かせないよ。――ただ、一つ確認したい事がある。ブルースは、恐らくジョセフ・ゲイシーと共にいるだろう。キミは、ジョセフを殺すのかい?」


「――リプリー」


ベッドから起き上がって、革製の上着を羽織る。


「リボルバーを一丁貸してくれ。弾は一発だけだ」


 ハンドルを握りながら、ブルースに電話を掛ける。意外にも、ブルースは直ぐに電話に出た。


『よぉ。お目覚めかい?』


「素敵な子守歌だったぜ、ブルース。腹に効いた。――あの橋へ来い。ジョセフを連れてな」


『あいよ。ただ、二時間後には火星へ経たなきゃならねえ。余り時間はねえぜ』


「ちぃと賭けをするだけさ。お前さん、好きだろう?」


『――ああ、当然だ』


電話が切れる。フロイドはスマホをポケットへ突っ込むと、アクセルを思いっきり踏み込んだ。


 ――橋には、一台も車が走っていない。それもその筈である。ブルースは、橋を塞ぐように船を停めていたのだ。フロイドは、その反対側に軽トラックを停める。――勿論、同じように『邪魔が入らない』形で。ブルースは、橋の中央に立っていた。ジョセフ・ゲイシーは、その斜め後ろに。フロイドはブルースの前に立つと、革ジャンをリプリーへ差し出した。


「――こいつを使え。弾は一発だけ込めてある」


フロイドはそう言って、リプリーから借りた二丁のリボルバーの内の一つを、ブルースへ手渡した。


「細工はしていないさ。お前なら分かるだろう? 俺はそう言うのが嫌いでね。……お前が勝ったら、リプリーはお前らを見逃す。そう約束してある。俺が勝ったら、ジョセフ・ゲイシーは捕まえさせて貰うぜ。――つまり、俺かお前の何方かが死ぬ訳さ」


――ブルースが、リボルバーのシリンダーを回転させる。その回転が止まると、彼はリボルバーをベルトへ挟んだ。ホルスターの代わりだろう。フロイドも同じようにシリンダーを回し、リボルバーをベルトに挟む。ジョセフ・ゲイシーもリプリーも、二人の『決闘』に見入っていた。


「ようい」


リプリーが、思い出した様に呟く。二人が、同時にリボルバーのハンマーを下ろす。


「始め!!」


リボルバーを引き抜く。引き金を引くと、かちゃりと空しい音が響く。一発目は、互いに空砲だったらしい。二発、三発、四発、五発。空砲が続く。


「――どうやら、俺達はよっぽど気が合うらしいな」


フロイドが言う。楽しい。次に引き金を引けば、互いに死んでしまう。それなのに、フロイドは楽しかった。


「こうしようや、フロイド。二人とも死んじまっちゃあつまらねぇ。……お前さん、カウボーイだろう? だったらカウボーイらしく、早撃ちといこうや」


「――構わねぇぜ」


二人が、リボルバーをベルトへ戻す。


「――三」


風が吹く。


「――二」


リプリーが、ごくりと唾を飲み込んだ。


「――一!」


互いが、リボルバーを引き抜いた。――銃声が響く。


「……」


膝を着いたのは、ブルースだった。フロイドの撃った弾は、ブルースの額を綺麗に撃ちぬいた。対してブルースの撃った弾はフロイドの頬を掠め、橋を支えるワイヤーを一本切ったのみだった。ジョセフ・ゲイシーが駈け出す。――元より、大人しく捕まるつもりなど無かったのだろう。動いたのは、リプリーだった。どうやら、彼女も大人しくしているつもりは無かったらしい。彼女はフロイドの愛用していたショットガンを抜くと、その引き金を引いた。ジョセフ・ゲイシーが、前のめりに倒れる。フロイドは手錠を取り出すと、血塗れの足を見てもがくジョセフの手に手錠をかけた。


「やっとお前を捕まえられたぜ、ジョセフ・ゲイシー」


「ぼ、僕の足が!足がア!!」


「うるせえよ」


散弾で曲がったジョセフの足を踏みつける。ジョセフが、まるで動物の様な悲鳴を上げた。


「僕を見逃せ!『パピヨン』が黙ってないぞ!」


「こちとらもう米軍敵に回してんだよ。今更敵が増えた所で、気にしてる暇なんざ無いね」


フロイドはそう言うと、漸くジョセフの足から足を退けた。


 護送されていくジョセフを見送ると、フロイドは煙草に火を点けた。リプリーは初めて撃ったショットガンの衝撃に驚いたのか、銃身をまじまじと眺めていた。フロイドは二丁のリボルバーを拾い上げると、それをリプリーに差し出した。


「ああ、有難う」


リプリーはショットガンをフロイドへ返すと、受け取ったリボルバーを自身のホルスターへ戻した。やはり、彼女にはリボルバーが似合っている。


「――なあ、リプリー」


タバコを咥えるリプリーへライターを差し出しながら、フロイドは尋ねる。


「お前さん、俺が死んだらジョセフもブルースも撃ち殺すつもりだったのか?」


リプリーは肺まで煙を通すと、ふうと一気に吐き出した。そして煙草を口から放すと、


「――さぁね」


そう言って、にっこりと微笑んだ。

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