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#007 BLACK METAL DIARY part.2

 幾らジェミニが小さな町とは言っても、小さな食堂くらいは経営している。フロイドとリプリーは、ジョニーの元嫁の家からさほど離れていない食堂で食事を取っていた。料理を作っているのは、一人の中年女性だ。彼女がたった一人で経営しているのか、料理を運んで来るのも彼女だ。田舎町の小さな食堂だからこそやっていけるのだろう。――スマホが震える。賞金首の情報が更新されたらしい。このアプリは賞金稼ぎには必需品と言って良い程の優れもので、今利用者が何処にいるのかを探し出し、近場で出た賞金首の情報を更新してくれる。


「おお、フロイド。事件らしいよ」


事件現場はジェミニ。つまり、この田舎町だ。――最初の事件が起きたのは、一週間前の深夜。泥酔した男性が、森の中に倒れていた女性を発見。警察の調べによると、血液の殆どが抜かれていたらしい。二つ目は、三日前。今度は、男性の遺体が発見されたのだ。――四肢の無い状態で。警察はそこで漸く、『警察だけの手に負えない』事件と断定。賞金稼ぎ協会へ協力を要請したらしい。賞金は八千万。かなりの高額賞金首だ。


「気味の悪い事件だね。田舎らしい、陰湿な事件だ」


「調べてみるか? マイケルからの依頼を調べるにしても、金は必要だ」


「ボクは賛成だよ。元より、金にならない仕事なんてしたくないんだ。それなのにキミは、ボクに許可も取らずに勝手に――」


「ああ、分かった、分かった。――おうい、おばさん」


こうなると、リプリーの愚痴は長い。フロイドは無理矢理話を中断させると、丁度休憩していた料理人を呼び寄せた。彼女は一度布巾で手を拭いてから、フロイド達のテーブルへ小走りでやってきた。


「どうしたんだい? 追加で注文?」


「いや、聞きたい事があるんだ。――こう言うもんでね」


フロイドが賞金稼ぎの免許を見せると、彼女の顔が少し強張った。


「カウボーイが何の用だい? タダにしろって言うつもりじゃないだろうね」


「そんな訳ねえだろ。こんだけ美味いもんを食わせてもらったんだ。金は払う」


そう言うと、漸く女性の瞳から警戒の色が消えた。


「ジェミニで起きた事件の話だ」


「ああ、全身の血が抜かれてたって言う……。迷惑な話だよ。唯でさえ少ない客足が益々遠のいちまった。毎日閑古鳥が鳴いているよ。――第一発見者は、うちの常連だったんだ。その日も、ここで遅くまで吞んでいたよ。それが――夜中の一時頃だったかねえ。血相を変えて、この店に飛び込んで来たのさ。『人が死んでる』ってね。そのあとは、警察を呼んで大騒ぎさ」


「遺体が見つかったのは何処だ?」


「ここの裏山さ。『魔女』が住み始めてからは、誰も足を踏み入れなかったんだけどね。どうやらお客さん、酔っぱらい過ぎて家に帰る道を間違えちまったらしい」


「……『魔女』?」


魔女。恐らく、越してきたジョニーの元嫁の事だろう。この町の人間ですら、『ゾンビ』の噂を信じているらしい。


「町の連中は皆言っているよ。『魔女が犯人だ』ってね」


「こう言っちゃあ何だが、噂に流される人間ってのは馬鹿のやる事さね、婆さん。俺が聞きたいのは、遺体が何処で発見されたのかって事だけだ。――金は置いておくぜ。もう来ねえよ」


テーブルに金を叩き付けて店を出る。妙に腹立たしかった。


 呪われた女。魔女。この町の何処で聞き込みをしても、誰もが彼女へ話題が繋がってしまった。最初は黙って聞いていたリプリーも、今や彼女の話題が出るとすぐに「ああ、もう良いよ」と、適当に話を中断させてしまうようになった。


「これじゃあ可哀そうだよ、フロイド。彼女は噂に耐え切れずに木星を出て此処に来たんだろう? それなのに、何で此処でも……」


「さあね。――だが、火の無い所に噂は立たない」


「キミね、最初は怒っていたじゃないか。それが今は……」


「勿論噂の全てを信じている訳じゃないさ。――だが、思い出したんだよ。あの掌のマメ……」


もしかしたら、ジョニーの事件とこの事件は、繋がっているのかもしれない。


「――もう一度、あの女の家に行こう」


煙草に火を点けて、リプリーに提案する。彼女も小さく頷くと、ビジネスホテルの小さな窓を開けた。


 翌日。昨日の食堂で昼食を済ませた二人は、ジョニーの元嫁の家を訪れていた。しかし、今日は二人だけでは無い。合法的に家宅捜索をする為に、ブルースと言う、フロイドの警官時代の旧友を連れて来ていた。サングラスの似合う、四十過ぎの黒人だ。折角の休暇を潰された事を怒っていたのだが、『魔女』の単語を出した途端、乗り気になってみせた。


「マイケルの式に出れなかったからな。これ位はさせてくれねえと」


ブルースはそう言うと、軽トラックを追尾していた船を、ジョニーの元嫁の家の庭へ停めた。


「10年ぶり位か? まさか、お前が賞金稼ぎになってるとはな。お上にバレたら説教だな、こりゃ」


「あの件で足は洗ったんだがね。どうも、猟犬根性が染み付いちまったらしい」


フロイドが警官を辞めた原因である、とある事件。その時にこのブルースが居なければ、フロイドはこうして賞金稼ぎなど出来て居ないだろう。リプリーが、ちらりとフロイドを見る。彼女には、フロイドの過去を話すつもりなど無かった。


「ま、今度な。……猟犬と狂犬のコンビだ。マイケルの野郎、高くつくぜ」


「良く言うぜ。報酬はいらねえって言ったんだろう?」


ブルースは長年の喫煙でやられた喉を震わせて、乾いた笑い声を上げる。声質は変わってしまっているものの、彼は昔から変わっていない。


「……しかし、この娘さんが『狂犬』ね。噂ってのは当てにならねえ。なあ、フロイド」


「分かっているさ。だが、火の無い所に噂は立たねえ。それに、どうもキナ臭えんだ。旦那が死んで参っちまってるのは分かる。だが、どうも様子がおかしい」


「猟犬の勘か?」


「猟犬の実力さ。こいつ、その奥さんの掌がマメだらけだってのを見抜いたらしい。近くにいた俺だって気が付かなかったのにな」


「人間の目ってのは、目の前にあるもんを見落とす様に出来てるのさ。だからお前さんだって……いや、辞めておこう」


ブルースが、ちらりと家の窓へ目を向けた。昨日の怪しい未亡人が、カーテンの隙間から此方を伺っていた。


 抵抗があると思っていたのだが、未亡人はブルースの警察手帳を見せると、すんなりと家の中へ通してくれた。薄暗い。埃の溜まった、薄汚い部屋だ。


ブルースを見る。

彼も気が付いたらしい。

リプリーでさえ、その異変を見抜いていた。

未亡人だけが、薄ら笑いを浮かべている。

骨張った頬を歪めて。

死に化粧の様な、真白な顔を歪めて。

ふわりと、カーテンが揺れた。


 「噂の事なら、迷惑してるんです。私は、旦那と静かに過ごしたい。……お茶を淹れましょう。カップは何処に置いたのかしら」


三人をリビングへ通すと、彼女は立ち上がった。リプリーの胸元から、ダニエルが顔を出す。未亡人が、小さく悲鳴をあげた。今朝からリプリーの胸がやたらと成長していると思っていたのだが、どうやらダニエルを隠していたらしい。


「猫は嫌いですか?」


フロイドの問いに、未亡人は頷いた。その動作すらまるで首が落ちる様で、フロイドは気が気では無かった。


「ええ。幼い頃、猫に噛まれてからどうも……。私が悪いのに」


「そう、ですか……」


ちらりとリプリーを見る。彼女の視線は、リビングの端にある棚へ注がれていた。


 リプリーが立ち上がる。未亡人は、未だに薄ら笑いを浮かべていた。


「家の中を調べさせて貰いますよ。寝室まで隈無く」


リプリーの後ろに続いて、ブルースとフロイドも立ち上がる。調べる場所など、とうに決まっていた。三人がこの家を訪れて気が付いたのは、『何かを引きずった後』だ。埃が積もった床の中、一本の大きな線が、入り口から階段の手前にある倉庫の扉にまで繋がっていた。未亡人は、まだ笑っている。


 倉庫の扉を開けた途端、リプリーが口を押さえた。フロイドとブルースは、嗅ぎ慣れた臭い。死臭だ。何かが腐った様な、酸っぱい臭い。そして、血の匂い。未亡人が、ついに笑い声を上げる。


「……何がおかしいんです?」


ブルースが尋ねる。


「世間の皆様は私が魔女だと……ジョニーを蘇生させたと思っていらっしゃる様ですが、それは違います。……ご案内しましょう。『私の研究』を」


 倉庫の扉は、地下室にまで繋がっていた。薄暗い石造りの階段を、未亡人を先頭に降りて行く。地下室が近付く度に、死臭は強くなっていった。——口を覆う。リプリーが、耐え切れずに吐き出した。そこには、フロイドやブルースでさえ目を逸らしたくなる光景が広がっていた。ただその中央で、未亡人だけが、まるで少女の様に、くるくると舞っていた。その瞳を、ギンと見開きながら。


——遺体だ。長いテーブルの上に、腐りかけた遺体が寝かせられている。遺体はちぐはぐで、白人の胴体に、黒人の屈強な腕がつけられている。それを縫い合わせているのは、髪の毛。


「……なるほどね」


口元を押さえて、ブルースが呟いた。


「私の旦那です。やっと戦場から帰って来たんですよ。ああ、美しい」


そう言って、彼女はダンボールの箱を開けた。その中には、茶色い頭蓋骨が入っていた。未亡人はそれを取り出すと、愛おしそうに頭を撫でる。


「もう直ぐ。儀式の最後は、死人が生前最も愛していたものの血」


妻を残した男が、戦場で最期まで愛していた者。答えは分かっている。——止められなかった。ブルースでさえ、固まった様に動かない。


未亡人が、包丁を自身の胸に突き立てた。


 「……何だ、これは」


固まったままの三人の後ろから、声が聞こえて来る。聴きたく無かった。こんな惨状など、彼には見せたく無かった。


「どう言う事だ、フロイド。説明してくれよ。こいつは誰だ?」


マイケルが、ジョニーを指差す。勿論、死体は蘇らない。ピクリとも動かぬ死体に、事切れた未亡人が半身を預けていた。


「可笑しくなっちまったのさ。奥さんはきっと、ジョニーを追って戦場へ来ていたのさ。良い奥さんじゃねえか。その愛が、間違った方向へ歪んじまったのさ」


遺体の脇には、一枚の紙が置いてあった。蘇生の方法、らしい。まず、女性の血。そして、男性の手足。最後に、死人が愛した女の血を浴びせる。彼女は旦那にもう一度会いたいと思う余りに、二件の殺人を犯してしまったのだ。——そう、思っていた。


「そうじゃねえ」


マイケルが、ぽつりと呟く。その場の誰もが、耳を疑った。


「その女、誰だ?」


鳥肌が立つ。ただマイケルだけが、つかつかと遺体に歩み寄り、女の遺体を床に落とした。遺体は一度回転し、その顔を露わにする。


「こいつ、ジョニーの嫁さんじゃねえぞ」


「……フロイド。覚えているかい?」


青白い顔をしたリプリーが、漸く口を開いた。


「彼女は言っていただろう。『カップは何処に置いたのかしら』って……。忘れていた訳じゃ無いんだ。知らなかったのさ。彼女は、この家の人間じゃ無いんだから」


「馬鹿言うんじゃねえよ。それじゃ、この家の主……ジョニーの嫁さんは、何処に居るんだよ?」


「さあね。ただ、そこの女じゃ無い事は事実だよ。リビングの棚に、猫の首輪が置いてあった」


彼女は、この家の人間では無い。そして、ジョニーの妻でも無い。それなのに彼女は戦地へ赴き、ジョニーの遺体を持ち出して、ここで『儀式』を行なっていたのだ。この家の婦人にまで成りすまして。


 奥さんの遺体が見つかった。ブルースからその連絡を受けて、フロイドはため息を吐いた。本当の未亡人はあの女に殺されて、庭に埋められていたらしい。愛猫と共に。華やかなホテルの一室は、どんよりと静まり返っていた。一言も発さないリプリーの頬を、ダニエルが心配そうに舐めている。


「……なあ、リプリー」


フロイドが口を開くと、漸くリプリーが視線をあげた。


「結婚ってのは、墓場だな……」


一枚の写真を見せる。赤子を抱えたマイケルが、婦人の隣で幸せそうに笑っていた。




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