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#006 BLACK METAL DIARY

 結婚は、人生の墓場である。いつか、何処かの誰かがそう言った。フロイドだって、良い人を見つけて結婚しようなんぞ思わない。賞金稼ぎにとって、むしろ家系を持つ事など足枷でしか無い。しかし、旧友の結婚式を無視するほど、結婚を蔑視している訳では無い。マイケル・ティムシー。フロイドの旧友で、今は木星で画廊を営む元軍人だ。そのマイケルが、地球のイギリスで結婚式を挙げるらしい。挙式は祖父の故郷で、と言う事らしい。マイケルは、口を開けば祖父の話をするほど祖父が好きだった。その祖父の故郷であるディーン共和国——元イギリスで挙式をすると招待状が届いた時、フロイドはほくそ笑んでしまった。


 「それじゃあ、暫く時間を潰していてくれ」


購入したばかりの白いスーツの襟を正し、フロイドがリプリーへ話し掛ける。リプリーは膝の上に眠るダニエルの耳を引っ張りながら、


「気にしないでくれ。ボクはこのままダニエルとホテルに居るから。キミは夜中まで呑んでいれば良い」


リプリーは、今はどうであれ『狂犬』と呼ばれた言わば暴君だ。そんなリプリーに、結婚式場が許可を出す訳がない。彼女は留守番だ。フロイドはダニエルの頭を撫でると、ホテルの部屋を出た。結婚式場までは、黒いタクシーが用意されている。かつてブラックタクシーと呼ばれたイギリスのタクシーを彷彿とさせる、黒塗りの小さな船だ。


「俺は船酔いし易いんだ。安全運転で頼むぜ」


ドアを閉めて、運転手に話し掛ける。


「結婚式に遅れるなんざ、一生モノの恥ですぜ。ましてや、旦那は挨拶まで頼まれているんだ。それなりに飛ばすぜ」


慣れないスーツを着たせいか、開式まで1時間を切っている。フロイドは缶コーヒーの蓋を開けると、溜息を吐いた。


 式は順調に進んで行く。マイケルは、言ってしまえばゴリラの様な、屈強にも程がある男だ。漢と言った方が正しいかもしれない。それが、何処で綺麗な女性を捕まえたのか。兎に角、不釣り合いにも程がある夫婦だ。


「よお。元気にしてたか?」


結婚式も終盤。豪勢な料理に舌鼓を打っていると、マイケルが肩を叩いて来た。下から覗いてみると、マイケルは益々屈強な男に見える。片目を裂く様な傷も、彼なら様になっていた。


「ああ。地球は良い所だぜ?」


「木星だって捨てたもんじゃねえ。……なあ、お前さん、確か賞金稼ぎだったよな?」


マイケルが、フロイドの隣に座る。花嫁が、その背中を心配そうに見守っていた。フロイドは口の中にある肉を飲み込むと、


「ああ。それほど稼いじゃいないがね」


「一つ、頼まれて欲しい依頼があるんだ。賞金首を捕まえるってのとは少し違うけどな。……この写真を」


マイケルは短く刈りそろえた頭を掻いて、タキシードのポケットから一枚の写真を取り出した。部隊の写真だ。まだ傷の無いマイケルが、部隊の中央で笑っている。


「俺の後ろに、若い奴が居るだろう。ジョニーって言うんだ。まだ新米でな。虫も殺せない程のガキだったが、俺たちは皆んな、こいつに首ったけだった。——死んじまったがね」


「……そう、か」


この輝かしい程の笑顔を放つ青年は、もうこの世にはいない。そう思うと、何とも言えない気持ちになってしまった。


「地雷を踏んじまったのさ。身体は木っ端微塵。遺体は回収して、ここに届けられた。……新婚でな。何度も殴られたよ。『何で守ってやれなかったんだ!』ってな……。言い返せなんかしねぇよ。彼奴は死んだ。俺は、この傷だけだ。それに、あんな綺麗な嫁さんまで貰った。俺は地獄に堕ちるだろうね」


マイケルは一度写真を撫でると、表情を戻した。


「……一つ、気掛かりな事があるんだ。安置所から電話が来てね。ジョニーの胴体だけが、どっかに行っちまったらしい。それが、先月の事だ。——世間は、これを『ゾンビ』だ何だって言ってやがるが、そんな事は俺が許さねえ。彼奴が仮に蘇ったのだとしたら、俺達に顔を見せねえ筈がない」


マイケルが、愛おしそうに写真を眺める。その青年は、部隊では余程気に入られていたのだろう。ワインを口に運ぶ。安物では有り得ない芳醇な香りが、鼻を突き抜けた。


「報酬は払うぜ」


「いらねえよ。今の俺は、『賞金稼ぎ』では無く『お前のダチ』だ」


幾ら何でも、新婚の旦那から金は受け取れない。これからどれだけ金があっても足りない生活が始まるのだ。


「奥さんは何処に?」


「ここだよ。何年か前までは木星に居たんだが、妙な噂が立っちまってな。旦那の胴体が見つからねえのは、奥さんがそれを盗み出したからだって。そしてそれを蘇生して――」


「『ゾンビ事件』に繋がる訳ね。……よし、やってみよう。ジョニーの奥さんの住所を教えてくれ」


 翌日。フロイドはリプリーを連れて、ディーン共和国の北東にある、ジェミニという小さな町を訪れていた。『報酬が無い』という事が気に食わないのか、リプリーは助手席で大欠伸をしている。ダニエルに至っては、既に彼女の膝で寝息を立てていた。時折尻尾を揺らして、目を開いてはまた眠りにつく。


ジョニーの元嫁の家は、森の中にある白い、二階建ての一軒家だった。広大な庭にぽつんと置かれたポストには、数週間分の新聞が詰め込まれている。しかし、彼女はまだこの家で生活をしている様だ。一階の窓から、一人の女性が此方を見つめている。青白い、不健康なほどに瘦せ細った女性だ。ジョニーの死が、彼女を変えてしまったのかもしれない。これでは、彼女に悪い噂が立ってしまう事も納得だ。


 軽トラックを降りて、呼び鈴を鳴らす。あからさまな居留守を使われるかとも思ったのだが、以外にも、彼女は扉を開けた。近くで見れば見る程、恐ろしい。元は美人だったのだろう。その片鱗は伺える。


「賞金稼ぎの者だ。友人のマイケル・ティムシーからの依頼でね。お宅の旦那――ジョニーの胴体を探している」


「私が知る訳が無いでしょう。彼は戦場で死んでいったのですから……」


「ジョニーの遺体は何処に?」


「郊外にある墓地です。――あの、もう良いでしょうか?」


「ええ、結構です。有難う」


元より、何か情報が掴めるとは思っていない。もしかしたらジョニーの遺体はまだ安置所にあるかもしれないと期待していたのだが、それも空振りに終わってしまったらしい。フロイドが軽トラックに戻るまで、彼女はずっと此方を見ていた。ギョロリとした淀んだ瞳で、瞬きもせずに。


 「様子がおかしい」


彼女の家から町に抜ける山道を走らせていると、リプリーが唐突に呟いた。彼女の家を出てからここまで、リプリーは一言も言葉を発さなかった。


「何がだ? 旦那が死んじまって、しかもその胴体が消えちまったんだ。気が狂うのも無理はないさ」


「そうじゃないよ。――彼女の手を見たかい?」


リプリーの、異様なまでの『視力』と『観察眼』。それは、目の前にいたフロイドにすら見抜け無かった『何か』を捕えていたらしい。


「マメだよ。家の前のポストにあれだけ新聞が溜まっていた。それなのに、彼女の手のひらはマメだらけだった」


「家具でも作ってたんじゃねえか? 女性は家具を買うもんだってのは、既に化石の発想だぜ」


「だったら良いんだけどね」


元より、報酬なんて出ないんだし。と、リプリーは不機嫌そうに呟いた。

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