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#001 Looks Like Mad Dog

 賞金稼ぎ。文字に起こすと、正義の味方の様な、何とも格好の付く言葉だ。しかし、現状はどうだろうか。砂漠を割く様な、一本の国道。その脇のガソリンスタンドで、禿頭に汗を浮かべながら缶コーヒーを啜っているのだ。愛車である軽トラックの荷台では、一人の少女が寝息を立てている。彼女と出会ったのは、いつだっただろうか。無論、彼女も賞金稼ぎの一人だ。西部開拓時代を彷彿とさせる、テンガロンハットに赤いネルシャツ。腰に巻いた革製のベルトの両側には、それぞれ刻印のされたリボルバーが収められている。狂犬。彼女は、賞金稼ぎの間でそう呼ばれていた。賞金首も周囲の人間も、全く見境無く攻撃し、下手をすれば殺してしまう。実際、会ったばかりの彼女は、賞金首か賞金稼ぎか全く分からなかった。殺人を純粋に楽しんでいたのだ。——それは今でも、変わっていないのかも知れないが。


「なぁフロイド。まだ終わらないのかい?」


いつの間に起きたのだろうか。ズレたテンガロンハットを被り直しながら、少女が尋ねて来た。ガソリンは、まだ半分程度しか入っていない。


「少しは情報集めろよ、リプリー。荷台はお前のベッドじゃねぇんだ。そのまま出荷しちまうぞ?」


「こんな砂漠のど真ん中に、賞金首が居る訳がないだろう? 大体、何たってボク達は未だに車に乗っているのさ。予定ならもうホテルにチェックインしているはずだろう?」


誰のせいだ。その言葉を押し込んで、フロイドは代わりに溜息を吐いた。この暑い中で口喧嘩などをすれば、余計に体力を消耗してしまう。目的地は、この砂漠を抜けた先にある小さな村だ。フロイドは、元々砂漠を迂回して村へ行こうと計画していた。その案に異議を出したのは、他でもないリプリーである。歳上を敬う気概。リプリーには、それが欠如している。


「復習だ、お嬢ちゃん。目的地は?」


「次にお嬢ちゃんって言ってみろ。鼻の穴をもう一つ増やしてやる。……エスペンだろう?」


「そうだ。ここがまだアメリカ合衆国って呼ばれていた頃は、それなりに栄えた土地だったらしいぜ」


人類は一度、確実に太陽系で最も栄えた星となった。しかし、その栄光は一瞬にして崩れ去る。2020年。米国と中国の戦争が悪化し、核が打ち込まれたのだ。それから百年経った2120年。未だに、米国の彼方此方には立ち入りが禁止されている区画が点在している。大抵の人間は星を見捨てて宇宙へと飛び立ったのだが、金の無い人々は地球へ残った。その結果が、今の荒廃しきった地球である。


「ターゲットはエドワード・フィルム。米国屈指のイカれ野郎だ。殺した数は——」


「400人。ついたあだ名が『エスペンの吸血鬼』……だろう?」


リプリーの視線に、フロイドは苛立ちを覚えた。時折、リプリーは人を馬鹿にする様な視線でフロイドを見てくる。そう言う時は無視をする事に決めている。下手に返したところで、また小馬鹿にされる事が分かっているからだ。


「その賞金は2万ドル。生きたまま捕まえれば、安物の宇宙船くらいは買えるだろうよ。……お前が余計な事をしなければな」


「乙女に向かって失礼だな、キミは。僕はもう『狂犬』じゃ無いんだ」


「腰に二丁も得物をぶら下げているくせに何を言ってやがるんだ。乙女が銃をぶっ放すかよ。……で、エドワードがエスペンで目撃されたのは?」


「二日前。まあ、エスペンを出てしまえば後は砂漠が続くだけだ。死ぬまで其処で隠れているつもりだろうね。急ぐ必要は無いよ」


確かに、急がなくてもエドワードはエスペンから逃げないだろう。しかし、急がなければこっちが干上がって死んでしまう。


「大体、何てったってキミは革製のジャンバーなんて着ているんだい? 見てるこっちが暑苦しいよ。だからハゲるんだ」


「スキンヘッドだ。……こいつは俺のポリシー見たいなモンだって、何度も言っているだろうが。お前が珍妙な格好をしている事と同じだ」


給油機を外して、給油口の蓋を閉める。空になったコーヒーの缶を捨てると、カランと虚しい音が響いた。やはり、ここを通る人間は少ないのだろう。ゴミ箱はほとんど空に近い状態だ。


「珍妙とは失礼だね。賞金稼ぎと言えば西部劇。西部劇と言えばカウボーイだろう?」


カウボーイ。確かに、賞金稼ぎの事をそう呼称する人間も多い。しかし、それは蔑称だ。西部劇の映画では、正義の味方であるカウボーイは意外と少ない。正義の皮を被った無法者。人々は、賞金稼ぎをそう呼んだ。


 運転席に乗り込むと、フロイドはタバコに火を点けた。警察官だった頃から変わらない銘柄だ。この赤い軽トラックだって、フロイドが、警察官の頃の初任給で購入したものだ。物持ちが良い。それが、フロイドの唯一の自慢である。


「ライター」


リプリーが、タバコを咥えながら手を差し出して来る。見た目こそ少女そのものだが、本人が言うところによると、既に成人しているらしい。フロイドはハンドルを握りながら片手で上着を漁ると、使い古したジッポーを手渡した。甘い匂いが漂って着て、フロイドは思わず顔をしかめた。リプリーが愛煙している黒いタバコは、少々匂いがキツすぎる。何度も変えろと言っているのだが、本人が気に入ってしまっているらしい。死ぬまで変えない、だそうだ。チクリと肺が痛む。タバコを吸った時のこの感覚が、フロイドは好きだった。何者かに急かされている様な、不思議な感覚だ。胸を白い煙が満たす様な高揚感、とでも言うのだろうか。


「クセェって言ってんだよ!」


「うるさいな!何を吸おうとボクの自由じゃないか!」


「黙れ!そんな甘ったるいタバコ吸いやがって!虫かお前は!」


「乙女だって言っているだろう!?」


口を開けばこれである。しかしフロイドは、このやり取りが嫌いな訳では無かった。一人では無い安心感。リプリーに言えばからかわれるのが目に見えているから決して言わないが、フロイドはリプリーと別れて行動する事など考えられなかった。恋愛感情では無い。歳が離れ過ぎている上に、リプリーに惚れていたら命がいくつあっても足りない。相棒なのだ。リプリーなら命を預けられる。


「大体ね、キミ。2万ドルの賞金首なんて、これが初めてじゃないだろう? 何でこんな所に来てまで捕まえたがるんだい?」


「お前が巻き込んだ善良な市民への慰謝料だよ、この馬鹿。何でお前はそう俺の神経を逆撫でするんだ?」


「馬鹿とは人聞きが悪いね。大体、巻き込まれた方が馬鹿なんだよ。ボクは細心の注意を払っているつもりだ」


その言葉を聞いて、フロイドは思わず吹き出してしまった。リプリーは先日、あろう事か大都会で、仕入れたばかりの3.5インチの対戦車ロケット砲をぶっ放したのだ。目標は、軍事基地から戦車を盗み出した小悪党。賞金は250万ドルだ。標的は大破。賞金首は意識不明ながらも生きていて、フロイド達は250万ドルの賞金を獲得した。しかし、リプリーがロケット砲をぶち込んだのは、大都会のど真ん中。巻き込まれた一般人も多い。幸い死者こそは出なかったものの、その慰謝料で250万ドルはパーになってしまったのだ。


「……過ぎた事は良い。お前は宿の予約でも取っていろ」


昔フロイドが読んでいたコミック雑誌に擬えるのなら、『この世はまさに世紀末』だ。いくら廃村になりかけた田舎の村だからと言って、宿を取らなければ朝にはトラックごと丸焼きにされている。


「ボクだって、面倒ごとは嫌いだからね。どこの宿が良い?」


「酒が飲めて安ければ何処でも。……賞金稼ぎ協会に協力している所にしろよ?」


賞金稼ぎとて、今や立派な職業の一つだ。危険が伴う仕事のせいか、賞金稼ぎ協会に協力してくれている企業も多い。そう言った場所では、賞金稼ぎの免許を見せれば大抵割引が利くのだ。リプリーはスマートフォンを取り出すと、何やら器用に調べ始めた。彼女と手を組んだ時に買い与えた物だ。リプリーは最初、ボロい布切れを纏っていた。文字通りの野生児だ。その野生児に文明を与えてやったのだが、フロイドはリプリーから感謝の言葉を聞いた試しが無い。


「飛ばしなよ、フロイド。このご時世、スピード違反で捕まえる様な善良な保安官などいない」


「断る。俺は善良な賞金稼ぎでいたいね」


 広大な砂漠を割く、一直線の国道。その道を、一台の薄汚れた軽トラックが、煙を吐きながら走っていた。






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