しばしの別れ
軍議は続いたが、長浜城を見捨てるという決定は覆らなかった。
ただ柴田勝家たちにとっては不毛な話し合いではなかったらしい。
山中長俊と佐久間盛政がそれぞれの伝手を使って集めた上方と美濃国、尾張国の膨大な情報を整理して上方の情勢を再確認したことが、この軍議の唯一にして貴重な成果だった。
ほぼ聞き役に徹していた柴田勝敏は、自分に足りない知識は何かを知った。
それは近江国など諸国の地理であり、織田家に従う数多の武将たちの所領の利害や血縁や因縁である。
先ずはそれらの知識を得るための術を求めなければならなかった。
柴田勝家が軍議の終わりを告げて、出席者たちは部屋を出た。
山中長俊は自分の目で敦賀を見てくると、足早に去って行った。
佐久間盛政は加賀金沢へ、柴田勝政も一旦所領へ戻ると言うので、勝敏は二人を見送ることにした。
城内の館から出たところで、柴田勝政が立ち止まった。
「兄者、先に行ってくれ。すぐに追いつく」
「分かりました。では」
佐久間盛政は理由を問わず、勝敏に挨拶して城門へ向かった。
勝政は話があると言って、館の中へ引き返した。勝敏も続く。
そうして周りに他の者がいないことを確かめてから、勝政が小声で言った。
「親父殿は随分と参っているな」
「いつもと変わらぬ様子と見受けましたが」
勝敏は父の姿を思い浮かべた。
齢六十でも体力に衰えは見られない。口数もいつもと変わらない。外から見て気付ける変化はあっただろうか。
しかし――と考えてみる。父は織田家の重臣だ。
半年前に主君を失い、誰よりも早く軍を返して仇を討とうしたが叶わず、その後は羽柴秀吉の台頭と野望から織田家をどう守るか苦心している。
柴田勝家の心労は、将来柴田家を継ぐとはいえ今は身軽な立場の勝敏には想像し難い。
信長公は勝家や勝政にとってどのような主君だったのか――問いかけて、勝敏は口を噤んだ。
「どうした若様」
「今日は格別に冷え込むなと」
「隠さなくていい。山崎の叔父貴のことは、まあ気にしていないと言えば嘘だが、若様が遠慮することはない」
山崎の叔父貴とは、織田家随一の重臣だった佐久間信盛のことだった。佐久間信盛は二年前に失脚し、翌年病死した。
その没落は佐久間一門に大きな衝撃を与えた。玄蕃盛政は自らの屋敷で謹慎し、玄蕃の弟で佐久間信盛に従っていた保田安政は出奔という形で織田信長に抗議した。
あの時は佐久間家と親しい付き合いのあった柴田勝家も気を揉んでいた。
なので今でも佐久間家の者に信長公の話題を振るのは気が引きたのだ。
「気を遣われると却って辛いこともある。若様に気を遣わせた俺たちが言えたことじゃないが」
「義兄上が謝ることはありません」
「そうだな。で、若様の目から見て上様はどんな御方だった?」
「怖い方だと思っていました。今でもそうですが。ただお目通りした時の上様は何と申し上げるべきか、随分と陽気な方だったのですが」
「若様もそう思ったか。だよな、羽柴の奴よりもお喋りな方だったからな」
「うーん、羽柴殿にはお会いしたことがないので分かりませんが、上様は奇特な御方だったのですね。しかし……」
「ん?」
「父が上様のお話に追随する様が思い浮かびません」
「俺もだ」
二人はそう言って笑い合った。
「力になれなくて済まんが、親父殿を支えてやれ」
「はい。義兄上、次に会うのは雪解けの時ですね」
「ああ。そう言えば劔神社の方は無事に付き合えているか?」
「大過なく。二日後に伺うことになっています」
「そうか。気張れよ」
柴田勝政は真剣な表情になってそう言った。
勝敏もしっかり頷いた。
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