その34 狙撃手と剣姫24
二つの炎が交錯した。
紅蓮と紅蓮。赤と赤。暴力的な火炎がサラに殺到するが、直後にその間に割って入ったサマランドラが受け止める。
炎を受け止めた火竜は、ところが全くダメージを受けた様子はない。当たり前だ。自身が炎で構成され、すなわち強力な炎耐性を持っている。
それはすなわち、『炎を焼く』炎であった。
アイリスの放った火炎の斬撃は、たやすく防がれる。
「まだ生きてましたか。そのしぶとさで奴隷時代も生き残ったんでしょうなあ」
アイリス・アイゼンバーンは生きていた。
ソラはそちらを見る。金色の、縦にカールした髪。赤色のドレスに真紅の剣装。
まごうごとなく剣姫だ。それまでと違う点は唯一、片手に持っている波打った、ルビーで加工された刀身の得物。
『フレアクイーン』。
「とりあえず……」
全てサラマンドラに吸われた彼女の炎であったが、それでも剣気は衰えていなかった。
むしろ前よりも満ちている。灼熱の『動』の剣気だ。満身創痍というのに、その赤い目からは戦意が消えておらず。
「遊びは、ここまでにしましょうか」
襲い来るサラマンドラの火炎を、彼女は払った。
一太刀のみで両断する。それから一歩、震える両脚に力を入れるとその場で剣を構えた。少々体を開いた、変則的な構えだ。
片手に持ったフレアクイーンの切っ先は、たった今ソラから視線を移したサラに向けられている。
サラは振り返った。いいだろう、銀色のスナイパーはもう得物を壊した。もう無力だ。
もともと、『じゃれ』に関する情報を聞き出したらさっさと殺すつもりだったのである。アイリスを殺してからゆっくりと尋問するとするか。
再び、サラはアイリスと相対する。
ソラは気付いていた。
アイリスは死んでいなかった。おそらく、ギリギリで剣を手にし火炎を全て捌いたのだろう。通常絶対にできない荒技だが、
〝剣姫〟ならばそれをやってのけたと言われても頷ける。剣征会の大剣豪ならば、全方位の炎を無力化して生き残ることなど……
だが、
「それはこちらの台詞ですよ、奴隷。絶対に焼くことのできない私を、あなたの属性でどうやって倒すつもりです」
近づいて切りつけることもできない。顕現した精霊であるサラマンドラが絶対に阻むからだ。
サラの操作精度は、アイリスの『神速』よりもワンランク上だ。エクスはソラの隣で息を飲みながら思考する。
では、炎攻撃はどうか。これもさらには聞かない。サラマンドラを使役する副次的な効果として、強力な炎耐性を備えている。
加えて、
サラマンドラの炎は、『炎を焼く炎』。まったくをもってアイリスが不利だ。
いや、当たり前だ。こうなるように『帝国』が仕組んだのだから。
剣姫を狩るために最も特化した人物。それがサラである。だからこそ彼が抜擢されているのだ。
エクスは息を飲んだ。状況を整理すればするほど、絶望的に思えたならない。さらにソラも愛銃……ボルトランドを壊され、自分の頼みの綱の能力も使えないときている。
「む、無理だよな、これ。……一体どうすれば」
「さあ、どうでしょうねえ。ただ……」
ソラは言った。
彼女はアイリスを見る。つられて彼もそちらに視線を送った。
再びサラマンドラが大口を開ける。
のもつかの間。一気に距離を詰めてアイリスに殺到した。先ほどのように防御するだけではジリ貧となり、あっという間に焼き尽くされてしまうだろう。
サラは手を抜くつもりは一切なかった。それまでの敵のように、油断する様子も見えない。
エクスは思わず視線をそらす。焼き殺されるぞ……
ところが、ソラは違った。
「エクスさん、御覧なさい」
「え?」
「あれが、これから負ける剣士の目に見えますか」
直後、
殺到する火炎。アイリスは動くことなく、柄の陽炎の紋章を撫でた。
「『覚醒』────────────」




