その33 狙撃手と剣姫23
「アイリス!」
エクスが叫ぶのと、直後に火炎波が襲い来るの、全くの同時であった。
今までで一番大きな攻撃だ。人を一人焼き殺すにしてはあまりにも大きすぎる熱量、膨大な渦の本流。
全力で剣を投稿したエクスは、そこで隣からソラに思いっきり手を引かれた。「危ない!」
直後に、視界が赤一色に染まる。
「うわあああっ!!」
「きゃあっ!!」
爆音が耳をつんざいた。
エクスとソラは衝撃にまるで紙屑のように吹き飛ばされ、近くの建物の壁に叩きつけられる。
「あいててて……そ、ソラさん大丈夫ですか!? ソラさん!」
「ええなんとか。くぅ……ただ頭を軽く打ちました。ああ、ものが全部二重に見える」
クラクラするソラ。エクスはその両肩を抱きとめた。
振り返る。
「な……」
赤、赤、赤、赤。
紅蓮の炎が周囲を満たしていた。まるで悲鳴のようにものが燃える音、爆ぜる音、その他ありとあらゆる壊れる音が響く。
エクスは息を飲んだ。そのちょうど中央にぼんやりと立つ人影。サラだ。多量の熱が支配するその空間で、彼一人涼しげな表情であった。
そして、その正面。先ほどまでこちらに必死で手を伸ばしていたアイリスの姿は─────どこにもない。
「そんな…………」
「銀色のスナイパーですか。ようやっと会えましたね」
サラはこちらを見た。ほとんど同時に、エクスの隣。ソラがゆっくりと顔を上げる。
「どうも。できれば殺し屋と依頼人という関係でいたかったんですがね」
言いながら彼女はホルスターに手をかけた。しかしそこで違和感に気付く。
───────無い。
『n-71 Bolt 改』。
彼女の愛銃だ。スナイパーライフルに次ぐ、使い古したオートマチック式の拳銃。
ホルスターは空であった。落としたのか? いや、そんなヘマをするはずが無い。
慌ててもう片方の手でコートの内ポケットを探る。そこにあるはずの…『n-10 Land 改』も存在しない。
「ボルトランド……銀色のスナイパーの愛用の銃ですね。なるほど。火には弱いのですか」
サラは言う。ソラは無表情でそちらを見た。
「あら……」彼の足元を見ると、そこには見慣れた自分の銃が。ただし所々溶解しており、使えそうに無い。
なるほど。
ソラは思考する。おそらくであるが、サラマンドラ……相手の精霊を操作することで先ほど自分の武器を破壊したのだろう。
炎が遅い来、自分がエクスを助けようとするその一瞬のことだ。
「すごいですね。四肢のように動かすこともできるんですか」
「上位の精霊使いならこの程度朝飯前ですよ」
サラは言いながらもう一度剣を降る。とはいえ、ソラには疑問に思うことがあった。
激しく動く自分のホルスターと内ポケットを狙いう打てるほどの狙撃能力。ならばなぜ心臓を狙って殺さなかったのか。
言うなればこの一瞬で自分は生かされたわけだ。サラも彼女の思考がわかったのだろう。そう、『生かした』のである。
「聞きたいことがあります。銀色のスナイパー」
ソラは髪を耳にかける。
「というのも、大したことじゃあ無い。『じゃれ』について聞かせて欲しいのです。我々帝国は、あの災厄の情報を求めている」
ちょうど隣。それまで黙っていたエクスはそこで思い出すことがあった。サラとソラの会話を聞きながら、ゼータポリスの『主』の話を思い出す。
ソラと『主』は、過去に『じゃれ』に襲われたことがあったと言っていた(第1章 その44参照)。
「そう、五年前のことです。調べはついていますよ」
サラはまた続けた。「あのとき、あなたは『何か』を『見て』いるでしょう」
『何か』と『見て』というその二つを、サラは強調する。
ソラは無言だった。
得物を失ってもところが、狼狽する様子は見え無い。メタルフレームのメガネの奥の瞳は、いつものように銀色。
そこに一切の感情を読み取ることのでき無い、深く深い色合いだ。否定し無いところを見ると、おそらくサラの言葉は真実なのだろう。
というより、サラ自身も調べているのだ。いや、帝国は、というべきか。
「その前に」
ようやっとソラは口を開く。
「後ろ、気にしなくていいんでしょうか」
直後、
サラの後方で業火が舞った。




