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その31 狙撃手と剣姫21

 それから少しだけ時間が戻る。

 エクスは如月を抱えたまま、転がらんばかりに中庭を走っていた。

 彼女だけ別の場所に非難させていても良かったのだが、万一にもサラ達に仲間がいないとも限らない。その場合、手負いの如月はまず間違いなく殺されてしまうだろう。

 一歩足を動かすたびに身体中が痛む。アイリスとサラ、立て続けの戦闘で彼も浅くない傷を負っていた。

 それに加えて、能力の行使した代償もあるのだ。息が切れる。それでも彼は走った。


「はぁ……! ひぃ……!! 西、西……!! こっちだな!」


 正門までなんとかやってきた。後方を見ると、遥か遠くで赤々と炎が散っている。ここまで焦げ臭い匂いが漂ってきた。

 もくもくと上がる黒煙が不気味にうねっている。恐ろしいその光景に、エクスは身震いした。

 まずい、明らかに先ほどより多い炎量だ。アイリスは生きているだろうな。

 動かない足を動かし、再び走り出す。西側……西側……!! やがて左右に楡の木が植林された坂道を登ると、あった! 小さな馬車が見える。

 なるほどあれか。あの中にアイリスの剣、『フレアクイーン』があるはず……


「ん……?」


 エクスはそこで目を細めた、馬車に寄りかかるようにして、人が一人立っているではないか。

 小柄な人物だ。ローブをすっぽり被っているため詳しい背格好はわからない。

 その傍らに一本の杖が立てかけられているのを、エクスは見た。楡でできた、先端付近が太くわずかに波打った杖だ。だいたい長さは70cmくらいだろうか。


「おお、来たか」


 エクスに気がつくと、ゆっくりと件の人物は顔を上げる。フードを外すと、さらりと流れる萌黄色もえぎいろの長髪に目を奪われた。


「ファイラを退けた『銀色のスナイパー』の一味の運転手とは御主のことか。ふむ、個性のない男だのう」


 女だった。いや、少女といえようか。外見年齢は12歳くらいである。

 身長150cm弱、ローブの下は赤と黒を基調とした法衣。動きを阻害しない緩やかなものである。

 わずかにつり上がった勝気そうなもえぎいろの瞳が、エクスを上から下までさっと観察した。


「な、なんだお前……どけよ、『フレアクイーン』を……」


「ふん、これが欲しいかの」


 エクスが馬車に入り込もうとした時である。少女は片手に持っているものに目がいく。金色の鞘に収められた、ルビーで加工された柄と鍔を持つ一振りの剣。

 他ならぬエクスが求めているアイリスの得物、『フレアクイーン』である。


「やれやれ、まさか帝国が動き出しているとはのう。ようやく『賢者』に就任したというのに、えらい仕事が舞い込んできたもんじゃ」


「な、なに言ってんださっきからお前。おい、とにかくそれを……」


「アイリス・アイゼンバーンにゆうておけ」


 少女は『フレアクイーン』をエクスに向かって放り投げた。


「動き出したのは帝国だけではない。『元老院』もこの事態は静観しないぞ、と」


 エクスが慌てて剣を拾う。少女はただ一言だけその言葉を告げると、踵を返した。

 去りゆく背中、鳶色のローブを見つめる。エクスは奇妙な気分になった。少女のその容姿だ。

 一見するとただの少女なのだが、その古風な物言い、そしてなによりその雰囲気。明らかに普通の人間でないことが分かる。

 そして、同じような雰囲気を持つ人間を、過去に二人だけ知っていた。


「ちょっと待て!」


 少女は足を止めた。


「あんた、もしかして魔法使いか」


 布の国でのこと(※第1章 その12)ことだ。あのとき争っていた二人の魔法使いの先頭に鉢合わせする形で、あいにく死にかけたところである。

 エクスはソラに言われたことを思い出した。


 『魔法使い』。

 ハオルチア大陸に存在する魔力エーテルを意のままに操ることのできる力を持った種族。

 先天的な才能が必要であるが、その力は強大。一国の軍隊を一人で滅ぼした魔法使いもいるという。


「そうだ」


 少女は言った。


***


 え、マジかよ。


 エクスは一気に警戒する。どうも布の国の一見以来、そんなにいい印象はないのだ。考えてみると殺されかけているため、当たり前と言えば当たり前である。

 しかし、と再び少女を見る。早く剣を届けなければならないにもかかわらず、足が動かない。少女の放つ雰囲気に飲み込まれてしまっていた。

 布の国でも、同じような事態に陥った。しかし、今少女の放つ魔力はあのときの二人とは比べものにならないのだ。比較できないほどに強い。

 鼓動するようなエーテルの輝きが、不可視であるにもかかわらずエクスに伝わってくる。

 特別少女が力を入れているわけでもないし、威圧しようとしているわけでもない。

 にも関わらず、通常の状態でなお感じられる、恐ろしいほどの魔力。

 夜の風が萌黄色の髪を揺らす。少女は振り返った。


「ゼダム・モンストローサ。わしの名じゃ。どこかで会うかもしれんし、覚えておくとよかろ。なあ、エクスよ」


「お、おう……は? ちょっと待った! なんで俺の名前を知って……」


「早く行かなくて良いのか。アイリスが死ぬぞ」


 少女はゼダムと名乗った。もう一度エクスを見ると、今度こそ踵を返す。

 楡の並木坂を下るその様子は、おそらくもう話すつもりはないようだ。あっけにとられていた彼はそこでようやく我に返った。


「そ、そうだ。行かなきゃ」


 再び走り出す。というか如月が重たい。ずっと背負っている形だったのだが、果たしてまた戦場に連れて行ってしまっていいものだろうか。

 かといって迷っている暇はない。と、その時だ。エクスのその思考に呼応するかのように、如月がうっすらと目を開いた。


「ぅ……おい、運転手、大丈夫だ。置いていけ……」


「お、起きたか。え? でも、お前そんなボロボロで……」


「いいから! 自分の身は自分で守れる。剣を届けるんだろ。いけ!」


 言いながら如月はふらふらと自分から降りた。馬車に寄りかかると、そのままぺたりと座り込む。

 いつも着ている青色の羽織はズタズタに燃え尽き、その下の上衣袴も所々焦げていた。火傷も辛いのだろう。額に玉の汗を浮かべて、荒い呼吸を繰り返している。

 エクスがためらうのも無理はなかった。サラとアイリスが戦っている場所から離れていると言っても、ここだって戦場の一つであろう。つまり襲われる可能性がある。普通なら如月ならば多少襲撃されても大丈夫であろうが、

 今満身創痍のこの状況。ひとたまりもないではないか。しかもそれだけではない。あの得体の知れない魔法使いもいた。


「でもよ……」


「急げ!! くっ……ここでアイリスが死ねがどうせ私たちも殺されるぞ!」


 口封じというやつだ。なるほどその可能性は高いだろう。いつもソラが言っていた。依頼人やその周囲の人間の口封じには気をつけろ。

 エクスはまだ迷っているようだったが、しかしもう時間がない。一度拳を握って意を決したように首をブルブルと、如月に背を向けて走り出した。


「待ってろよ! すぐ戻ってくるからな!」


***


「なるほどなぁ、ファイラが目にかけるだけはある。見かけは没個性だがありゃ上物じゃな」


 楡の坂道を下りながら、ゼダムはぼんやりと考えていた。無論先ほどあったあの青年のことだ。

 確か名前はエクスと言ったか。別段強そうでもないし、これといって特徴があるわけでもない。それでも『あの』銀色のスナイパーの仲間であるという。

 天外孤高を貫いていることで有名なスナイパーに仲間ができた。どんな人間かと思ってみてみると、なるほどな。

 そこまで考えた時だ。


「……さて、そろそろじゃな。おい、出てこい。ずっと見張っておるんじゃろ。魔法使いを闇討ちできると思うなよ」


 唐突に彼女は立ち止まって言った。

 すると、呼応するように葉ずれの音。やがてバタバタと走る音が聞こえ、彼女は数十人の兵に取り囲まれた。

 手には各々機関銃を携え、腰にはサーベルが。徹底的に魔力抵抗を持つ鎧で武装している。金属の中に隠れる特殊なその匂いを、ゼダムは感じ取っていた。

 銃を向ける一人が言う。その胸元はジェイド帝国を表す紋様が刺繍されていた。


「約束が違うぞ、魔法使い。銀のスナイパーの仲間を殺すはずだったのではないか」


 言いながら残りの兵士もだ。

 一斉に銃口がゼダムをにらんだ。一つ、二つ、三つ、数えるのも億劫になるほどだ。たった一人にこれほどの兵力だ動員されるとは、

 なるほど魔法使いとはどこの国でもやっかいがられているらしいな。彼女は苦笑する。杖でこつりを地面を叩いた。


「ふん、御主らに協力するとは一言も言ってないんじゃがな。そもそも元老院はフォーカリアのどこにも所属しない。

 そして、所属しないからこそたった五人のみなんじゃ。各々連携も取らず、身につけたペンタグラムのみに従う」


「黙れ黙れ! とにかく、計画の邪魔だ。ここで死んでもらうぞ、魔法使い」


 ゼダムの胸には五芒星ペンタグラムのペンダントが光っていた。

 彼女は片手でそれに触れる。兵隊全員に見せるように数回降ると、事情を知っている数人が一瞬だけひるんだ。

 『ペンタグラムの五賢』。フォーカリアを代表する五人の魔法使い。

 通称『賢者』。彼(あるいは彼女)らにのみ身につけることを許される、膨大な魔力を扱える証。

 ゼダムの萌黄色の瞳……賢者の目がぎらりと光った。


「やれるものならやってみぃ。最強の魔法使いの術を見せてやろうか」


 直後、

 周囲に膨大な魔力の本流が渦巻く。

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