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その27 狙撃手と剣姫17

「こら! 待ちなさい!」


「誰が待つかっ! ちくしょう如月! 如月はどこだ!」


 廊下。

 真夜中の追いかけっこが繰り広げられていた。アイリスは驚愕する。

 自分から逃げるこの男、おおよそ満身創痍であるいにもかかわらず恐ろしい逃げ足の速さだ。一体どこにそんな力が残っていたのだろうか。

 ともかく、このままではまずい。殺し損ねるのも失態だが、それ以上に面倒なのは金庫の中身である。闇ギルドとの取引書。あれを持って行かれると非常に面倒だ。


 かくなる上は、

 アイリスは前傾した。そのまま急加速、持ちうる超人的な身体能力の全てを『前進』に使う歩法『神速』。


「うわっ!!」


「権利書をお返し!」


  一気に距離を潰すと、そのままエクスの方を引っ掴む。

  ほとんど同時に、揉み合いとなりながら扉に突っ込んだ。そう、デーモアの寝室である。

 もっともアイリス曰くもうそこに彼の姿がないらしいが、おそらく証拠を求めて部屋の中をかき回している如月がいるであろう。

 金庫を奪い取ろうとするアイリス、腕を目一杯伸ばしてそれを制するエクス。

 双方絡んだ蔦のようになりながら、激しい音ともに部屋の中へ入った。


「如月! ずらかるぞ証拠は手に入れた! 如月!? おい! ……如月?」


 返事はない。代わりに彼の目に飛び込んできたのは、赤色。


「……きさら……ぎ……?」


 次いで、その赤色の源。

 如月は力なく横たわっていた。血の匂いが周囲に満ちる中、ピクリとも動かない。

 その光景を、エクスは最初信じられなかった。いや、受け入れてはいるものの信じたくなかったのかもしれない。

 動き出したのは、長い時間が経過してからだ。


「え、そんな……おい! 大丈夫か! おい!」


 気がつくと彼は折角手に入れた金庫をほっぽり出していた。がらんがらん! と大きな音が響く。

 ここで手放してしまうと、後ろのアイリスに間違いなく回収されてしまうだろう。そうなると折角の算段も全てパーだ。

 そんなことはわかっている。しかし、彼はそれでも如月を起こさずにはいられなかった。


「……っ」


 抱き起こされると、ピクリと眉が動く。如月は肩口から斜めに浅く切り裂かれていた。切創である。今この瞬間も血が溢れ出し、エクスの両手とジャケットを赤く染めてゆく。

 もっとも、傷自体はそこまで深くなかった。無論浅くもないが。致命傷たらしめているのは火傷である。

 羽織っていた浅葱色の羽織は見るも無惨に燃え堕ち、袴と上衣もところどころ焦げている。

 傍らには投げ出された刀『疾風はやて』が。

 呻きながらうっすらと目が開く。「ぅ……運転手か」


「しっかりしろ! 如月! おい!」


「……ゆ……だんした……不……覚だ……『逆』だったとは……」


 如月は自嘲気味に笑う。そう、火傷だ。どうやら炎属性の攻撃を当てられたらしい。

 誰の仕業なのか、もう考えずともわかった。振り返る。


「アイリス……!!」


 エクスは彼女を睨みつけた。件の状況で、剣姫は無表情である。

 薄暗い部屋の中で赤く光る紅蓮の双眸は、ところがなんの感情も読み取らせなかった。






「──────『覚醒』。火竜サラマンドラ






 静寂の中、

 声が響く。「!?」エクスはハッとして後ろに下がった。如月を抱き抱え、落ちていた刀を拾う。

 歩き出そうとする剣姫を前にして、慌てて拾った刀を構える。だが、素人にもたせた抜き身の刀など、エレメンタリアを代表する剣豪の前では紙屑のようなものだ。


「く……そ……!!」


 どうする。エクスは冷や汗をかいた。この状況を打開するための策をなんとか興じようと、必死に頭を振り絞る。

 しかし、考えれば考えるほど絶望的であることをわからされた。

 後ろは壁だ。加えて、狭く薄暗い室内。隠れられそうなものや武器になりそうなものはない。

 頼みの綱の『能力』も短時間に併用しすぎたせいでそう酷使できないであろう。それに、多少使ったところで剣姫には容易く反応されてしまう。

 加えて、負傷した如月。彼女をかばいながら戦わなければならない。


 そして、

 相手は……封印状態でも敵わなかった剣豪、アイリス・アイゼンバーン。

 それも、遠く離れていた如月にすら属性攻撃を行っている。範囲も威力も恐ろしい……と、エクスは思考した。


「くっ……!!」


 どうする……!? 

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