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その25 狙撃手と剣姫15

「なあ、俺らってこれ完全に悪者だよな……」


「ま、まあ、場合が場合だからなぁ」


 孤児院正面……ではなく、裏口。

 エクスと如月は夜の闇の中にぼんやりと立つ建物を見上げていた。3階建ての、自分たちが目指す部屋はちょうど2階の角だ。

 実際にまず奴隷の売買を行っているであろう証拠を抑えなければ始まらない。今宵神の加護を持つ男と剣士が集まったのはそのためである。


「デーモアの部屋に……」


「忍び込む」


 そして、『証拠』を探す。なんでもいい。奴隷であることを立証できそうならば、書類だろうと音源だろうと構わない。

 多少乱暴なことをしても構わないと、自分たちの主からは事前に言われている。もっとも、果たしてそういう手荒なことを行えるか甚だ疑問であるが。と、隣の如月は思った。

 案の定エクスは緊張している。己を鼓舞するように胸のペンダントに触れると、それからようやっと歩き出した。

 裏口から敷地に忍び込むのである。門の鍵が錆びており、簡単に開閉できるのことは以前サラから聞いていたことだった。


「おい如月、ご、拷問とかやらなきゃいけないのかな。そもそもこの小説R15指定だぞ。あんまりグロいことをやると運営から警告が来るかもしれない」


「本人から吐かせるのは最後の手段だ。ともかく穏便に行けるならそれに越したことはない。それに……『剣姫』の方はセーラたちがなんとかしてるんだから、考えれば今が一番の好機だろう」


 そう、本来なら行わないこのような強攻策に投じたのは、ひとえに()()の一件が関係している。

 面倒なあの強大な戦闘力を、同様の力を持つセーラ達が調べているらしいではないか。

 ソラの話では現在デーモアはそちらの対応に追われているはず。例えば、セーラ達の動向をアイリスに伝えたり、はたまた()()()()()()()

 一連の動向には間違いなくアイリスか絡んでいるだろう。その間に自分たちがこっそり……とこういうわけである。


「ええと、確かそこの角を曲がると非常階段があって建物の中に入れる」


 エクスは目を細めて紙に書き出した敷地の地図を見ながら言う。月の光のみを源としなきゃならないためどうにも見にくい。

 かといって潜入という特性上、ペンライトなんぞ極力使うことができない。

 とその時だ。前を歩いていた如月が急の立ち止まる。エクスはぶつかりそうになって思わず声をあげた。「おい、急に……」


「待て。向こうから人が来る。下がれ!」


「な……。急に言うなよ! ちょ、ちょ待てよ……」


 角からわずかに伺うと、本当だ。明かりがぼんやりと見えた。どうやら守衛が見回りを行っているらしい。

 慌てて隠れようとするが……良さげな場所がない。ましてや二人である。ちょうど裏庭であるため物が少なく、このままでは鉢合わせは必死であった。


「どうしよ……あれ、おい、お前なんで刀なんか……」


「安心しろ、殺すようなヘマはしないさ」


「いやいや!!! ダメダメストップ! 峰打ちだろうと何だろうとそうそう騒ぎにすんのはまずいだろ!

 しゃ、しゃあないもしもの時のためにとっときたかったんだけどな」


 ……?

 如月が首をかしげた直後である。


「あれ?」


 ()()()()()二人は建物の中にいた。

 ちょうど先ほどまで自分たちがいた場所、その遥か前方の、見回りを行っている守衛がいるあたりの裏口から入った形となるだろう。

 隣にはわずかにドアを開けて外を伺うエクスの姿があった。心なしか肩で息をしている。

 どうやら守衛はやり過ごしたらしい。一難去ったわけだが、当たり前ながら如月は目を丸くした。


「な……! おい、一体御主今何をやったんだ! そもそもさっき私たち向こうにいたよな!? どうしてこんなすぐに……」


「し、シーッ!! 魔導だよ魔導。ほんの30秒程度『止めた』だけだ。気にするなって! それより行くぞ!」


「???」


 説明してもいいが、間違いなく信じてもらえないだろう。なにより場所が場所だ。あまり手間取りたくはない。

 エクスは行使した能力を適当にごまかすと、再び歩き出す。細い廊下を……ではなく、その隣にある物置へ身を隠した。

 再びドアをわずかに開けて周囲を見やる。人影は……ない。正面には階段があり、左に曲がると大広間と玄関だ。つい数時間前にセーラ達が訪れた場所である。


「一気に行くぞ」


「ああ」


 なるべく音を立てないように、しかし早く二人は駆け出した。

 玄関を横切り、階段を駆け上がって二階へ。そして、そこで二手に分かれる。


「気をつけろよ」


「御主もな」


 エクスは執務室を、如月は寝室を襲うのだ。

 これもまた事前に決めていたことだった。アイリスが絡んでいる以上、デーモアが普段通りに寝室にいるとは限らないが、

 もしもいた場合、寝首をかくことができる。殺人にためらいのない如月の方が適任であろう。

 彼女の足音が遠くなった。それを皮切りにエクスもまた足を進める。目的の場所はすぐ近く。

 ところがである、『院長室』と札の貼られた扉の前に立って、彼は重要なことに気がついた。


「あ」


 鍵である。


「し、しまった……!! ど、どうしよう。ここまですんなり行ったから忘れてた!

 うわあ困ったな……! その辺に……ないよなああるわけないか」


 エクスは頭を抱えた。『神剣』で斬ってみるか……? いや、如月ならばともかく、剣術の『け』の字も知らない自分では分厚いドアを壊すのはかなりの時間がかかるだろう。

 それに音や衝撃で気づかれてしまうかもしれない。そうなると一気にアウトだ。


「あいつは扉を斬って入るんだろうな……しまった、如月を呼び戻すか。

 しかしそんな暇は……ああもう! ひょっとして開いてるあんてことは……ないよなぁ――――――

















 開いてる!?」


 えっ。

 エクスは目を丸くした。嘘だろう。すんなりとノブが回って、いともたやすく扉が開いたぞ。

 これは運がいい。戸惑っているものの、内心ほっとする。デーモアがかけ忘れたのだろうか。

 まあいい、さて証拠をひっつかんでやるぞ。エクスは気を撮り直すと一歩部屋に踏み込んだ。


 カーテンが開け放たれていた。

 暗い室内を、差込む月の光のみが青白く照らしてる。革張りのソファに、ガラステーブル。

 絨毯が敷かれ、いかにも高級といって雰囲気の部屋の造りだ。そして正面には重厚な木の机、椅子。


 そこで、

 エクスは思わず声を上げる。「な……」

 土足で踏み込んだその足がピタリと止まった。『動かない』のではない。『動けない』のである。


「ど、どうしてお前が……」


「おほほ、ようこそ」


 背を向けられた椅子。そこに座っている人物。

 煌びやかな金髪が月光に照らされる。『彼女』はゆっくりと椅子を回して正面を向くと、悠然と足を組んだ。






「―――――――――――――お待ちしてましたわ」






 アイリス・アイゼンバーン。

 どうしてお前がここに……もう一度エクスは呟いた。


***


 驚きに言葉を失うエクスを目の前にして、アイリスは緩慢な動作で立ち上がった。

 裾が揺れる。あの時……闘技場にいた時と全く同じ格好だ。赤色のドレスに、それ以上に鮮やかな真紅の剣装。まるで一国の女王のような気品溢れるその格好に、敵対しているとはいえエクスは一瞬目を奪われた。

 遠目から見ていると、まるで炎を纏っているかのように見える。時折陰る月光のせいで、揺らめいている陽炎のようだ。

 ようやく我に変えるエクス。アイリスが一歩足を動かすと、ハッとしたように扉を閉める。今ここで騒ぎになるのはまずい。手探りで鍵をかけると、

 そのまま再びアイリスを見た。「全部お見通しってわけかよ」 観葉植物の鉢が爪先に当たる。自分の動きを阻害しないよう、片足で部屋の隅に退けた。


「ええ」

「この部屋の周りくらいなら、侵入を知覚できる術がありますから」


 『静の剣気』である。

 もっともこれはエクスも知らないことであった。孤児院に侵入して階段の一歩手前に降り立った瞬間のことだ。

 アイリスはもうその動向を知覚していたのである。自分を中心として、半径9m程度の球状の剣気は、如実に異物の存在を術者に伝えていた。

 もっともそれは確認でしかなかった。わざわざ剣気を用いずともそれは予想できていたのだ。だからこそ、ここにいる。


「奴隷に関する書類は、この金庫の中に全て揃っています。闇ギルドとの取引に使いますから。ですが、渡すわけにはいきません」


「……!」


 エクスは思った。「しまった……!」 自分たちの目当てまでばれてしまっているのか。

 考えてみれば不思議なことではないか。ここに侵入してきた時点で、ある程度予測はたつだろう。となると……


「デーモアもここにはいませんわ。貴方のお仲間は今頃寝室を探し回っている頃でしょうけど」


「そうかよ……! けど、そこに奴隷売買の証拠があるなら話は早い」


 エクスは震える自分の足を叩く。それからゆっくりと拳を握り、胸の前で構えた。

 「へぇ……?」同じくゆっくりとアイリスの……剣姫の紅の瞳が開かれる。


「貴方、もしかしてわたくしと一戦交えるつもりですか」


「お、おう!! てめェを倒さなきゃこの依頼は完遂されないんだ!!」


 なら、やってやる!

 相手は凄腕の剣豪の集まり、剣征会の剣士。それも最強の7人である『真打ち』の一人。

 それでも、エクスは逃げようとしなかった。扉の鍵を自分から締め、相手と相対することを選ぶ。

 というのも、一勝算があったからだ。『能力』のことも当然であるが、もう一つ。『剣』姫なのにアイリスは、この場で決定的に欠けているものがある。


「お前、剣はどうしたんだよ。あのなみなみの剣は」


「『フレアクイーン』のことですか」


 そう、アイリスは帯刀していなかった。

 本来なら左腰にある緋色の鞘と銀の柄が見えないのだ。

 それから彼女は言う。「ご心配なく、貴方如き素手で十分ですから」


「ふ、ふざけんなよ! そもそもお前剣士なんだろうが! 言っとくが、俺は女だろうとぶん殴るぞ!」


「やってごらんなさい。そら!」


 踏み込み。ダァンという音が響くと、一気に双方の距離が縮む。狭い室内だからこそ、

 拳が交錯するのは一瞬だった。いくら戦闘が素人とはいえ、エクスは成人した男性だ。それに、これまでの戦いである程度からだは鍛えられている。

 振り抜いた拳は少なくとも、女なら容易に昏倒させられる程度の威力はあるだろう。


 のだが、

 ()()()()()()()


「!?」


「殺し屋の一味、」


 アイリスは彼の足を払った。殴りかかっていたエクスは彼女のかかとに足を取ら、大きくバランスを崩す。

 直後に襲いくる斜め下からの裏拳を喉に受けると、咳き込みながら弾き飛ばされた。もっとも体勢を崩しつつ放った一撃。

 さらにアイリスが女性ということもあり、威力は低い。すぐさま起き上がる。


「ぐっ……!! く、くそ……!! おう、こんなもんかすり傷だ。行くぞおおお!!」


「少しくらいは、できるんでしょうね。さあ、始めましょうか!!」

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