その21 狙撃手と剣姫11
グレビリア孤児院。の、夕食。
時刻はちょうど20時だった。縦に並べられた長机の上には、栄養バランスのいい様々な料理が並べられている。
前の方では教員たちの席、後方では子供たちの席と決まっているらしい。楽しそうな話し声が響く中、ところがである。
いつもより席が三つほど多かった。
「いやあ、すいませんなんか、私たちの分まで」
「いえいえ、ええと、セーラさんでしたっけ? お気になさらないでくださいな。どうぞどうぞ。
それに、久しぶりねえガース君とクロウちゃん。元気にしてた?」
ふくよかな格好の女教師はニッコリと笑いながらもと教え子……ガースとクロウを見る。
二人が話すのを水を飲みながらセーラは聞いていた。
作戦成功。
いや、作戦というほど大層な代物じゃないか。言うなれば情報収集の一環だ。
アイリスが他にいるとすれば孤児院ではないか。そう踏んでのことだったのである。
卒業生の二人でも連れて行けば、食事の席にも入り込めるかも。提案したのは自分である。
考えてみると図々しい話だな。目的のためとはいえ、セーラはわずかに苦笑した。
まあそれは置いておいて、さてと、ガースとクロウが昔話に花を咲かせているうちに、こっちもこっちで仕事をするとしよう。
彼女はちょうど自分の前方でナイフとフォークを動かしている男性に声をかけた。
「しかし、活気があっていいもんだな。ええと、院長先生? どうもこんにちは。剣征会の一番隊隊長、セーラ・レアレンシスと申します」
ピタリとその手が止まる。デーモアは愛想よく自己紹介した。
「ええ、お話には聞いていますよ。というより、聞くまでもないでしょう。精霊国家エレメンタリア最強の自警団。知らない人間なぞいない。
ガースとクロウをよろしくお願いします。彼らはちゃんとやっていますか?」
言いながら右手を差し出す。セーラはその手を握った。
なるほど型通りだな。そりゃあ、ボロなんて出すはずがないか。笑いながら内心その腹を探ろうとしているのだが、
いやはやいかんせん全く動じているように見えない。相手の言う『最強の自警団』。その隊長格が目の前にやってきたわけだ。
卒業生の顔を見せに来たのが目的とはいえ、奴隷の売買などという後ろめたいことがあれば多少顔に出るかと思ったのだが、
―――こいつは予想以上に手強いな
なるほど敵も一筋縄では行かないぞ。
それからセーラはぐるりと周りを見回した。どうもアイリスの姿は見えない。
どうやら行き違いになったらしかった。なかなかにタイミングが合わないものだ。
「剣征会に入隊できるなど、卒業後の進路としてはこれ以上ないものです」
「ん? え、ああそうすかね。いやはやそりゃよかった」
適当に返事をしながら、セーラはなおも思考する。
あ、そうだ。そういえば一つ聞いておきたいことがあったんだ。
「卒業……ってのはどうやって決めるんです?」
これは問いそのままの意味ではない。
本質は孤児院側のどの程度が『奴隷の件』を把握してるか探るための質問だった。
「20歳になったらですよ。ですが、生徒は15歳くらいまでには所属する先が決まりますからね。決定したものから順番にここを抜けます。
それ以下の年齢でも、働き口が見つかったり、養子にもらわれる場合ではもう少し早いですが」
「卒業先は職員全員が把握してるんですか?」
少々突っ込みすぎた質問かもしれないな。
言ってからセーラはしまったと後悔した。どうも自分は口べただ。こういうことは、それこそ副官のメセンにでも任せておけばよかったかもしれない。
ところが、特に怪しむ様子もなくデーモアは答える。「いいえ」
「私と副院長のサラだけです。なにぶん出入りが激しいですからね。
サラが書類に全てまとめて、私の部屋の金庫に入れています。個人情報なのでお見せできませんが」
院長と副院長。
セーラは心の中で小さく呟いた。よしっ。
てことは他の教職員たちは知らないわけだな。よしよし……いいところを聞き出すことができたぞ。
「そうなんですか。ふうん、しかし、可愛い教え子が出て行くとなると、やっぱり複雑でしょう?
あー、しかしおいしいなこれ」
セーラはそんなことを言いながら、濃い目の味付けされた肉料理を口に運んだ。
***
それからセーラは席を外した。もう夕食も進み、ある程度デーモアとも話を終えた後のことだ。
少々夜風にでも当たりたい気分になったのだ。暗い階段を降りてバルコニーに出る。冷たい風が頬を撫でた。
少々室内は暖房が効きすぎている。ぬるい空気に包まれた体に、涼風が心地よい。
「あーあ……いい食事だった」
もう月が出ている時間帯だ。裾を揺らしながらのんびりと黄昏ていた。ちょうど周囲は小さな森に囲まれている。
もう少ししたら季節の虫が大合唱を始めるだろう。満月に天然のコーラス。なんとも趣がありそうである。
と、そこまで考えていると扉の開く音。
振り返るとガースの姿があった。セーラを見ると小さく会釈する。
「おう、もういいのか」
「ええ。クロウは友達んとこに言ってるみたいです」
彼はセーラの隣に並んだ。その背中に剣が背負われていないことに気づく。
尋ねてみると入り口に置いてきたそうだ。それもそうか、食事の時まであんな長い物を置いておく必要はない。
もっとも自分の得物も普通より長いが、今ここでは帯刀していた。持っていないと落ち着かないのだ。敵地……とは言いすぎかもしれないが、ともかくこういう場所では特に。
ガースもしばらく風に当たっていた。夜風が短く切った髪の毛先を揺らしてゆく。それから彼は自分の上司に尋ねた。
「どうでしょう? なんか手がかりはつかめました? 俺もいろいろ聞いてみたんですけど」
「おう、まあな。で、そっちはどうだった?」
自然と互いの声が小さくなるのがわかる。
これは事前に分担して決めたことだった。すなわち、セーラは職員や院長にそれとなく探りを入れる。
ガースとクロウは子供達に尋ねる。歳が近いしやりやすいだろう。
なによりも『剣姫』のことを聞く分、怪しまれなくていい。
セーラの問いかけに、ガースは「それがですね」と前置きしてから答えた。無論、アイリスのことだ。
「子供たちの信頼は厚いみたいですよ。優しくて綺麗なおねーちゃん、って感じらしいです。遊んでもらった子もいるとか」
「へえ……?」
そりゃちょっと意外だな。セーラは頭をかいた。あの見るからに高飛車で、子供なんぞ嫌いそうな女剣士・アイリス・アイゼンバーンが。
ところが第一印象とは違う。子供達に好かれているのか。ひょっとして奴隷時代の自分に感情移入して……。
いや、それだとそもそも辻褄が合わない。となると……そこから先はガースが紡ぐ。手すりに体重を預けて、吐き捨てるように言った。
「うまく猫被ってるみたいです。とにかく、孤児院であいつの敵はいません。みんな信じきってる……」
「そうかぁ……そいつは厄介……」
みんな信頼してるか。
なるほどそれなら『仕事』の方もやりやすいわな。セーラは思う。そしてそこまで考えた時だ。
不意に思うことがあった。漠然と鎌首をもたげた、嫌な予感のようなものだ。
「おいガース、クロウを呼んでこい。今すぐここを出るぞ」
「え? 今からですか。でもまだ……」
「いいから! ああ待て、やっぱり私も行く」
戸惑うガースの手を取って、そのまま歩き出す。




