その20 狙撃手と剣姫10
「奴隷!?」
誰かが言う。その言葉にセーラは返答した。「ああ」
「どうも身の上やおいたちをあんまり話したがらなかったからよ。まあ、大方察せられるといえば察せられるんだがな」
剣征会一番隊隊長。第一真打ち〝剣将〟セーラ・レアレンシス。
彼女は他の真打ちをその手で勧誘して回ったわけだが、当然ながらその過程で相手の素性を問うようなことはするわけだ。
その過程でアイリスのことも調べたのだろう。どの闇ギルドにどのように売られたのかなど、詳しいことは本人の口からしかわからないのだが、大意的に『奴隷であったこと』は確定できるらしい。
「ちょ、ちょっと待てよ。っていうことは……」
エクスはアイリスが入隊する際に記入した書類に目を通しながら尋ねる。
「あいつは自分が奴隷だったにもかかわらず、なんとか這い上がって自警団の最強の一角に所属するまでになったんだよな?
に、にも関わらず、やることと言えば奴隷の売買……?」
普通逆だろ……! 彼は言う。思わず口に出たというような、独り言のような口調。とはいえ全員が全員似たようなことを思っているはずで。
『元奴隷』かつ『自警団所属』であるにも関わらず、非合法な人身売買を『推奨』している。そんなのがしかもリーダー格なのである。
場が沈黙した。それも重く苦しい静寂だ。アイリスが行っている一連の行為から、どうしようもなく黒い人間の闇が垣間見れた。
全員が全員、その目を背けたくなるような現実に直面してしまい、言葉が出ない。
「ゆ……許せねえ……」
ドンッ!!
ガースは思いっきり机を叩いた。大きな音に、隣に座っていたクロウはびくりと肩を震わせる。
そのまま立ち上がると、彼はもどかしくも自分の得物を引っ掴む。ロングソードを斜めに帯刀しながら、全員に背を向けて歩き去ろうとした。
「待てよガース、どこ行くんだ」
セーラは呼びかける。
「決まってんだろ!! アイリスに問いただすんだ。孤児院は俺たちの故郷なんだぞ!
仲間が奴隷にされてるのを見過ごせるか!」
「御主が行ったところでどうにかなるのか。相手は〝真打ち〟だぞ」
怒りに身を任せて飛び出そうとするガースの背に、如月もまた声をかけた。彼女の場合は部外者でもあり、幾分が冷静に事を見れているようだ。
そう、ただ暗躍しているのならばまだ事は単純である。問題を問題たらしめ、厄介にさせているのはひとえに相手が〝真打ち〟、
すなわち超人的な戦闘力を有しているということにあった。正面から戦っても、並みの人間なら……いや、多少の手練でもたやすく返り討ちに合うだろう。しかも、裏には闇ギルドの人間が付いている。
「他の真打ちの方に相談してみましょうか。セーラ先生」
クロウは遠慮がちに問う。
「ん? いやあ、そりゃちょっとやめといた方がいいな。ん? なんでかって? まあそうだな、後で教えてやるよ」
じゃあどうすればいいんですか!
煩わしそうにガースは大声を荒げる。それから自分の背中の剣をがちゃりと揺らすと、もう一度セーラを見た。
「俺は行きますよ、剣将先生。目には目を、歯には歯をだ。刺し違えても、剣姫に吐かせてやる……!!!」
「目には目をか……」
強気な双眸がセーラを見つめていた。
彼女は思う。なるほど、闘技場のやりとりを見ていてもわかったが、正義感の塊のような剣士だ。
入隊試験の一部を担当したが、そのときの印象は間違っていなかったようである。
ガースの瞳は澄み切っていた。よくも悪くも純粋な目だ。
セーラはゆっくりと立ち上がる。
「止めても無駄ですよ」
「わーってるよ。ただな、実力的に大人と子供なのは確かだ。お前だって剣征会の一員だろ。部下をむざむざ死にに行かせるようなことはできねえよ」
相手は真打ちだ。
如月の言葉がガースの脳裏に響く。
それでも彼は座ろうとはしない。止めようとするセーラを斬ってでも出て行く。そんな危うさがあった。
どうすれば……ガースほど直情的ではないにせよ、クロウもまた苦渋の表情であった。自分たちの故郷が蹂躙されており、
それをどうすることもできない。あまりにも悲しいではないか。
止めようとするセーラに、彼女は口を開こうとした。
ところがである。
セーラの言葉は、この中の誰もが予想だにしないものであった。
「私も出よう」
その一言で全員の視線が彼女に向けられる。
いや、全員ではない。ソラだけが彼女を見ずに、ただ一言尋ねた。「仲間同士で斬り合うんですか」
「さあな。そうなったらなったときだ。ただよ、ガースも言ってたじゃねえか。なあ?」
目には目を。
歯には歯を。
「―――――――――――――『真打ち』には『真打ち』を、だ。」
長剣『エリュシオン』を手に取ると、〝剣将〟は言った。
***
「本当に来てくれるんですか、セーラ先生」
「おう、なあに私もちょっとばかし聞きたいことがあるからな。剣姫によ」
部屋を出てからセーラ、ガース、クロウは歩く。無論行き先はアイリスの部屋だ。ガースの言葉通り、三人で直に問いただす。
剣姫の部屋は2階の一番奥だ。東南の最も日当たりの良い場所である。
階段を歩いてドアの前まで来、ノックする。ところが誰も出ない。
「……いないな。こんな時間に珍しい」
居留守でも使ってるのだろうか。三人は聞き耳頭巾を立てる。
……物音がしない。どうやら本当に留守のようだ。
セーラは肩をすくめた。なんというか出鼻をくじかれた気分である。
「よわったなあ、当人がいないんじゃ話にならないぜ」
「どこかへ出かけてるんでしょうか」
ドアノブを回してみるクロウ。ガチャリ。案の定鍵が掛かっている。
見回りにでも言っているのだろうか。しかし、確か夜周りの当番は〝剣魔〟率いる六番隊の仕事であろう。
それから食堂、闘技場、はたまは教習場まで。一通り見回してみるもやっぱり剣姫の姿はない。
「おい、アイリス知らねえか」
「あ、セーラ先生。こんばんは。剣姫さんですか? いやあ、ちょっと見ないですねえ」
他の人に聞いてもこのざまだ。これはいけない。
「しゃあねえ。作戦変更だ。おい、お前ら飯食ったか?」
「え?」
唐突に紡がれる質問。
ガースとクロウは二人して顔を合わせた。
「まだですけど……」どちらともなく答える。そうかそうか、そりゃ好都合だ。
セーラは満足げに笑う。
「もう一つ、訪ねたいところがあるんだ」
***
「……行っちゃいましたねえ。セーラさんたち」
「我々はどうしようか。おいソラ、セーラたちが剣姫と接触するぞ。いいのか?」
さて、第一執務室に残された三人の人物。エクス、如月、ソラ。
いわゆる『銀色のスナイパー』一味は今後どうするかを話し合っていた。三人しかいないため内密な話も行いやすい。
「セーラが剣姫とデーモア、どっちも殺してくれればいいんですけどねえ。まあ間違いなくそんな風にはならないでしょうし」
ああ見えて友人は慎重な女だ。剣を持っているにもかかわらず、いや、剣士であるからこそだろうか。
極力抜こうとはしない。さて自分たちはどうしようか。ソラは思考した。
「…………」
もう一度書類を手に取ってみる。
アイリス・アイゼンバーン。A型。利き腕右。剣石 ルビー。二番隊隊長。
出生、親、おいたち。以下の欄はすべて空欄である。これでよくもまあ採用したものだ。セーラの度量というか、
親分肌というのだろうか。ともかくよくわからない。少なくとも自分なら絶対取らないな。そんなことを彼女は思う。
「……エクスさん、如月さん」
「ん?」
「はい?」
それまで黙っていたソラであったが、ようやっと口を開いた。
立ち上がる。踵を返すと短く、そして一言だけ言った。「参りましょう」
「あん?」
「どこへです? あ、車出しますか? つってもなんかこの辺って馬車と飛空船ばっかりだし、浮きそうだなあ……」
「いえ、結構」ソラは掛けていた象牙色のコートに手を通した。
「なにぽけーっとしてるんですか。ほら、早く」
「……どこに行くんです?」
「言ったでしょう」
ソラは繰り返した。
逆に潰してやると。




