表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/190

その17 狙撃手と剣姫7

「くっ……ぐぅ……」


 アイリスは腹を抑えてその場に倒れこんだ。激痛が全身を支配し、動くことがままならない。

 必死に体を起こそうと四肢を動かすが、そもそも気を失わないように知ることで精一杯であった。


「し、新入り……!! あなた一体……!」


「言っただろう、古流剣術使いだと……」


 幸運だったのは、これが実戦ではなかったことだ。

 『斬撃』であれば間違いなく自分は死んでいただろう。アイリスは思う。少なくとも刃抜きされているおかげで、

 なんとかこうして意識も保っているし、上半身と下半身が別れることもなかった。

 如月は刀を一度降ると、そのまま鞘に収めた。今度は居合いではない。試合の終焉を告げる納刀である。

 

 見えなかった。

 アイリスは顔には出さないものの、内心相手の剣術……如月の言う『古武術』に驚愕していた。

 身体能力は高く自信がある。動体視力に関しても、少なくともこの場の誰よりも早い自信があったのだ。弾丸だって見切ることができる。

 その自分が、先ほどのあの奇妙な剣術――――鞘から抜くと同時に攻撃するあの一撃を、受けきることができなかった。


「御主、居合いを知らんのだな。フランベルジュ使いなら無理もないか」


 反りのない剣では居合い抜きには不向きである。そもそも自分が扱う『飛燕流』自体、もうほとんど知っている人間はいないだろう。

 もともと出身国『十二のかん』の、そのごく一部でしか用いられていない。しかも魔導や術式に頼らない、純粋な剣術ならば尚更のことである。

 如月は振り返った。琥珀色の瞳でアイリスを見る。剣を杖代わりにしてなんとか立っている緋色の真打ちに、もう一度問いかけた。


「孤児院のことについて教えてもらうぞ」


「くっ……お待ちなさいな……」


 アイリスは苦虫を噛み潰したような顔で如月を見る。試合に負けたのもさることながら、彼女が祈雨してるのは相手のその言葉だ。

 『どうしてこの新入りが、孤児院と私の関係を知っている』。あの寂れた孤児院に私が時折顔を出していることは、セーラも知らないことではないか。


「まだ、終わってないですわよ……!!」


 風前のともしび

 今のアイリスを形容するならまさしくその言葉が適当であろう。剣に灯った炎は弱弱しく、片膝をついたその姿勢はそもそも戦えるとすら思えない。

 どうやら持ち主が弱ると、精霊もまた……であるらしい。ほとんど精霊使いと対峙したことはない如月であったが、案外攻略法はあるんだな……そんなことを思う。


 だが、

 アイリスの紅蓮の双眸からは、まだ戦意が消えていない。そう、そこには戦う意思が灯っていた。

 それこそ、赤色の炎のようだ。そして不思議なことに、その温度が徐々に高まっているのである。


「……」


 如月はわずかに眉をひそめた。

 その時だ。小さくアイリスがつぶやく二語。それでことの顛末がわかる。そうか、精霊使こいつらいは、()()があったか。






「―――――――――――――『覚醒』」






 アイリスは如月をギロリと睨むと、柄尻の陽炎の紋様を撫でた。


***


「えっ、かく……覚醒……!?」


 さて、所変わって観客席。

 エクスは目を丸くした。おいおい、真打ちの精霊なんて滅多に見られるもんじゃないんだろう。目的達成ではないか。

 ソラが長距離狙撃を行う上で弊害とあらない精霊ならばよし。そうでなくとも今後の立ち回りの重大なヒントになる。

 いいぞ、そのまま紋章を開放してくれ。セーラに腰掛けられて這いつくばった姿勢のまま、彼は思考した。


「って、あの、セーラさん……いつまで座ってるんですか」


「アイリスをあそこまで追い込むのかよ。さすがソラの仲間だ、というかお前らすごいな」


 嬉しそうに彼女は笑う。

 いいながらセーラはエクスの腰をバンバン叩いた。その淡橙色の瞳は仲間が追い詰められているにもかかわらず、むしろ逆。

 賞賛が大部分を占めていた。そのまま拍手せんばかりである。


 しかし、

 これはいけない。


「まあでも、『覚醒』までさせるこたあねえな」


「え?」


「勝負ありだろうよ。如月の勝ちだ。おうい! ドラセナ!! さっき端末で指示したろ!(第2章 その28参照) 頼んだぜ!」


 大声で『誰か』に指示を出す。

 エクスはその声を聞いて、するとその時だ。ちょうど自分たちがいる観客席の真下。東側の入り口から人影が掛け出すのを見て取ることができた。


「ほいほい、いやあ、怖いなあしかし。アイリスさんご立腹じゃないですか」


 スカイブルーの剣装に身を包んだ、一人の人物。

 おそらくは男性だ。如月と同じくらいで、少年と形容できそうな若さである。

 身長は165cmほど、耳が隠れる程度の黒髪。セーラを一度見ると、彼女が頷くのを確認してからアイリスたちの元へ歩いて行く。


「……あれは……」


 エクスは思わずつぶやいた。

 現れた人物……その胸には、サファイアのペンダントが光っていたからだ。


***


「……新手か」


 如月は振り返る、目ではこちらにやってくる人物……スカイブルーの外套に身を包んだ、優男。彼を見ていたものの、

 反面背後では常にアイリスに注釈していた。今この瞬間も切りかかってくると思わせる熱量と殺気。それらを肌でひしひしと感じるからである。


「…………ドラセナ」


 アイリスは煩わしそうにその優男……ドラセナを見る。


「あ、どーも。ええと、如月さん? でしたかね。に、アイリスさん。その辺でお開きにしちゃあもらえませんでしょうか」


「何を馬鹿なことを! 部外者は引っ込んでなさいな」


 睨まれても、ドラセナは飄々としていた。


「いやあ、しかしですね。真打ちの『覚醒』は剣征会本部じゃ禁止ですよ。なんてったって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んですから」


 特に、アイリスさんの精霊それ()()()()でしょう?

 ニコニコと笑いながらドラセナは言った。如月とエクス、そして隠れて観戦していたソラ、銀色のスナイパーの一味はほとんど同時に、彼の言ったことを頭に叩き込む。


「(……超攻撃型)」


 なるほど、そもそも封印状態でここまでの火力だ。覚醒したらさらにその威力が底上げされることは目に見えている。

 如月はまた振り返った。ところがその時だ。後方……つまりドラセナがいる場所から乾いた音が響くと、次の瞬間である。


「!?」


 しまった! というようにアイリスが目を見開くのがわかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ