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その3 狙撃手と囮

「へえ、旅を続けていらっしゃるのですか」


「お、おう。遠くから来たんだ」


 女の人は『ソラ』というらしい。覚えやすくていい名前だ。俺も名前を聞かれたが、そこで思わず黙ってしまった。

 前の名前を言うわけにはいかない。なるほど浮きそうである。さてどうしたもんか……


「え……エクスだ。エクス!」


 笑ってくれ……実験、experimentの略である。足りない俺の頭ではこの程度しか思い浮かばなかった。

 だがまあ別段変な名前ではないらしい。ソラさんは特に訝しがる様子もなく、すんなり受け入れてくれた。


 ソラさんはスナイパーといった。

 彼女も放浪の旅を続けているらしい。その最中で賞金首……懸賞金がつくほど凶悪な犯罪者を捕まえたりすることで生計を立てているという。

 すごいな、女手ひとつで……あの悪党どもが銀色のスナイパーと言っていたことから、そこそこ知名度はあるんだろう。

 素直に賞賛すると、ところが、彼女は首を振った。


「要は殺し屋ですよ。賞金首を殺してくれとの依頼が多いですがね」


 とのこと。


「殺し屋!?」


 こ、殺し屋だと……でも確かに狙撃の名手なら天職なのかもしれない。

 こんな可愛い人が殺し屋なのか……全く人は見かけによらない。

 んで俺のことも聞かれたが、まあこの始末である。遠くから来ていて旅をしている。しゃーない、だってたった今この世界にやってきたばかりなんだ。

 面白みも何にもないが、勘弁してくれ。


 さてソラさんは立ち上がった。長髪の男ともうひとり……俺が偶然倒してしまった男の方へと歩いていく。

 どっちかというと向こうの丸刈りの方が大物な気がするな。親分とか兄貴とか呼ばれてたし。


 と、


 そこで俺は気がついた。


「あれ……」


 ソラさんも同時に気付いたらしい。その足が止まる。

 気絶していたはずの丸刈りの前科百犯の犯罪者、マカセ。

 あいつは気がついたのか、どこにもその姿が見当たらなかった。


「……いない……ですね」


「ええ。あら、あなたもしかして殺してないんですか」


 いやいや! そんなことできるわけないだろう元ひきこもりだぞ。俺は首を振った。

 それこそスナイパーなんかと異なり、考えてもみろ、

 いくら神様から幸運をもらったからといって、はい殺しますよなんてできるもんか。それがたとえ悪党でも。


***


「ということは……」


 ほとんど同時に、ソラさんは呟いた。

 それだけじゃない。俺を突き飛ばした。直後に銃声。

 ゴロゴロと転がる俺。壁に頭をぶつけて……ぎゃっ! 目の前に火花が散った。

 慌てて起き上がる。ちょっと待て、ということはこれ……


「ソラさん! あいたたた……」


「ん……言わんこっちゃないですねえ。あなた、ええと、エクスさんでしたかね。お怪我は」


「え、ええ。ありませんけど」


 「それはよかった」。ソラさんは淡々という。狙い撃たれてる状況なのにすごい冷静さだなこの人。

 感心するのもつかの間。いやいや! そんなこと考えてる暇じゃないぞ。うわわわ、撃ち殺されるかも。

 俺は慌てて駆け出そうとした。


「闇雲に走ったら、あなたから狙われますよ」


 ……駆け出そうとしたが、その足が止まる。え、マジで。

 無鉄砲な俺をそのまま引き連れて、彼女は素早く物陰に隠れた。そのまま片手でリボルバーの撃鉄を起こす。

 かちゃりという音が俺のすぐ隣で響くと、直後に路地裏中に響き渡る大声。


「おい聞こえてるか銀色のスナイパー!! その地味男共々殺してやるぞ! 隠れていないで出てこい!!」


 地味男…? 

 ああ俺のことか。


「あ、あのやろー。人の内臓を売ろうとしたり盾にしたりしやがって……」


「マカセの声じゃないですか。せめて、どこから撃ってきてるか分かればいいんですけどね……」


 ソラさんはぽつりと言う。

 なるほどそうだな。俺はわずかに隙間から顔を出したが、どこにいるのかさっぱりわからない。

 巧みに姿を隠しているし、しかし出て行ったらズドンとやられるのだろう。先ほどから考えても狙いは正確だ。

 直後に響いてくる足音。鉄階段を登るような、金属的な音が響く。ソラさんは顔を上げた。


「しまった……上を……。エクスさん、弾丸の雨を浴びたくなかったらせえので逃げましょう。せえの……っ!」


 ダンダン!! 再び銃声。

 うわああ死ぬッ!! 俺はソラさんに言われた通り……というか彼女と全力で走った。走って別の物陰に隠れる。

 路地裏。上を見上げればむき出しの錆びた階段が存在している。建物と建物をつなぐ渡り廊下も合わせると、蜘蛛の巣のように広がっていた。

 どうやらそのどこかにマカセが潜んでいるらしい。くそーんなこと言ったって姿が見えないと、しかも階段を移動しながら打ってくるんじゃ手におえんぞ。


 いや、


 俺は思考した。『姿が見えない』から厄介なんだ。

 それならば、


「……ソラさん、俺…」


 姿()()()()()()()()


「お、囮になります」


 そして、どんなに隠れていようとも『撃つ一瞬』は姿を表す。

 震える声で、俺はソラさんに提案した。


***


「お、おとり……? あなたがですか?」


「ええ、んであの丸刈りが一発撃つでしょう。その隙に横からカウンター決めてやってください。できますよね?」


「できますが……あなた本当にそれでいいんですか。一歩間違えば死にますよ。間違わなくとも死ぬかもしれない」


 ドンドンドン!!! 再び銃声。俺たちは走った。

 あぶねえかすったぞ!! だがどういうわけか……おう、3発も撃たれたというのに、致命傷には至らない。

 なぜかって?


「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、だって俺───」











「────────────運、いいですから」











***


 俺は路地裏の中央に走った。

 

「おい!! 丸刈り野郎!! 俺はここにいるぞ!! 撃てるもんなら撃ってみろ!!」


 丸刈りの声に負けないよう大声で言う。路地裏中に何重にも残響して響き、再び静寂が場を包む。

 怖い。怖すぎる。ソラさんの制止を振り切って目の前に飛び出したが、正直言って逃げ出したい。

 だって考えてもみろ、ついこの間まで一切合切引きこもりだったんだぞ。

 しかも自分で言うのもなんだが、俺はヘタレだ。ヘタレと臆病具合に関しては自信がある。


「はっはっはっは!!! 勇敢じゃねえか!! だが残念だったな!」


 現れた! マカセ、こちらに銃を向けている。

 今だソラさん!! 今!! と、そこで俺は驚愕する。物陰でソラさんが舌打ちするのが聞こえた。


「な……!! お前それ……」


 再びマカセを見る。


「一人が囮になって一人が撃ち殺す。ありがちすぎるんだよ! はーっはっはっはっは!!」


 大きな穴の空いた扉。

 おそらく適当なところから、蝶番を撃つことで壊して持ってきたのだろう。それを両側面に抱えており、

 端的に言うとマカセに隙がない。両側面から撃ち殺そうにも、金属のそれでがっちりと守られているのだから。

 かといって後ろには壁があるし、前から狙撃しようにも向こうが先に拳銃を向けているし……ソラさんが飛び出そうものならその瞬間に撃ち殺されるに決まっている。


 ど、どうする……?


「くっくっく……終わりだな」


「く、くそ……」


 引き金に手がかかるのが見えた。うわわわわわわやばいやばいやばい。

 ど、どうしようどうしようどうしよう。


「死ね!!」


 銃声。

 あ、死んだわ。

ありがとうございましたー

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