その14 狙撃手と剣姫4
……すご。
炎の剣か。あんなのとは斬り合ったことないな。
しかしまあ、一応手掛かりはわかったぞ。私は隣に座るソラに目をやる。彼女もこちらに視線を返し小さく頷いた。
ソラは立ち上がる。おおよそもうこの場にいるつもりはないのだろう。手掛かり自体は得ることができた。剣姫は炎の剣士だ。
「行くのか」
「ええ。出ましょう。これ以上ここにいて、向こうに顔を覚えられでもしたらことですし」
というわけで私もそれに続いた。欲を言えばまあ、もう少し観戦してみたいところであるが、私は用心棒だ。あるじが帰ると言ったらそれについていくまで。
もう一度闘技場を見やる。今度は剣姫が切り込んでいるところだ。当たり前であるが加減している。相手の剣士……クロウと言ったか。
彼女は彼女で巧みにその灼熱の斬撃を捌いていた。ある時は剣で、またある時は盾で。うまいな。小柄な体躯をうまく生かしてる。
「如月さん。出ますよ」
「ああ」
ガァン! 大きな音が響いた。おお、丸盾を弾き飛ばされたらしい。クロウは慌てて拾いに行こうとするものの、
うまくアイリスが回り込む。剣一本の格闘は苦手なのか、今度はクロウは切り込もうとしなかった。厳しい顔で背後の盾を見ている。
剣姫は一度自分の剣を……『フレアクイーン』を振った。
「勝負ありましたか。しかし、盾に頼っていてはいけませんよ……こうなってしまえば文字通り手も足も出ないじゃないですの。ええ?」
「くっ」
アイリスは盾を掴むと、弄ぶようにクロウに見せつける。
それを簡単に取れないように後方に投げ飛ばすと、一歩彼女に近づいた。
勝負あったな。
言わずともわかる。クロウの剣気がすうっと収束していくのが感じられたのだ。
案の定、彼女は頭を下げた。「ありがとうございました」 栗色の髪がふわりと揺れる。
背後からソラの声が飛ぶ。私は踵を返した。
異変に気付いたのは、その少し後だ。
「ではでは、ここからは『勉強料』ですわよ」
「え?」
剣姫は、まだ得物を納めない。
***
長い廊下を歩きかけていたが、まず聞こえてきたのはどよめきである。
ん……? 妙だな、なんか騒ぎ声がするぞ。次の真打ちがいるんだろうか。
それにしたっておかしい。そもそも真打ちが出てきたからなんで騒ぎになるんだ。私は足を止めた。
「…………」
「あら、どうかしました……?」
さらに話しかけようとするソラを、私は片手で制した。
明らかに闘技場の方から聞こえてくる。なんだろう、聞き取りにくいが、しかし確かに聞こえるのだ。歓声? 騒ぎ声?
否、
―――――――――――――『悲鳴』だ。
私は駆け出した。
再び廊下を進み、闘技場の扉を開く。少し前まで見ていた光景……『ではない』。
「な……。なにやってるんだ……あいつ……」
頭から血を流し、力なく倒れ伏すクロウ。そしてその目の前で剣を突き立てるアイリス。
クロウは痛そうに顔をしかめながらアイリスを見た。泥だらけのその顔は……頭だけではない。ところどころに打撲の後や、生々しい傷が見える。
どう考えても真っ当な稽古には見えない光景だった。呻きながら彼女が言う。「せ、先生……私はもう……」
「実戦じゃ『終わり』なんてありませんよぉ。ねえ? それに、」
「うっ! うぅぅ……!!」
「多少痛い方が勉強になるでしょう。おほほ、簡単に盾を取り落とした罰ですわ」
赤熱した刀身がクロウの首筋にあてがわれる。苦悶の表情を浮かべ、思わず彼女は悲鳴を上げた。
こ……これはもう稽古とは言えないぞ。そもそもあんなにボロボロになるまで打たせてどうするんだ。
私はあっけにとられながらその情景を見つめていた。するとそのときだ。奥の方からバタバタという足音。
振り返れば、ついさっき〝剣星〟と戦っていた……名前はなんだったっけ、ああそうそう、ガースか。彼が走ってくる。
「クロウ……!! 剣姫……あ、あの野郎……!!」
カチン。
小さな音ともにガースは背中の剣の鍔口を切った。
そのままアイリスを睨みながら駆け出そうとする。
「行くな!!」
思わず私は叫んだ。振り向く。
「あァ? ん? なんだお前?」
「御主じゃ敵わん。相手は〝真打ち〟だろう」
「うるせえ!! というか誰だ! 部外者はすっこんでろ!」
「ば……! 待て、おい!!」
私の忠告を無視して、ガースは駆け出す。
ほとんど無意識のうちに、私もその背中を追いかけていた。
***
「「如月!?」」
俺とセーラはほとんど同時に声を上げた。えっ、ちょっと待てなんであいつが。
いやいや、間違いなく剣姫を止めに入ろうとしたんだろう。クロウの友達っぽいあの少年剣士……ガースとともに。
というか、アイリスのやつやりすぎじゃないか!? これもう明らかに稽古の域を超えてる。どっちかというといじめじゃないか。
んで、
見かねた如月が飛び出したわけか。なるほどあいつならやりそうだ。というか絶対やると思ってた。うん。
いやいや! そんな冷静に分析してる状況じゃなかった。俺も行かなきゃ。どうも如月は無鉄砲すぎるきらいがあるんだ。
というわけで慌ててそちらに行こうとしたのだが、あれ……。
「ちょ、セーラさん! なにするんすか」
「待て、馬鹿行くな」
「ええい、離してくださいよ! そもそもあんたらの仲間が……」
ふわり、そこで俺の体が突然空中に浮く―――――のは一瞬。
ぎゃっ! 目の前に火花が散った。次の瞬間には俺は、腹から真下に落ち、闘技場の床に叩きつけられていたのである。
ぐおお、これは痛い。……と思う間も無く急に重みを感じる。
セーラは思いっきり俺を投げ飛ばした後、その腰に掛ける。首をひねって見上げようとする俺を見下ろした。「まあここで観戦して行けって。それより聞きたいことがある」
「はい? き、聞きたいこと……?」
「ああ。はは、とぼけんなよ。アイリスの何を嗅ぎ回ってやがんだ」
「!?」
げっ。
バレてた……普通に。さ、さすがソラさんの友達。彼女もだけどこの人も勘が鋭い。
やばいやばい、どうしよう。素直に言うべきか。いやいや、このタイミングで聞いてきたってことは間違いなくアイリス側……すなわち俺たちにとって都合が悪いわけで。
「馬鹿、そんなんじゃねーよ」
その思考を読んだかのようにセーラは言う。
すると次の瞬間、彼女は傍に置いていた自分の剣を……長剣『エリュシオン』を遠くに投げた。
手の届かない位置まで遠ざけると、え、まじで? 「ほら、これで信用できるだろ。丸腰だ」
「ほ、ほんとうに……?」
「そう言ってるだろうが。いや、アイリスを剣征会にスカウトするとき、妙な『噂』を聞いてよ」
「噂……? あ、もしかして孤児院が関係してたりします?」
「おお、よく知ってんな。あ、ちょっと待て、闘技場の処理が先だ」
そういってセーラは端末を取り出すと、どこかに連絡し始めた。
***
「あら、新手ですか」
「その子の友達だ! テメェ……格下にめちゃめちゃやりやがって」
さて、その一方。私は闘技場に足を踏み入れた。観戦席ではない、戦う場所にだ。
だがそこで足を止める。ガースは剣姫とクロウの間に割って入ったからだ。
息も絶え絶えなクロウを抱えると、大きく後退して剣姫と距離を取った。
「やりすぎだろ!いくらなんでも!謝れ!」
「謝れ?」
カチリ、
フランベルジュ『フレアクイーン』が軋む。まるで鎮座する番犬のように、紅蓮の剣は彼女の手の中にあった。
「お断りしますわ」その言葉を紡いだ瞬間、硬質な音が響く。ロングソードとフランベルジュが交錯し、接点から火花が散った。
「なら、無理やりにでも頭下げさせてやるよ!!」
「おほほ、イキがいいじゃないですか。そういう無鉄砲な剣士は――――――――嫌いじゃないですわよ……!!」




