表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/190

その14 狙撃手と剣姫4

 ……すご。

 炎の剣か。あんなのとは斬り合ったことないな。

 しかしまあ、一応手掛かりはわかったぞ。私は隣に座るソラに目をやる。彼女もこちらに視線を返し小さく頷いた。

 ソラは立ち上がる。おおよそもうこの場にいるつもりはないのだろう。手掛かり自体は得ることができた。剣姫は炎の剣士だ。


「行くのか」


「ええ。出ましょう。これ以上ここにいて、向こうに顔を覚えられでもしたらことですし」


 というわけで私もそれに続いた。欲を言えばまあ、もう少し観戦してみたいところであるが、私は用心棒だ。あるじが帰ると言ったらそれについていくまで。

 もう一度闘技場を見やる。今度は剣姫が切り込んでいるところだ。当たり前であるが加減している。相手の剣士……クロウと言ったか。

 彼女は彼女で巧みにその灼熱の斬撃を捌いていた。ある時は剣で、またある時は盾で。うまいな。小柄な体躯をうまく生かしてる。


「如月さん。出ますよ」


「ああ」


 ガァン! 大きな音が響いた。おお、丸盾を弾き飛ばされたらしい。クロウは慌てて拾いに行こうとするものの、

 うまくアイリスが回り込む。剣一本の格闘は苦手なのか、今度はクロウは切り込もうとしなかった。厳しい顔で背後の盾を見ている。

 剣姫は一度自分の剣を……『フレアクイーン』を振った。


「勝負ありましたか。しかし、盾に頼っていてはいけませんよ……こうなってしまえば文字通り手も足も出ないじゃないですの。ええ?」


「くっ」


 アイリスは盾を掴むと、弄ぶようにクロウに見せつける。

 それを簡単に取れないように後方に投げ飛ばすと、一歩彼女に近づいた。


 勝負あったな。

 言わずともわかる。クロウの剣気がすうっと収束していくのが感じられたのだ。

 案の定、彼女は頭を下げた。「ありがとうございました」 栗色の髪がふわりと揺れる。

 背後からソラの声が飛ぶ。私は踵を返した。


 異変に気付いたのは、その少し後だ。


「ではでは、ここからは『勉強料』ですわよ」


「え?」


 剣姫は、まだ得物を納めない。


***


 長い廊下を歩きかけていたが、まず聞こえてきたのはどよめきである。

 ん……? 妙だな、なんか騒ぎ声がするぞ。次の真打ちがいるんだろうか。

 それにしたっておかしい。そもそも真打ちが出てきたからなんで騒ぎになるんだ。私は足を止めた。


「…………」


「あら、どうかしました……?」


 さらに話しかけようとするソラを、私は片手で制した。

 明らかに闘技場の方から聞こえてくる。なんだろう、聞き取りにくいが、しかし確かに聞こえるのだ。歓声? 騒ぎ声?


 否、






 ―――――――――――――『悲鳴』だ。






 私は駆け出した。

 再び廊下を進み、闘技場の扉を開く。少し前まで見ていた光景……『ではない』。


「な……。なにやってるんだ……あいつ……」


 頭から血を流し、力なく倒れ伏すクロウ。そしてその目の前で剣を突き立てるアイリス。

 クロウは痛そうに顔をしかめながらアイリスを見た。泥だらけのその顔は……頭だけではない。ところどころに打撲の後や、生々しい傷が見える。

 どう考えても真っ当な稽古には見えない光景だった。呻きながら彼女が言う。「せ、先生……私はもう……」


「実戦じゃ『終わり』なんてありませんよぉ。ねえ? それに、」


「うっ! うぅぅ……!!」


()()()()()()勉強になるでしょう。おほほ、簡単に盾を取り落とした罰ですわ」


 赤熱した刀身がクロウの首筋にあてがわれる。苦悶の表情を浮かべ、思わず彼女は悲鳴を上げた。

 こ……これはもう稽古とは言えないぞ。そもそもあんなにボロボロになるまで打たせてどうするんだ。

 私はあっけにとられながらその情景を見つめていた。するとそのときだ。奥の方からバタバタという足音。

 振り返れば、ついさっき〝剣星〟と戦っていた……名前はなんだったっけ、ああそうそう、ガースか。彼が走ってくる。


「クロウ……!! 剣姫……あ、あの野郎……!!」


 カチン。

 小さな音ともにガースは背中の剣の鍔口を切った。

 そのままアイリスを睨みながら駆け出そうとする。


「行くな!!」


 思わず私は叫んだ。振り向く。


「あァ? ん? なんだお前?」


「御主じゃ敵わん。相手は〝真打ち〟だろう」


「うるせえ!! というか誰だ! 部外者はすっこんでろ!」


「ば……! 待て、おい!!」


 私の忠告を無視して、ガースは駆け出す。

 ほとんど無意識のうちに、私もその背中を追いかけていた。


***


「「如月!?」」


 俺とセーラはほとんど同時に声を上げた。えっ、ちょっと待てなんであいつが。

 いやいや、間違いなく剣姫を止めに入ろうとしたんだろう。クロウの友達っぽいあの少年剣士……ガースとともに。

 というか、アイリスのやつやりすぎじゃないか!? これもう明らかに稽古の域を超えてる。どっちかというといじめじゃないか。


 んで、

 見かねた如月が飛び出したわけか。なるほどあいつならやりそうだ。というか絶対やると思ってた。うん。

 いやいや! そんな冷静に分析してる状況じゃなかった。俺も行かなきゃ。どうも如月あいつは無鉄砲すぎるきらいがあるんだ。

 というわけで慌ててそちらに行こうとしたのだが、あれ……。


「ちょ、セーラさん! なにするんすか」


「待て、馬鹿行くな」


「ええい、離してくださいよ! そもそもあんたらの仲間が……」


 ふわり、そこで俺の体が突然空中に浮く―――――のは一瞬。

 ぎゃっ! 目の前に火花が散った。次の瞬間には俺は、腹から真下に落ち、闘技場の床に叩きつけられていたのである。

 ぐおお、これは痛い。……と思う間も無く急に重みを感じる。

 セーラは思いっきり俺を投げ飛ばした後、その腰に掛ける。首をひねって見上げようとする俺を見下ろした。「まあここで観戦して行けって。それより聞きたいことがある」


「はい? き、聞きたいこと……?」


「ああ。はは、とぼけんなよ。アイリスの何を嗅ぎ回ってやがんだ」


「!?」


 げっ。

 バレてた……普通に。さ、さすがソラさんの友達。彼女もだけどこの人も勘が鋭い。

 やばいやばい、どうしよう。素直に言うべきか。いやいや、このタイミングで聞いてきたってことは間違いなくアイリス側……すなわち俺たちにとって都合が悪いわけで。


「馬鹿、そんなんじゃねーよ」


 その思考を読んだかのようにセーラは言う。

 すると次の瞬間、彼女は傍に置いていた自分の剣を……長剣『エリュシオン』を遠くに投げた。

 手の届かない位置まで遠ざけると、え、まじで? 「ほら、これで信用できるだろ。丸腰だ」


「ほ、ほんとうに……?」


「そう言ってるだろうが。いや、アイリスを剣征会にスカウトするとき、妙な『噂』を聞いてよ」


「噂……? あ、もしかして孤児院が関係してたりします?」


「おお、よく知ってんな。あ、ちょっと待て、闘技場むこうの処理が先だ」


 そういってセーラは端末を取り出すと、どこかに連絡し始めた。


***


「あら、新手ですか」


「その子の友達だ! テメェ……格下にめちゃめちゃやりやがって」


 さて、その一方。私は闘技場に足を踏み入れた。観戦席ではない、戦う場所にだ。

 だがそこで足を止める。ガースは剣姫とクロウの間に割って入ったからだ。

 息も絶え絶えなクロウを抱えると、大きく後退して剣姫と距離を取った。


「やりすぎだろ!いくらなんでも!謝れ!」


「謝れ?」


 カチリ、

 フランベルジュ『フレアクイーン』が軋む。まるで鎮座する番犬のように、紅蓮の剣は彼女の手の中にあった。

 「お断りしますわ」その言葉を紡いだ瞬間、硬質な音が響く。ロングソードとフランベルジュが交錯し、接点から火花が散った。


「なら、無理やりにでも頭下げさせてやるよ!!」


「おほほ、イキがいいじゃないですか。そういう無鉄砲な剣士は――――――――嫌いじゃないですわよ……!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ