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その12 狙撃手と剣姫2

 というか、こいつら正気か。私は思う。()()()()()()()なんて、稽古も何にもないだろう。一歩間違えば大怪我……

 とそこまで考えた時であった。ソラが隅を指差す。ん? そちらを見てみると、『手練は『刃抜き』の魔導を掛けること』という張り紙が為されていた。

 なるほど、ちゃんと斬れないようにしているわけか。それならまあ、分からなくもない。というわけで私は再び試合に注釈した。


 〝剣星〟。

 相対する金剛石の剣士は、名前をおぼろ 月夜つきよというらしい。他の観戦者の言葉で明らかになる。

 朧は特に構えらしい構えは見せていなかった。当然ながら精霊を『覚醒』させることも行っていない。自然体でゆったりと立っている。

 対してもう一人の少年剣士。ロングソードを大上段に構える。互いに にらみ合ったまま一歩も動かなかった。


「牽制しあってるんだ」


「牽制?」


 ソラが聞き返す。銃術と剣術の一番の違いは、互いに近づかなければならないこと。

 この『近づく』という行為は、実のところ斬り合いにおいて最重要と言っても過言ではないかもしれない。

 接近に成功すれば相手を斬り伏せることができるし、その後も戦いを優位に進めることができる。しかし失敗してしまえば、

 ()()()()()斬られることになる。

 その線引き、すなわち斬られないよう、かつ相手を斬ることができるよう、剣の間合いに飛び込む範囲の見極め方。一見単純に見えるが、実際にやってみればどれほど困難か分かる。


「ほう、では」


 ソラは足を組んだ。


「最初に動いた方が負けると」


 まだ二人の剣士はにらみ合っていた。

 少年は大上段に掲げた剣の切っ先を小刻みに揺らす。対して朧は、それこそ虚空に霞む月のように微動だにしなかった。

 構えらしい構えも見せていない。もしも素人が相手ならば容易に切り込みたくなるような立ち姿だ。切り込んで、そしてカウンターで斬り伏せられる。


「どうかな」


 刀を傍に置く。


「あの少年の剣士も、それを許すほど未熟なようには見えんが」


***


「……なあ、ガース。いつまでそうしてるつもりだ。このままじゃ日が暮れるぞ」


 朧は薄く笑いながら口を開く。

 なるほどあの少年剣士、ガースというのか。


「っ!? てめぇこそ! ビビってんのかい。言っとくが俺は力に自信があるんだ! 村でも一番の怪力だったし、縦に並べた木剣を七つ両断できるんだぜ!」


「ほう、それはすごい。しかし、当てないと意味がないぞ。それとも……こちらから行こうか」


 言うやいなや朧がわずかにつま先に体重をかけるのが見えた。「動くぞ……」私はソラに言う。

 私たちだけではない。数少ない観客の、その全員が息を飲むのがわかる。

 ほどなくして―――――朧は走った。剣装をはためかせながら、静体から動体へシフトする。


「うおっ!?」


 慌てたのはガースの方であった。そりゃあそうだろう、()()()()()()()突っ込んできたのだから。

 『力型の剣士』が『大上段に剣を構えている』にも関わらず、『その剣の下に』飛び込んでくる。自殺行為だ。


「う、おりゃあああ!」


 案の定、ガースは剣を振り下ろしにかかった。重たい風を切る音が響く。すごいな、小柄な体に見合わない怪力だ。

 直線的な斬撃は、まっすぐ朧の脳天に振り下ろされようとした。


 いや、


「!?」


 いない。

 ロングソードの剣先が動いた時にはもう、その真下に接近していたはずの朧がいなかった。


「青いな」

「馬鹿正直に突っ込むわけなかろう」


 ヒュッ

 回転とともに足を裁く朧は、その瞬間にはもうガースの左半身にいた。

 金剛石の刀が宙を舞う。ところが、その煌びやかな剣閃は、中途で切り返したロングソードの腹に止められた。

 全力で振り下ろしていたのなら明らかに間に合わない軌道だ。ガキン! という音ののちに、互いの剣がこすれ合う音が響く。


「悪いな月夜先生。俺だってそのくらいは予想できるさ」


 受け太刀したその瞬間、

 ガースの左手が柄尻に伸ばされる。


「『覚醒』―――――――――――――行け!! 〝シルフィード〟! 目潰しだ!」


 バタバタバタ! と突如として周囲に突風が吹き荒れる。

 ソラは暴れる前髪を抑え、おっとっと、私もはためく羽織の裾を抑えた。

 どっかの誰かの帽子が宙を舞っている。それが地面に落ちる頃、朧とガース、二人の足元から砂塵が吹き上がった。


「っ」


 砂煙が朧に殺到する。たまらず片手で目を覆いのけぞる。

 そのまま数度後ろにたたらを踏んでしまった。「しめた!」 ガースが再び剣を構え、今度は自分から朧に突進する。


「先生ごめんよ! これで……終わりだっ」


 そして、

 体勢を崩す朧の横っ腹に、ロングソードの剣身が――――


***


 〝剣星〟おぼろとその部下、ガース。

 お互い接近してからの攻防は、まさしく一瞬であった。

 目潰しを起こし視界を奪った朧の脇腹に、ロングソードの斬撃がせまる。いくら刃抜きしているとはいえ、まともに当たってしまえばもう動けないだろう。

 勝負あったか。私は観戦しながら思う。しかし、それと同時に違和感を覚えていた。


 言うまでもなく、あの女、『真打ち』であろう。先ほどの顔合わせで確かに参加していたのだから間違いない。

 そしてソラが言っていた、真打ちに課せられる掟『刃の十戒』。その三つ目。


  《真打ちは平等であること》


 すなわち、()()()()()()()()()()()ということだ。

 剣将セーラが発していた剣気を、私は未だに忘れることができない。しかし目の前のあの真打ちはどうだ。

 強大な剣気を発するどころか、遅れをとっているではないか。


 そこまで考えた時だった。

 わずかなどよめきが聞こえる。私はそこで我に返った。朧がロングソードの一撃を躱したのだ。


「な……!」


 ()()()避けた。

 わざわざ避けにくいように放った角度をつけた横薙ぎに、正確に刀の峰を合わせて反らせる。

 軌道を変えられて行き場を失ったロングソードは、朧の腹ではなく虚空を凪いだ。


「なにぃ!? くっ!」


 さらに返す刀で首元を狙うガース。今度は最小の動きで状態を引くと、間髪入れずにカウンターの刺突を放った。

 「うわっ!」 ガースの首元に、その切っ先が直撃。真剣であれば(刃抜きしていなければ)間違いなく致命傷になりえたであろう一撃だ。

 ところがガースはすぐさま立ち上がった。痛そうに顔をしかめながら、また剣を構え直す。


「くそー……目潰しを確かにまともに」


 その眼前で、刺突の体勢からゆっくりと刀を引く。


「ああ。食らった。だがな、お前は視覚に頼りすぎだ」


「なに……?」


 朧はゴシゴシと片方の手で両目をこする。まだ砂が取れず視界が霞んで見えるのだろう。半眼で相手を見つめている。

 驚いたな。思わず見入ってしまった。隣でソラが訝しんでいるのがわかる。


「あれは……『見切り』だ」


「見切り……?」


「ああ。そうだな……えいっ」


 私が拳を振りかぶると、ソラは首をすくめて片手を上げる。


「それだ。今やったその動作のこと」


「……はい?」


 攻撃が来るより先に、その動作に応じて防御、回避すること。あるいはその動作。

 その挙動を『相手の攻撃を予測して』行うことを、ハオルチア大陸の剣術において見切りという。


「予備動作や相手の視線、いろいろな手がかりがあるからな。それである程度動きを計ることができる。

 剣齧ってる人間にとっちゃ基本だな。ほとんど無意識のうちにやってることだ」


 私が拳を引き、腕を組み直すと、ソラは上げていた手を下ろした。

 「なるほど……」 納得した様子で数回頷く。


 と、次の瞬間。


 ガチャ カチッ


「こういうことですか」


 ソラが内ポケットから使い古したリボルバーを引き抜くと、私の胸元に突きつけようとする。

 もっともその動作は成らなかった。中途半端に停止する。

 ()()()()()()私の刀の、わずかに見える刃。それがソラの手首に当てられていたからだ。 

 彼女が銃のグリップを握るのと、ほとんど同時であった。


「……な、ほとんど勝手に反応するだろ」


 というか私たちは二人でなにやってるんだいったい。やめだやめ。こんなことしてると運転手に怒られるぞ。

 キン、再び刀から手を離す。とはいえ今ので分かっただろう。そう、見切りなんてものは基本動作。


 しかし、

 その『見切り』という技術を()()()()()()()()()とどうなるか。

 話を試合に戻そう。


「なんで……どうして一撃も当たらないんだ……」


 ガースは肩で息をしていた。先ほどから畳み掛けるような斬撃は、すべて相手に躱されてしまっているらしい。


「言っただろう。目で見るな、と。それだと、目潰しを食らうとすぐやられてしまうぞ」


 朧は両目をこすりながら言う。

 ようやっと周りが見えるようになったのだろう。数度瞬きすると、今度は彼女が―――この場に来て初めて構えを見せた。


「まあいい、さて、実地教育は済んだな。今度はこちらの番だ」


 「『覚醒』まで使いこなすとは見事。風の精霊だろう」

 朧はいう。なるほど、砂塵を起こしたのは足元に突風を叩きつけたからか。風の精霊というと、飛空船を操作していたあの少年を思い出すが。

 どうやら一重に『風を操る』といっても、その実様々な精霊がいるらしい。


 それはいいとして、

 朧の構えが妙だった。多くの剣術と戦ってきた私でも、おおよそ見たことがない。

 正眼、八相、大上段、そのどれでもなかった。抜いた刀身を()()()()()、そのまま腰を落としている。

 正面から見れば刀が背中に隠れてしまって見えないだろう。まるで得物を背負っているかのようだ。


「それは……」


 ほう、と朧は薄く笑う。


「知ってるのか。それなら話が早い。ああ、見せてやるとも、お前も剣征会で上を目指すなら、この一太刀捌いてみろ」


 それくらいできないと、〝真打ち〟にはなれんぞ。

 挑発ともとれる言葉に、ガースはけっと舌打ちした。


「おお! やってやらあ!! 俺はなあ、何が何でも〝真打ち〟にならなきゃならねえんだ!! う……おおおおおぉぉぉぉぉぉおお!!」


 咆哮とともに、ガースは駆け出した。

 その姿を見て朧はわずかに視線を下げる。笑っているのだ、あれは。それも、どこか優しげな笑みで。

 ところが、再び顔を上げて相手を目視した時にはもう、その表情から笑みが消えていた。


「いいだろ」


 〝剣星〟とガース。

 互いの距離が急激に縮む。

 ロングソードが振りかぶられ、烈風が闘技場一帯を吹き抜けてもまだ、朧の背負った刀は動かなかった。


 金剛が煌めいたのは、切っ先が肌に触れるその一瞬――


「筋はいいんだ。だが、……出直してこい」
















   ―――――――――無明の剣  『    流       星    』
















 それこそ、砕いたダイヤモンドを風にしたような斬撃の痕跡。

 それが私の目に飛び込んで来る頃には、ガースは得物を取り落とし、膝をついていた。

【祝】二十万字突破


ありがとうございましたー!

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