その11 狙撃手と剣姫
「ふむ、依頼者から聞いてましたが、まさか本当に〝真打ち〟と裏で繋がっているとは思いませんでした」
ソラさんは銃を解体しながらつぶやいた。その様子はどこか忌々しげで。
そりゃあそうか。だって本当なら今頃依頼を達成できていたはずだったのだが。
よりによってすぐそばにむちゃくちゃ強い剣士がいるんだもんなあ。
狙撃を行う上で対象とその周囲を観察しなければならないことは鉄則だそうで、なるべく相手が一人の時に撃ち殺すのがいいらしい。まあそうだよな。
側近が武芸者の場合は、その素性を調べよ。こうも言われている。連中が普通の剣士ではなく、精霊使いだからこそ厄介なのだ。
例えば、こちらを逆探知して一気に攻めてきたりとか……こわ、でもセーラのデタラメな戦闘力を考えれば、十分有り得そうに思える。
「しかし……剣征会のどの辺が絡んでるんだろう。まさかセーラも?」
「いえ、その可能性は低いでしょう。〝真打ち〟は七人平等、かつ独立していると聞きました」
如月の問いかけにソラさんは答える。完全にライフルを解体してケースにしまうと、布を払って立ち上がった。
そういえば、セーラが言っていたな。そう、真打ちが守るべき十の掟『刃の十戒』。その第三項。
《真打ちは平等である》
「つまり、あのドレスの剣士単体で絡んでいるということになります」
依頼者の言う通りだ。
最も厄介なことは、この点。すなわちデーモアは護衛に剣征会の真打ちを雇っているということ。
第二振り、〝剣姫〟アイリス・アイゼンバーン。
俺はもう一度双眼鏡を見た。また何事かを話している、ドレス姿金髪の剣客。ん……? 剣客という割には得物を持ってないな。このあいだの顔合わせの時はバッチリ携帯してたのに。
まあいいや。それでも面倒なことには変わりない。
「さて、」
「どうしましょうかねえ」
ソラさんは呟くように言った。
***
「セーラさん! セーラさん! あれ、いないのかな」
つーわけで俺たちはまた剣征会の敷居をまたいでいた。いや、正確には『俺たち』じゃなくて『俺は』か。
剣姫が頑張っていて正面から突破できない以上、外堀を埋めていくしかないだろう。情報収集ってわけだな。
ソラさんと如月も同様。彼女らは剣姫本人を、そして俺はその周りを、というわけである。戦い方や性格、使役する精霊の種類まで知ってしまおうというわけだ。
俺は『剣将』と書かれた扉の前にいた。
ところが、何度呼びかけてもノックしても出やしない。
ダメ元でノブをひねってみるが、やっぱり開かなかった。ん? あれ、この扉よく見たら鍵穴が……
「あ、それ」
「!?」
うお、びっくりした。
いきなり声をかけられて俺は振り返る。そこにいたのは、ん……? 如月くらいの女の子だ。
道着のような衣装に茶の外套、すなわち剣征会の制服である剣装を身につけている。波打った栗色の髪が、大きな瞳によく似合っていた。
「剣石をはめないと開かないんです。ほらそこ……」
鍵穴が、なにか丸いものをはめ込むような形状となっている。
ああ、そうなのか。つーことは今セーラはここにはいないわけね。
「セーラ先生に何かご用ですか? あ、申し遅れました。私剣征会の剣姫隊に所属している、クロウと申します。どうぞよろしく」
少女は……クロウというのか。ぺこりとお辞儀する。
その後腰には一振りのサーベルと小さな丸盾が釣られている。
「あ、こ、こちらこそ。エクスです。ええと、セーラさんの友達の友達です」
すると、クロウがガバッと顔を上げた。
「というと、『銀色のスナイパー』のお仲間さんで……!?」
「え、ええまあ。運転手みたいなもんですけど。って、ちょっと待った、あんた銀色のスナイパーを知ってんのか?」
「知ってるもなにも!」
話はセーラ先生から聞きました!
クロウは言った。それからまあ俺に話し始める。
とうとうと述べられるその文句は……うん、ソラさんがまじかで聞いてたらきっと頬を赤らめて俯いてしまうに違いない。
歯の浮くような誉めちぎりであった。いやいや、さすがに弾丸一つで100人の空賊を落としたとかいう話は疑おうよクロウさん……。
って、そんなことはどうでもいい。
今俺の目の前の剣士は『剣姫』隊と言ったな。
「あの」
「? はい?」
「あんた、剣姫の……アイリス・アイゼンバーンって人の部下?」
「ええ……アイリス先生は私の直属の上司ですけど。これから剣の稽古を付けてもらうので、その許可証をセーラ先生に貰おうと……」
剣の稽古!?
ってことは……
「クロウさん。あんた許可証貰うのに何分かかってるんですか。ほれ、早くいたしなさい。わたくしも暇じゃ……」
俺の背後から響く声。クロウがあっと声を上げてお辞儀するのが見える。
振り返る。そこには赤色のドレスに……剣装である燃えるような真紅の外套。
「あ、アイリス……さん」
「あら、あんたなんですの。あ、そうそう、剣将の幼馴染とかいう……そのお仲間ですわね」
なんてこった!?
ソラさんじゃなくて俺の方が先に剣姫と会っちまった!!?
***
さてさて、
運転手は今頃セーラと話してるんだろうか。それならそれでこっちもやることをやらねば。
というわけで私とソラは剣征会の本部を歩き回っていた。無論『剣姫』を探すためだ。
その情報収集。もっと言うとどんな人間なのか観察することが重要であるらしく。
「いいですか。如月さん」
ソラは繰り返した。「分かってるよ」 私は面倒臭そうに言う。
「剣姫と手合わせしてみようなんて考えないように。向こうの動向を探るどころか、こっちの癖を渡すことになってしまうのですから」
だとさ。どうもよっぽど信用ないみたいだな。ソラは発揮から何度も私に確認してくる。
……いや、まあ残念といえば残念だ。そういえば『主』の時もそうだったが、やっぱり私も剣士の端くれ。
強者と剣を合わせてみたいに決まっている。というかあわよくば打ち合ってみようかとも思っていたのだが、
どうやらソラには見抜かれてしまっていたらしい。さすが、いつも思うことだが、本当に機転が効くし勘が鋭いのだ。
しかし、
「いないな」
「……いないですね」
いない。
そもそも本部、人員に比べて広くないか!? 行ったり来たりしながら私たちはまだ剣姫に会えずにいた。
途中何人かすれ違った真打ちの部下(?)らしき者たちに尋ねてみるが、彼らも把握していないそうな。片っ端から尋ねてみるが、一向にその姿が見えず。
「あ」
とその時だ。ソラが何事かを見つけて小さく声を上げる。
「向こうに練習場があるらしいですよ。行ってみましょうか」
***
第三闘技場。
全部で四つの闘技場が、剣征会には備えられているらしい。それぞれ地形や広さが微妙に異なっており、実際の戦闘を想定して訓練できるとか。
私たちが足を運んだのはその三つ目。幾つかの障害物が置いてあるだけの、最も特徴のない闘技場である。
「ん……?」
やはり『剣姫』はいないな。
そんなことを考えながら長い廊下を抜けると、しかし先客があった。
ソラも彼女を見て足を止める。
私たちの眼前。
まさしく闘技場のちょうど中央で得物を構える一人の剣客。
「どうした」
「……いつでもかかってきていいぞ」
私より少し年上であろう。すなわち二十に届くか届かないか。中肉中背の一人の女。
艶のある白髪を腰ほどまで伸ばし、時折換気口から吹く風になびかせている。
真新しい茶の剣装に身を包み、その裾も同様に揺れていた。それだけではない。私が注目したのは彼女の容姿ではなく、その得物。
刀、だった。
剣ではない。ハオルチアの西側で広く用いられている、大方今まであった刀剣使いが好んで使用していた長剣の類ではなく、目の前の剣士が持っているのは極東の刀だった。
私が今腰に差しているこの愛刀『疾風』と同じような代物だ。もっともその造りはひと味もふた味も異なっているようだが。
なにより素材からして異なっている。『疾風』は玉鋼という、砂鉄を用いた鉱石を使っている。ところがあの刀は……
「……ダイアモンド、でしょうか」
ソラが小さく言った。そう、間違いない。金剛石を含んだ合金だ。
抜き放たれたその刀身は天井の照明を受けて、煌びやかな輝きを見せていた。透き通るような半透明の刀身に、ところどころキラキラと粉が吹いたように輝いている。
美術的な美しさが、その刀にはあった。まるで夜空の星々を思わせる輝きは、おおよそこの場にはふさわしくない。戦いに用いられるよりかは、権力と力の象徴としてどこかに飾られておくか、
あるいは酔狂な宝石コレクターの手元にでもあったほうがいいのではないか。そんな印象を与える。
そして、その女剣士と対峙するもう一人。
黒曜石のような瞳が見つめる先には、これまた得物を縦向きに構える剣士がいた。今度は私より少し年下と思われる、茶の短髪を逆立てた少年である。
「よおし、見てろよ!! 絶対負かしてやるからな! 俺が勝ったら〝剣星〟の異名は貰うっ!!」
気合を入れながら少年は得物を抜刀した。こちらは刀ではなく剣だ。ロングソードという奴であろうか。
数度感触を確認するように振り回す。小柄な彼だが、ふむ、筋力はそれに見合わない、高いものを持っているらしかった。
「せっかくですし、観戦していきましょうか」
「ああ、そうだな」
私は同意した。
なによりあの女剣士。見覚えがあるぞ。そう、先ほどの顔合わせ。その最中にいたではないか。
なにより、『宝石』を埋め込んだ剣。セーラが言っていた。『連中は象徴となる宝石を組み込んだ得物を使う』と。
――――――ダイアモンド。
すなわち、〝真打ち〟。
剣姫とは別の人物だが、まあいい。手がかりの一つになるかもしれない。
その剣技、みせてもらおうじゃないか。私とソラは手近な椅子に腰を下ろした。周りを見てみると他にも何人か観戦者がいるようだ。
ありがとうごぞいましたー!