その10 狙撃手と剣征会2
・刃の十戒
真打ちは強者であること
真打ちは孤高であること
真打ちは平等であること
真打ちは七振りであること
真打ちは剣石を身につけよ
真打ちは全てを多数決に委ねること
真打ちは多数決を拒否してはならない
真打ちは決定に忠実であること
真打ちは丸腰の者に剣を向けてはならない
真打ち同士が決闘を行った場合、敗者は勝者に服従しなければならない
「ねえ、その話いつ頃終わるんですの?」
と、そこでまた横から口を挟む人物。
先ほどの東方出身と思われる剣士の隣に座っている、若い女性であった。
「え?」
「いやあ、退屈じゃありませんか。ねえ皆さん。そもそも、そういう歴史を聞きにここに集まったんじゃないんですのよ。私たちもやることがありますから」
そうだそうだ。さっさと終わろうぜ。そんな言葉が飛び交い始めた。
ありゃりゃ、なんつーか不穏な空気になってきたぞ。
ちらほらと出始めた文句の方が大きな声となり、やがて席を立ち始める。
「ちょ、ちょっと待てよ。おいお前らまだ……」
「いいじゃねぇか! 顔ならもう見たよ。は、ロクなのがいねえなあしかし」
「私もパス」
「………………帰る」
ほぼ全員が席を立ち始める。
こうして、第一回の顔合わせ? は、本当に顔を合わせただけで終了となってしまった。
***
「ねえセーラさん、本当に大丈夫なんですか?」
というわけで会議室に残ったのは俺たち三人とセーラ一人。
すげえな。なんつーか見事に空振りだった。
真打ちは六人といったが、全員が全員協調性も何にもあったもんじゃないじゃないか。
セーラさん曰くいろいろ話し合うことがあったらしいのだが、全部おじゃんだな。
「まあ大丈夫だろ。一癖も二癖もある連中なのは分かってることだ」
セーラはテーブルに座って足をブラブラさせていた。
「ただまあ、こいつを渡すつもりだったんだがなあ」そう言いながらポケットから何かを取り出す。
それはペンダントだった。ちょうど俺が身につけてる『神剣』のようなので。
「『剣石』。そんままだろ。代々〝真打ち〟が身につけるべき、まあ剣征会のトップの証みたいなもんだ」
それは宝石だった。銀色の複雑な装飾のちょうど中央に、それぞれ宝石がはめられている。
ルビー、サファイア、エメラルド、ダイヤモンド、ガーネット、アメシスト、そしてオリハルコン。
そのうちの一つ、オリハルコンのペンダントをセーラは身につける。胸元に薄いオレンジ色の玉が光った。
「まあ、残りはいつか取りに来てくれるだろ。ちなみに、〝真打ち〟は剣石に対応した得物を持ってんだぜ。
エレメンタリアに凄腕の鍛冶屋が一人いてよ。そいつに打ってもらえるんだ」
なるほど、例えばセーラの場合はオリハルコンの剣『エリュシオン』と。
ところが彼女は首を振った。
「エリュシオンの場合は違うよ。そもそもオリハルコンを「打つ」ことなんてできるかい」
あーあ、見回りにでも行くかぁ。
そういってセーラは立ち上がる。それを皮切りに、ソラさんもまた言った。「私たちもお暇しましょうか」
***
さてさて、
あれからセーラ達と別れてから、俺たちも俺たちで街を散策してみることにした。
なんというか今までの国とはひとまわりもふたまわりも異なっている。ほとんど動力源魔導も存在するが、それ以上に精霊の存在が色濃い。
例えば火一つ沸かすにしても、『炎』の精霊の力を借りていたり、風車を動かすにしても『風』の精霊の力を借りていたり。
例えば今ここでウェイトレスが持ってきたコーヒーやパフェだって、なにか精霊によって作られたのかも……。
「これからどうするんだ、ソラ」
如月は言う。
そう、俺たちは例によって喫茶店の隅の席に座り今後のことを話していた。いつも新しい国に来たら行う慣習のようなものだ。
うちの用心棒は注文したお茶に口をつけると、顔をしかめる。「……まず」
「実を言うと、依頼が一件入ってるんですよ。ねえエクスさん」
「え? あ、……ああほんとだ。えっと……なんだこりゃ」
「ええ。もうじきいらっしゃるんじゃないでしょうか」
ソラさんはそういってパフェの天頂のさくらんぼを口に含んだ。
俺は端末を操作する。依頼者の情報がソラさんの本機を通じて共有されるのだ。
『グレビリア孤児院 副院長』。
その下に追伸で、『剣征会二振り目、〝剣姫〟に抗うもの』とあった。
***
「………あれか」
『グレビリア孤児院』。
古風な建物だった。二階建てで、くすんだレンガは相当な年季を思わせる。相当昔からここに立地しているんだろうな。
ソラさんはライフルのスコープを調節しながら、依頼者の写真を見る。初老くらいの、やり手の経営者を思わせる男性。それがターゲットだった。
「しかしな、『奴隷』か。本当にあるんだな」
俺の隣で如月が呟く。小さな独り言だったが、いかんせん距離が近いため容易に聞き取ることができた。
今俺たちは孤児院から遠く離れた丘、その茂みの中に隠れている。保護色になる布を頭から引っ被っているため、まあパッと見ただけじゃまずわからない。
まあそれはいいとして、そう、『奴隷』である。
俺は数日前の依頼者の話を思い出した。ちょうど喫茶店で依頼を聞いたときのことだ。モノクルをかけた、スーツ姿の紳士服の男性。
おおよそ虫も殺しそうにない優しげな風貌のこの人は、その見た目の通り。孤児院の副院長だという。赤色のステッキが印象的だ。きっと子供たちに好かれそうだなあ。
「大変お心苦しいのですが……。銀色のスナイパー、手を貸していただきたい」
紳士は俺たちに名刺を差し出した。なるほどサラというのか。
「何度もなんども穏便に解決しようと思ったのですが、ええ、もう我慢の限界です。
このままでは何より、子供たちがかわいそうで……。デーモアは……あ、院長のことです。彼は人間とは思えません」
内容を話すと、うめくような声でサラは言う。
うーむ、全くその通りだ。今双眼鏡で見ているこの屋敷。そのどこかにデーモア・リビングストン、すなわち俺たちのターゲットであるグレビリア孤児院の院長がいるのだろう。
孤児を奴隷として闇ギルドに売っている、人間の形をした悪魔が。
「そんなことが、本当にある話なのか」
如月が言う。使い慣れない望遠鏡の操作に四苦八苦していた。違う違うピントはこっちで合わせるんだよ。そうそうそこのつまみだ。
「ない話じゃないでしょうね。人身売買は闇ギルドの十八番ですから。孤児なら特にね」
エレメンタリアは……そう、例えばゼータポリスなんかと異なり、文明が超高度でない分人民が完全にデータ化されていない。
いうなればザルだ。戸籍のない人間がどのような扱いをされるのか、そもそも奴隷として買われてどうなるのか。想像しようとして俺はやめた。
「孤児院の長」
「闇ギルドとつながっているのなら、これほど動きやすいことはないでしょうね。特に規模が小さく辺境の地にあるなら、自警団や大陸警察の目も欺きやすいでしょうし」
なによりデーモアは『表向きは』非常に温厚で、子供思い。孤児からもしたわれている人物であるらしい。この点が非常に巧みだ。
ソラさんはスコープをライフルに取り付けた。かちゃりと音がしてネジを回す。
「……そろそろ標的が子供の様子を見に中庭に出てくるはずです。そこを狙いますか」
ガシャン。
ボルトを起こす音が響いた。俺は双眼鏡を見直す。ここからずーっと行った正面。ほんのわずかにしか聞こえないが、
それでも耳をすませば子供たちのはしゃぐ声が聞こえてきた。
「院長を殺せば、闇ギルドへの横流しがなくなると」
「そのはずですよ。そもそも職員も知らないことらしいじゃないですか。つまり、院長一人が合作していることになります。その元を断てば……とサラ氏はおっしゃっていました」
まあ、
問題はそれとは別にあるわけですが。
ソラさんは続ける。そう、一見すれば一人殺せばいいだけ。百戦錬磨の銀色のスナイパーならば淡々とこなせる仕事ではないか。
……『ではない。』
狙撃を行う上で最悪の弊害が、そこにはあった。
「あ、でてきた」
双眼鏡越しの俺の視線。その先にはまさしくターゲットであるデーモアの姿が。
写真を確認してみる。うむ間違いない。四十代前半、浅黒い肌、大柄な体躯、黒髪短髪。そしてべっこうのメガネ。
あいつだ。風もなく、まさしく今は狙撃するには絶好の機会であった。
だが、
「ちっ…………」
ソラさんは舌打ちした。大きく息を吐いて引き金の人差し指を外す。
そう、問題はデーモアの隣の人物だった。俺も再び双眼鏡で確認してみる。
派手な赤色を基調とした、フリルを多くあしらったドレス。
身長は……遠いからわかりにくいな。だいたい165cmあるかないかくらいか?
これまた派手な金髪の縦ロール。格好だけならどっかのお姫様みたいだ。
子供たちを見ながら、なにやらデーモアと話している。
あいつが問題だった。
―――――――――――――剣姫。
すなわち、剣征会の真打ち。その二振り目。
そいつが護衛として、デーモアの隣についているのだから。
ありがとうございました!




