その9 狙撃手と剣征会
「ふあ……」
夜が明けた。
あれからソラさんたちと他愛もない話をして、それから眠ったわけだ。うーん、少し寝たりないな。
それでも環境が良かったからか、疲れは完全に取れている。
目をこすりながら洗面所に行くと、先に如月が歯を磨いているところであった。
「もう着いたそうだぞ」
「え? マジで?」
顔を洗って歯を磨いて飯食って……さてもどかしくも外に出てみる。本当だ。天空ではなく大地が目の前に広がっていた。ここは空港? のようなところであろうか。他にも何台か、大きな飛空船が停まっている。
精霊国家『エレメンタリア』。あまり高い建物は存在していない。道は石畳で補強されており、建造物はレンガ造りが目立つ。中世ヨーロッパ風の町並みとでも言えば分かりやすいのかなあ。
「よお」
身支度を整えて降りると、セーラの姿があった。
「ちょっと剣征会に寄っていかねえか。仲間にも紹介してやるよ」
***
「剣征会ってのは、結局どういう組織なんですか?」
ソラさんが歩きながら訪ねる。石造りを歩くこつこつという音が響いていた。
大通りは活気があった。日用品から何やらよくわからないものまで沢山売っており、所狭しと様々な店が並んでいる。
「分類すりゃ自警ギルドの一種になるな。やることは単純だ。エレメンタリアの治安維持。国自体はデカくないし、周辺諸国に『フォーカリア』があるからどうしても必要でな」
フォーカリア……? 聞きなれない言葉に、俺は首をかしげる。
「魔術師が多数いる魔法国家のことだ」と如月が注釈してくれた。
「全部で70人くらいの規模でな、第一回の顔合わせを今からやろうと思ってるんだ」
第一回? 俺は首をかしげた。
あ、そうだったな。セーラは剣征会の改革を行ったと言っていた。つまり内部の人員を総入れ替えしたわけだ。
つい最近のことであるらしい。互いが互いの顔を知らないらしく、なるほどめちゃめちゃ大きな人員整理をしたわけだ。つーかよくやったなあ。
そうこうしているとようやく目当ての建物が見えてきた。
「ここが剣征会の本部だ」セーラが言う。おお、さすがはエレメンタリアの自警団。結構でかい。三階立てで、奥行きがある。
大きな石の看板に、これまた大きな達筆な文字で『剣征会』と記されていた。
門番の最敬礼に軽く手を挙げると、セーラは敷居をまたぐ。
「ようこそ剣征会へ」
おどけたように、両手を広げてそんなことを言った。
***
「おかえりなさいませご主人様」
まず俺たちを出迎えてくれたのは、メイドさんだった。おお、初めて見た。
黒髪のショートヘアに、薄い黒色の瞳。
背筋の伸びたかなりスタイルのよい女性で、セーラを見ると綺麗な姿勢で頭をさげる。
「おう、あの、その『ご主人様』ってのやめてくんないかなあ……」
セーラは荷物をを預けながら苦笑した。
メイドさんは俺たちを見る。セーラから説明を聞くと、また見本のようなお辞儀を行った。
「まあ、長旅ご苦労様でした。わたくし、剣征会の一振り目、『剣将』の副官を務めさせていただいております、メセン・パキポデュームと申します。
以後お見知り置きを。すぐに個室の手配をいたしますので、今しばらくお待ちを」
俺たちもメセンの自己绍介する。
「いや待てメセン、顔合わせが先だ。せっかくだしソラ達も一緒にと思って。もう真打ちは全員揃ってるんだろ?」
「ええ。大会議室でお待ちです。では、参りますか。御一行様もこちらへ」
俺たちは広い廊下を歩いた。深紅の絨毯が敷かれ、左右にはロウソクの炎が揺れている。
やがて突き当たりに大きな扉。豪奢な装飾がなされたその重たい取っ手に手をかけると、セーラは勢いよく開いた。
中は円卓、そして七つの椅子。うち一つ以外は完全に埋まっている。
全員の視線が俺たちに集まった。
「は……ようやくお出ましか」
「てめェが『剣将』だな」
「……………………遅刻」
「しょっぱなから遅れてくるなんて、ようやりますわねえ」
「どうでもいいから早く始めようぜー」
「うふふ、」
……すご。
うわあ、濃いメンツが集まってるなあ。
セーラもなかなか変わりもんだと思ってたけど、それ以上の奴らが六人集まってる。
セーラは上座に着いた。その後ろの方にメセンが椅子を用意したので、俺たちはそこに腰掛ける。
「私が勧誘して、こうしてみんな揃うのは初めてだな。ご苦労〝真打ち〟の諸君。よく集まった」
玲瓏な口調。
ゆっくりと立ち上がると、全員を見渡して彼女は言った。
「さて―――――――――――――新生『剣征会』。本日をもって発足だ」
***
精霊国家『エレメンタリア』。そこの自警団『剣征会』。セーラのこれまでの話を要約すると、以下のようになる。
もともとエレメンタリアの周囲は、いくつも国が密集している。
代表的なものをあげれば魔法国家『フォーカリア』、軍事帝国『ジェイド』、その他にも土地や国境の争いになる程国続きだ。
当然ながら旅人や異国の人間も多く、人口や出入りが通常より激しいということになる。人の数が多ければ揉め事が増え、出入りや交易が盛んであればそれに伴うトラブルもまた然り……。
ということで、普通より強固な自治組織が必要となった。
それが、剣征会。
すなわち、凄腕の剣豪の集まり。
ハオルチア大陸西側の正統派騎士団の流れを汲んだ、おそらく最古とも言える自警組織。
『自警』とあるが実際に行ったことは明らかにそれ以上であった。特定人物の暗殺、組織の壊滅、他にも他国への進軍や領土拡大のための武力行使など。
……もっともこれは随分と前の話だ。
今はエレメンタリア自体が帝政から共和制に移行したことにより、そういう国の暗部を背負うことは少なくなったという。まあ、昔に比べて平和になったということだ。
ほとんど同時に、剣征会自体が有名になり始めた。国を守護する最高峰の剣士が所属する組織。そこに在籍すること自体が名誉なことで、戦死しない限り一生の生活が保障されていると言ってもいい。
特に、代々決められている上位7人―――剣征会最強の戦力、〝真打ち〟はそれが顕著であり。その席を死守しようとする動きが出始めるのは、人間の性であろう。
「体制が腐敗し始める。初代から〝真打ち〟は世襲制だったからなあ、そりゃひどいもんだった」
セーラは全員に……もちろん俺たちも含めてだろう。立ち上がり、歩き回りながら演説するように話した。
「だけどよお、そんなこっちゃダメだ。剣士の名が廃るし、なによりエレメンタリアが滅んじまう」
「それでか。あの話は本当と」
それまで黙っていた真打ちの一人が言葉を紡ぐ。俺の隣で如月が小さく「あ」というのがわかった。
俺も同じことを思う。すなわち、如月と同じ国出身であろう。色を抜いたような白髪の髪が印象的だ。
「あの話?」
「お前が入隊した時だ。当時の〝真打ち〟と剣を合わせ、全員倒したという」
セーラは頷いた。「ああ、本当だ」
そのときだ。にわかに周りの空気が変わるのを感じた。そりゃあそうだろう俺たちだって驚いた。
真打ちを全員倒して……つまり実力で黙らせたってことかよ!? そりゃあ、『剣』征会だからなあ。全ては剣で語れってことかね。
「「刃の十戒」ってもんがあるだろう」
セーラは歩き回るのをやめて、振り向く。
「〝真打ち〟が守らなきゃならない十の規則のことさ。その十番目」
《真打ち同士が決闘を行なった場合、敗者は勝者に服従しなければならない》
こいつを利用させてもらった。
彼女は言う。
なるほど改革ってのはそういうことか。とどのつまり全員打ち負かして解雇したわけだ。
そうして0からみんな集めたのが今ここにいるメンバーと。俺の思考はどうやら当たっているらしい。セーラの説明も、ほとんどそれに即したものだった。
「後はもう、言うことはねえな。私がお前らを勧誘した。世襲や地位にかまけることのない、本当に強い剣士達を」
現〝真打ち〟。
そこでセーラは再び全員を見渡した。
一振り目、一番隊隊長〝剣将〟セーラ・レアレンシス。
二振り目、二番隊隊長〝剣姫〟アイリス・アイゼンバーン。
三振り目、三番隊隊長〝絶剣〟ドラセナ・アイスプライト。
四振り目、四番隊隊長〝剣星〟朧 月夜。
五振り目、五番隊隊長〝零剣〟レイ・セントポーリア。
六振り目、六番隊隊長〝剣魔〟ロロ・ペヨーテ。
七振り目、七番隊隊長〝剣帝〟ドレッド・ダークスティール。
「お前らよく来たな!!」
彼女につられて、俺らも全員を見渡す。なるほど、見るからに『曲者』と言えそうな人物ばかりだ。
なんというか、纏う覇気からして明らかに常人とは異なっている……ような気がする。
戦いに関しては全くの素人、その俺がこう感じるのだから『本職』はそれ以上だろう。
ちらりと如月を見る。むこうちょうどこちらを向いており、俺と目が合う。
俺たちの用心棒、そして俺の知りうる最高の剣士は、おどけたように小さく肩をすくめた。
ありがとうございましたー




