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その7 狙撃手と剣将3

 ……?

 甲高い音が周囲に響き渡る。

 それだけではない。魔導弾丸の爆発が無かったのだ。爆弾が暴発したかのような強大な音が耳を打たない代わりに、それよりももっと高い音が。


 俺は目をそらしていた。

 だってセーラがあのバズーカ砲を受けて直撃するところなんて見たくない。

 呼吸を忘れたこのような微妙な間。おそるおそるといった調子で戦況に目を向ける。するとそこには……


「……?」


 俺の隣でソラさんも無言だった。

 彼女の場合俺よりも銃に詳しいから、やがてからくりがわかったらしい。


「魔導を……」


「リードア!おい!大丈夫か!」


 静寂を破ったのはダリアであった。

 この場で一番驚いているのは、斬り伏せられたリードア本人であろう。

 仲間に返事する余裕もなく、肩口から赤い血を吹いている。やがて痛みが上がってくると、呻きながら傷口を抑える。

 セーラは無傷だった。うずくまる彼を上から見下ろしている。

 ダリアは駆け寄ろうとした。だがその足は、中途半端に止まる。セーラの長剣が首筋に突きつけられたからだ。


「どうするよ?」


 ……そこでようやく彼女の得物、その剣身が露わになる。

 反りなくスッと伸びたその剣は、淡橙色たんとうしょくで陽光を浴びて輝いていた。

 切っ先からはリードアの血が滴っている。足元にポタポタと落ち、ダリアは一度そちらに視線を向け、また悔しそうにセーラを見た。

 からん、からん、とサーベルが地面に落ちる。ころころと転がり、それはやがて俺たちの足元に転がってきた。


「……こ、降伏する」


「それでいい。なあに、急所は外してある。死にはしねえよ」


 セーラはヒュン!と軽快に剣を降った。遠巻きに見守っていた自警団が駆けつけ、リードアとダリアに手錠をかける。

 ダリアはもう観念したようだが、リードアは暴れていた。とはいえ深々と切られた身。やがて大人しくなる。


「なぜだ。どうして俺のバズーカを……」


 「ん?」どうやら最後の最後まで、リードアは絡繰が分からなかったらしい。

 そりゃあそうか。超威力の銃を突きつけたあの場面、ぶっちゃけ勝ち確だよなあ、普通ならな。

 つーか俺もさっぱり分からん。なんでセーラはあの場面で無傷だったんだ。

 その種を知っているのは、ダリアであった。ガチャガチャと腕の鎖を揺らしながら、彼女が言う。その目はセーラの得物に向けられていた、


「………〝オリハルコン〟」

「噂には聞いていたが、まさか本当とは……」


「本物なのか?それ」。さらに問いかける。

 セーラは苦笑した。「偽物だったら私は今頃死んでるよ」

 ?? オリハルコン? なんだそりゃ。俺はソラさんを見た。


「鉱石のことですよ。ハオルチア大陸でもっとも貴重な物です。なんでも、数千年で数ミリグラムしか採ることができないとか……。

 薄いオレンジ色をしているのが特徴とか聞きますね」


 えっ、薄いオレンジ色?

 俺はセーラさんの剣を見た。その刀身はまさしく今ソラさんが言った色だ。

 陽光を浴びてキラキラと輝いている。ずっと見ていたくなるような、そんな美しさを持っていた。

 って、そんなことはどうでもいい!!いやいや、それどころじゃねーよ。


「えっ、セーラさん、あの、それって……その……オリハルコンなんすか?」


「おう、銘は長剣『エリュシオン』。この剣身全部オリハルコンだな。混ざりもんのねえ、純度100パーセントだぜ」


 多分俺がよっぽど物珍しそうにしていたからだろう。セーラは剣を近づけて見せてくれた。

 冷ややかな輝きが目に飛び込んでくる。隣からソラさんも覗き込んできた。

 あまり刀剣類に関心を示さない彼女にしては珍しい。つまりそれほど貴重ってことか。


「すごいですね。オリハルコンの剣なんて……確か削って粉を吹かせることができないほど硬いんですよね?」


「別名〝変形を嫌う鉱石〟とも呼ばれてるな。超硬度すぎて、加工することができないそうだ」


 扉が開き会話に入ってくる声があった。ん?俺がそちらを向くと、如月が歩いてくるところだ。

 おお、大丈夫そうだな。正直セーラさんに連れて行かれた時にゃ少し心配したが。

 顔色もいいし、もう舟の軌道も安定しているため歩くことくらいはできるだろう。

 俺たちへの挨拶もそこそこに、如月もまたセーラの得物に目をやった。そりゃそうか。こいつの場合には特に興味があるだろうよ。自分と同業者だと特にな。


「しかし、ふむ……実在するとは……なあ、使い心地はどうだ?」


「うーん、慣れるまで大変だったなあ。まず、斬れ味がいい。いや、良すぎるんだ。つーかいいとかいう次元じゃない」


 セーラは僅かに細い目をした。初めてこの剣を手にしたときのことを思い出しているのかもしれない。


「何でもかんでも、体重を乗せなくてもスパスパスパスパ真っ二つにしちまいやがる。

 どんなに硬いと言われてるものでも、こいつの目の前じゃ豆腐みたいなもんだ。しかも、物体だけじゃねえ。

 炎や水、果ては魔導や魔術までよ、『事象』や『現象』の類まで切るんだから、そりゃあ最初は手に負えなかった」


 一度抜き身の時に切っ先を下にして地面に落としちまって、あんときは大変だったなぁ。

 セーラは独り言のようにそんなことを呟く。それから剣を鞘にしまった。

 よく見れば刀身よりほんの少しだけ鞘の方が大きい。なるほどあれは刃が当たって鞘が切れちまわないようにするためなのか。


 すげえ。

 無形のものまで斬っちまうってどういうことだ。そこで俺はようやく納得した。

 先ほどの戦い、あれはセーラが『撃ち出された魔導ごと』リードアを切ったんだろう。

 普通の剣ならそんなことは不可能だ。如月も魔導は切れないと言っていた。

 だが、セーラの剣『エリュシオン』ならそれができる。ははあ、そういうことだったのか。


「よく使いこなせるな、そんなもの」


「なあに、慣れれば武器になる。ん? どうやって手に入れたかって? まあそれは……話すと長くなるからまた今度な」


 そう言ってセーラは笑った。


***


 夜になった。

 どうやらまだ精霊国家『エレメンタリア』にはたどり着かないらしい。

 セーラの話では夜どおし飛ばして、明日の朝には着くそうだ。


「さて食うか。うまそうだなあ、いただきまあす」


 夕食である。いやあ、なんか久しぶりにまともな食事にありついた気がするぞ。

 きちんと俺たちの分も用意されていた。大広間で長〜いテーブル。そこで自警団の人たちと一緒に大勢で食べるのだ。


 銀色の蓋を取ると、ふわりと湯気が立つ。

 よく焼けた肉からスパイスの香りが広がり、それが花をくすぐった。これはいいぞ。

 大皿にもいろいろな料理が盛り付けてある。


「こういう調理も、精霊が行ってるのですか?」


 俺の隣でサラダをとりわけながら、ソラさんがセーラに尋ねた。

 対面に座っていた彼女はバターを削りながら首を振る。「まさか」


精霊あいつらは結構気難しいんだ。誰にでも力を貸すとは限らない。ましてや、こんな船上の料理なんてやらないだろうよ」


 精霊の力を借りるには、その精霊に自分を認めさせる必要がある。

 セーラは言う。それなら口を大きく開けてパンにかぶりついた。「……もぐ、しまった、バターつけすぎた。しょっぱい」


「御主も精霊の力を持っていると言ったな」


 しかめつらするセーラにさらに如月が尋ねた。そういやこいつ箸を車の中に置いてきたとか言ってたな。

 ナイフとフォークはどうにも食べにくそうにしている。


「さっきの戦いはその力を使ってないのだろう」


「『覚醒』のことか。ああ、してねえな。まあ、やるまでもなく倒せたしな」


「どんな精霊なんだ?」


「ん? そりゃあお前……いつか『覚醒』したときのお楽しみ、なんてな」


 俺は脇に置かれたセーラの剣を見た。

 オリハルコンが格納されているその鞘、鍔元に藍色の紋様が彫り込まれているのが見える。

 なんでもあれが精霊の力を借りた証らしい。撫でてその名前を呼ぶことで、精霊を操ることができる……確かにさっきは触れてすらいなかったな。


 ……つーことはまだあれでも本気じゃなかったってことか。

 すげえ、末恐ろしいぜ。

 相手は覚醒させたにも関わらず、それをぶっ飛ばしちまうんだからよ。さすがソラさんの友達だな。

 それから質問攻めに合いそうになったからか、セーラは手を振ってそれを制した。


「まあまあ待てよ! 私のことはもういいじゃないか。それより、こっちからも質問させてくれよ。

 なあソラ、お前ら今何やってんだ? 旅してるってことは、自警団とかじゃあないよな?」


 ソラさんの手が止まる。

 スープを運びかけていたスプーンを戻すと、いつものように、まるで「公務員です」とでも言うように彼女は告げる。


「殺し屋です」


「へぇー、そうか、殺し屋かぁ。はは、なるほどなぁそりゃいいや。確かに殺し屋らし…………」





















「こ、殺し屋!?」



     殺


     し


     屋


     !?



 セーラは飛び上がらんばかりに驚く。持っていたパンが地面に落ち、ガタガタと椅子が揺れた。

 彼女の素っ頓狂な声に、隣国自警団の連中がぎょっとしてこちらの方を見た。あ、はいすみません。

 グラスの水を飲み干すと、俺たちに……というかソラさんに耳打ちする。


「おい、まさか闇ギルド所属とかじゃねーだろうな」


「ご心配なく。流れですよ。仲間も彼らしかいません」


 ソラさん俺の肩をたたく。

 セーラはまだ何か言いたそうだったが、話は終わりだというようにソラさんがグラスに水を注いだのを見て、それ以上追求することはしなかった。

ありがとうございましたー!

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