その2.7 狙撃手と神の実験台6
「て、てめえ……良くもやりやがったな!」
「い、いやいやだって! 先に仕掛けてきたのはそっちじゃ、うわっ!」
またもや俺は羽交い締めにされてしまった。今度は子分の方、長髪の男に。
まあそりゃそうか。忘れていたがスナイパーに狙われてるんだったな。そりゃあ俺を盾にする。
つーか、冷静になって考えると全然解決してねーじゃねーか!! 敵が一人減っただけだ。
「銀色のスナイパーも、お前がいたら撃てねえんだ。おら、こっちにこいっ!!」
「く、くそっ! おいやめろ、離せ!」
というわけでまた最初に戻る。
奇跡は二度は起こらない。今度こそ万事休すだ。どうもスナイパーも動けないみたいだし……。
つーか業を煮やして俺ごと撃つなんてことは一番やめてほしいな。撃つなよ、俺ごと撃つなよ。
銃声。
撃ってきた!?
終わった……死んだ。転生して一時間もたたないうちに死んじまった。
考えてみるとなんてことはない人生だったぜ。結局俺はどこにいっても……
「あれ……?」
否、
拘束が緩んでいくのを感じる。俺は振り向いた。
さっきまでがっちりとこちらを掴んでいた長髪の男が、頭から血を流しながらゆっくりと倒れ伏す。
完全に崩れ落ちると、俺は慌てて後退する。
「え、え……? なんで?」
だって弾丸が飛んでくる方向に俺を向けて盾にしていたんだぞ!
そのまま撃ったら間違いなく俺に当たってるはずじゃねーか。なのに俺には傷一つない。一体どういうことなんだ……
そう思って長髪の男のさらに奥。建物の壁だ。そこについていたあるものをみると、どういうカラクリなのか理解できた。
「これって……」
真新しい『弾痕』。
―――――――――――跳弾
ビルの壁に弾丸をぶつけ、反射した弾丸で長髪の男を狙ったのだ。
真後ろ、ななめ下から斜め上へと抜ける軌道。これなら万一弾丸が男を突き抜けても、俺に直撃する心配はない。
だが、こうして文章にすれば簡単だがそんなこと可能か……? 狙撃なんか良くわからんが、素人目に見てもそれがどのくらい難しいことなのか一目瞭然である。
一陣の風が路地裏に駆け抜けた。
それまでとは打って変わったような静寂。ただ、俺は思う――――運が良かったのだろう、と。
***
やがて、
どのくらいの時間が経過しただろうか。長時間か、あるいは短時間か。
いきなり命の危険にさらされて、俺はぼんやりとその場に立ち尽くしていた。はっと我に変える。
すると、人影が見えた。まさしく撃ち殺された長髪の男。その傍らにかがんで、顔を確認する人物。
「ん……? あの……」
「…? はい。ああ、気がつきましたか」
どのくらいの年齢であろうか。おそらく俺と同い年か、あるいはちょっとだけ年上といったところ。
若い一人の女性だった。彼女が何か話していたが、俺はポカンとその顔を見つめていた。
あっけにとられていると言ってもいいだろう。それほどの衝撃が、俺の中にはあった。
今までどんな綺麗な女性を見てもこんな印象は抱かなかったし、
今までどんな精巧な芸術品を見ても、これほどの衝撃は受けなかった。
「もしもし? 聞いています? お怪我は……」
「あっ! あ、はい! 大丈夫です! 怪我…はい、ありません!」
問いかけられて慌てて我に変える。やべえ、声が上ずってしまった。
綺麗な人だった。まず何よりも印象的なのはその銀色の髪。豊かでストレートなそれは、絹のようになめらかで、腰ほどまで長さがあった。
「そうですか。それは良かった」
端正な顔立ち。メタルフレームの眼鏡の奥の瞳も髪と同じ銀色。
そのまま見ていると吸い込まれそうなほど深い色合いの瞳だ。よく見ると左の目元に泣きぼくろがある。
象牙色のコートに、茶のブーツ。燃えるような赤色のベルト、その左腰には、ホルスターがつられていた。
「……あなたもしや、えーっと……スナイパーですか?」
俺は……考えると妙な質問だな。女性に問いかける。
彼女は肩に黒のケースを下げていた。ギターケースのように、縦長である。俺はそれをちらりと見る。
なんだっけな……さっき倒した連中が盛んに言っていた。えーっと、あ、そうだ思い出した。
「銀色のスナイパー?」
女性は……しばらく黙っていた。
微妙な沈黙が場を支配する。俺の黒の瞳と彼女の銀色の瞳、それらが交錯した。
あとあと思い返すと、
まさしく――――運命的な出会いをしたことになる。
このときはまさかそんな邂逅とは思わない。
「ええ」
女性はそれからゆっくりと頷いた。
***
再びかがむと、手持ちの小さな携帯端末……?
スマホみたいな機械で何事かを調べ始める。長髪の男と画面を見比べながら、ぽつりと彼女は言った。
「……懸賞金50万ツーサですか」
「懸賞金? あ、この人がですか……」
俺は画面を覗こうと視線を下げる。と、そこで紡ぎかけていた言葉を失ってしまった。
屈んだ彼女とその前に立つ俺。位置関係的に、女性のワイシャツの首元から中が見えそうになったのである。
中ってなんだって? そりゃああれだよ……あれ。おお、運がいいぞ。
つか結構巨乳なんすねこの人……
「あの、」
「あ!! はいっ!! すい、すいません!!」
じゃなかった! どこを見ているんだ俺は!
慌てて視線をそらす。女性は素っ頓狂な俺の声にわずかに首をかしげた。