その1 狙撃手と看板
剣石『オリハルコン』
象徴:『勇気』あるいは、『統率』
ガタガタガタガタガタガタガタガタ
俺とソラさんを乗せ、如月が車上に乗ったボロい……じゃなくてアンティークな車は快調に一本道を飛ばしていた。
あれからちょっと仮眠をとって、んでまた運転し始めたのだ! というわけで眠気もなく、気分もすっきり。
「あーあ」
「いい天気だなあ……」
如月が伸びをしたらしい。気持ち良さそうな欠伸が聞こえてくる。
ゼータポリス入国前と違って、出国後の道は綺麗だった。気候も安定しており、いやはや春のような兆しだ。
道の両端には背丈の低い草に覆われた草原が、無限と思わせるほど広がっている。ところどころ木々も生えていることから、土壌もいいのだろう。
日光浴でもすれば気持ちいいかもしれないな。
「毎回こういう気候ならいうまでもないんだけどなあ、そういえば、ソラさん、最近依頼ってあったんですか」
俺はちらりとソラさんを見た。
やっぱり彼女はいつものように頬杖をついて景色を眺めている。少し遠くを見たようなソラさんのこの表情、俺は嫌いじゃあない。
「あるにはあるんですけど、どれも微妙ですねえ。気に入ったのがないからお断りしてます」
ソラさんはコートのポケットから端末を取り出すと、一瞥してまたポケットに戻した。
地理的な条件や、はたまた依頼者が所属する組織など、言うなれば殺しの背景によって様々な弊害が存在するのは、もう経験済みだ。ソラさんが慎重なのもうなずける。
それに、せかせか働かなければならないほど食うのにも困っていないしな。殺しの依頼なんて、やらないならやらないに越したことはないんだ。
「しかし……」
ソラさんは言う。
「退屈ですねえ」
……確かに。
移動中だと本当にやることがない。話をしようにも、如月とソラさん、いつも一緒にいるメンツだしなあ。
ソラさんはまた手持ち無沙汰げに携帯端末……じゃなくて今度はオートマチック拳銃を取り出した。
くるくるくるくる、中指で器用に回転させる。それから指から指に移動させ、最後はまたスチャっとホルスターの中へ。すごい、お見事。
「はあ」
「退屈ですねえ……」
すると、そこでふと気になることがあった。
「あの、ソラさん、そのコートいつも着てますね」
「ん? ああこれですか」
ソラさんは自分のコートを撫でた。
と同時に静かに俺を見る。
「似合ってないですかね……?」
「いやいや! そんな意味じゃないですよ」
事実として、象牙色のそれはよくソラさんに似合っていた。
服のことはよくわからないが、そんな俺が見ても仕立ての良い、かなり高級なものであるとわかる。
「前に行った小さな国で買ったんです。仕立ての盛んな国でしてね。ちょっと奮発してオーダーメイドしてもらいました。
通気性が良くて一年中着れるから重宝しちゃって」
あ、あと拳銃も隠せますしね。
コートをめくりながら彼女はいう。そこの内ポケットには、見慣れたリボルバー拳銃が入れられていた。
ちょうどグリップの部分だけ飛び出しており、彼女が扱いやすいように仕立ててもらったんだろう。
そういやソラさんすごいもんな……早撃ち。
「そういうエクスさんこそ、そのペンダント……型の剣、どこで手に入れたんです?」
備品の話になった。
ソラさんは俺に尋ねる。如月もまた便乗した。「そういえばそうだな、みたところ相当な業物ではないか」
「あ、ああ……これですか」
さて、どうしよう。
『神様からもらったんです! 実は俺、一度死んでて生き返った異世界人でして!』
……なんて言ってみたところでまず間違いなく信じてくれないだろうしなあ。つーか馬鹿にするなと怒られそうだ。
「と、友達です。友達にもらったんですよ」
つーわけで無難な答えに行き着いた。まあほんとに『もらった』ものだしそこまで嘘を述べているわけでもない。あの運の神様が友達かと言われると否だが。
如月は特に疑っている様子はなかった。「ふうん」そんな気のなさそうな答えを返す。それからまた雲でも眺めているらしく、もぞもぞと動く音が聞こえてきた。
「……友達ですか」
ギクッ
問題はソラさんである。反芻するようにつぶやくと、目を細めて俺を見つめてきた。
やべ、なにか不自然だったかな。ソラさんはともかく勘がいい。人の嘘を見抜くのが上手いのである。
まずいまずい。なにか取り繕おうとしたが。
ところがそれ以上彼女は追求してこなかった。やれやれ。
再び、無言。
ところがだ。俺は妙な視線を時折感じていた。主に左側から。
「あの、ソラさん? どうかしました?」
チラチラチラチラ見てくるソラさんに聞いてみる。
いえ別に。そっけなく答えるソラさん。
しかし、それからまたしばらくしてからのことである。
「……ですか」
「え?」
ソラさんの質問に、俺はおもわず首をかしげた。
「その友達って、男の方ですか。女の方ですか」
***
うーむ。
どうなんだろう。
「いや、多分男でも女でもないと思います。そもそも人間かどうかも……」
分からない。だって神様だし。
『見かけは』女性だったのだが、どうなんだろうなあ。神様に性別ってあるんだろうか。
ところがソラさんは、それ以上尋ねてこない。
ただ一言俺に確認した。
「女性じゃないんですね?」
えっ。
重要なとこそこかよ!?
あ、はい。それはもう。そもそも人間じゃないし。
「そうですか」
それならいいでしょう。
とでも言うように、ソラさんはまた風景を見始めた。
***
「……ん?」
車は再び快調に進んだ。
いや、進んでいた。ところがである。この中で一番目のいい如月が、まず最初にそのことに気がついた。
「おうい運転手。看板があるぞ。ちょっと止まってくれ」
ええ? あ、ほんとだ。
ゆっくりと車を止める。ソラさんもつられてその文字を追った。今しがた建てられたような安物の看板に、これまた今しがた書かれたような文字。
《この先、立ち入り禁止》
とある。
ほとんど同時に、看板の向こうから足音が近づいてきた。
***
ちょうど向こうの方からやってきた人物に、俺は繰り返す。
「通行禁止!?」
「そうだそうだ! ここから先は一切入ってはならぬ。わかったらさっさとどこかへ行け」
む、なんだこの門番(|門なんてないけど)。なんか感じの悪いやつだな。
軽鎧を身につけ、槍を携えた男は俺たちに言う。「入ってはならんぞ」
車の上に乗っている如月が、短く聞いた。
「どういうことだ。私たちは旅のものだ。ちょっと通るのもならんのか」
「ダメダメ! ダメなものはダメだ! 早く帰れ」
なんでこの少女は車の上に乗ってるんだ。
門番はそんなことを思ったのだろうか。一瞬えっとした表情を見せた。
まあそれはおいておいて、
帰れったってなあ。
一本道じゃないか。ここ以外に行き先はない。俺たち以外もこうやって追っ払ってきたのだろうか。
草原を横断するわけにもいかないし、次の国はこの道を抜けないと考えたくもないほど遠回りになる。
俺たちは車を降りた。
ソラさんが周りを見回す。
「そもそも、ここは国有地ではないでしょう。立ち入りを禁ずる権限は大陸警察にしかないと思うのですが……」
あ! そうだそうだ。
俺は男の身なりを見た。大陸警察所属を表す紋、天秤とそこに絡まった蛇を組み合わせた幾何学的な模様が………無い。
無いじゃねーか! ってことはこの男、一体なにをもってしてこんな偉そうなことを言ってるんだろう。
ソラさんに痛いところを突かれると、男は言葉に詰まった。「うっ。そ、それはだな……」
ということで、ソラさんは俺の肩をたたく。
「エクスさん、行きましょう」
「あ、はい」
「待て! ええい! この女め! 痛い目に合わんとわからんのか!」
男はガリガリと頭をかいて、それから突然ソラさんの左手を掴む。
な……! てめ、このやろ!
ソラさんの顔が苦悶に歪むのを俺は見逃さなかった。
相手の手首を掴むと、このやろ離せ離せ!! 強引に引き剥がす。
「ソラさん、大丈夫すか!? 怪我は……」
「え、エクスさん後ろ後ろ!!」
はい?
振り返る。うわわわ!! まさに今、大きな槍が振りかぶられているところであった。
ちょ、待て待て待て!! 馬鹿じゃねーのこいつ!? 俺は慌てて『神剣』に触れ、刹那振り下ろされ――――――
ない。
「ん?」
代わりにガラン、と。
槍が俺の足元に落ちた。えっ? 根元からポッキリと折れている。
門番は俺以上に驚いていた。彼の手には今しがた振り下ろそうとした槍の、持ち手の部分のみ。
あ、折れたんじゃないこれ。
斬れたんだ。
「その辺にしておけ」
いつの間にか門番の背後にいた如月が、刀の切っ先を地面に向ける。
カチリとその鍔が鳴ると、次の瞬間には門番のベルトがプツリと切れた。地面に落ち、槍の刃に重なる。
当然ながらその次は重力に従って……。
おおう、結構派手なの履いてるんですねこの人。
「次は『中身』を斬るぞ」
「っ!!!????? !!!???」
門番は慌てて落ちたズボンをずり上げる。羞恥に顔を真っ赤にしながら如月を見た。いかん笑うな。
つーか余計暴れ回ったりしないだろうなあ。俺はこっそり『神剣』の時計の針に触れる。
だが、結論から言えば能力を使う必要はなかった。ガサガサガサガサ。横から草をかき分けてくる音が聞こえてくる。ん……?
「こらぁ!! なにやってんだお前こんなとこで! 『じゃれ』が通った境界線を見張っとけって言っただろ!」
背丈の高い草々。それをかき分けて現れたのは、これまた背丈の高い一人の女性であった。年齢にして、おおよそ25、6くらいであろうか。ソラさんよりほんのちょっとだけ年上かな。
鮮やかな橙色の長い髪を、背中の方で二つ結びにしていた。
まず目を引いたのはその背中だ。一振りの長剣を斜めに帯刀している。
遊びの多い緩やかな服装。白の道着のような衣に濃いオレンジ色のベルトを締め、その上から前の開いたコートのような茶のローブを羽織っていた。
長身の女性は門番の男を見る。
髪の色と同じような鮮橙色の瞳は、訝しげに細められた。「えっ」
「……なんで脱いでんの……?」
「い、いやあ! こ、これはですね……っ!! ち、ちくしょう覚えてろよ!!」
憎々しげに俺たちを睨むと、さっさとどこかに走って行ってしまう門番。おいおい、転ぶなよ。
なにやらよくわからないけど……長身の女性はそんな様子だった。ところが、まあ柄の悪いあの門番の背中を見るに、
なんとなく察したのだろう。ばつが悪そうに俺たちの方を見た。
「あー……なんか失礼があったみたいだな、悪い、悪かった。え? 立ち入り禁止? ああ、それあいつが勝手に言ってるだけだ。通ってかまわ」
んぜ。
と言おうとしたところで、中途半端にその語尾が消えてゆく。
またもや女は驚いた表情をした。その視線の先には……ソラさん。
「……ソラ? ソラなのか……?」
そして、
ソラさんも、似たような表情をしているではないか。
「………そういうあなたは、セーラさん……?」
読んでくださってありがとうございましたー!




