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その60 『機械の国』:エピローグ

 人々が寝静まる真夜中。

 銀色のスナイパーたちが国を出た後のことだ。ゼータポリスの路地裏。ちょうどソラと『D4』のガクが戦いを繰り広げた場所。

 一匹の黒竜と、それに寄りかかる一人の少女。

 ニコル・デラグライトは、剣を鞘ごと外すとくらにくくりつける。


「『ぬし』を追わなくて良いのか」


 竜は友人に問いかけた。少女は短く答える。「ええ」


「今はまだ時期がよくないわ。それに、『喫煙所』の仲間とも連絡を取りたいしね」


 銀色のスナイパーに言ったこと。

 闇ギルド所属であること、大陸警察の下っ端であること。

 この二つは厳密に言えば少々異なっていた。

 自分は繋がり自体は持っているものの、闇ギルド所属ではない。大陸警察に所属しているものの、末端の人間でもない。


 『喫煙所』。

 大陸警察の特別強襲部隊。

 ニコルの席はそちらにあった。もっとも、かつてのトップ、『主』のことは全く知らないが。


「行きましょう。有益な情報は得られたわ。後はこれを……」


 と、その時である。

 

 ほー


 ほー


 ニコルは視線をそちらに向けた。一匹の大きなフクロウが、半壊した瓦礫の上に立っている。

 その大きな眼鏡をかけたような瞳で、ジッとニコルたちを見つめていた。

 ライダーグラスを下ろしかけていた手が止まる。


「……あら」

「イドロ。お久しぶりね」


 ほとんど同時に、カチリとフクロウの首が回る。

 白く輝く魔力の渦にその姿が包まれると、次の瞬間には瓦礫の上には一人の少女が立っていた。


「あれあれ、ばれていたのかい。いやいや、流石はドラゴン使いだ。なんだったかねえその、幻術や変身を見破れる技は」


「『竜の瞳』よ。技じゃないわ。ドラゴンに認められれば、自然と彼の力を借りられるようになるの。ねえ」


 ニコルは自身の相棒に問う。

 同意する代わりに、彼は手持ち無沙汰げにバサリと翼を動かした。それから言う。


「幻術士が機械の国になんの用だ。今魔術師達は元老院のトップを決める選挙中だろう。

 俺の見立てでは、こんなところで油を売っている暇ではないと思うのだが」


「……ハオルチア大陸のどこかに存在する、『三宝典』。簡単に言うと三つのすごい宝」


 竜の言葉を無視すると、イドロはピョンと飛ぶ。

 魔力エーテルで重力を緩和させ、二回ほどの高さから音もなく着地すると、むき出しになった鉄骨に背を預けた。


「そのうちの一つ……『万象』を記憶する媒体『アカシックレコード』」


 ()()()()()()()()()作られたということは知っているだろう?

 イドロは問いかける。ニコルは答えなかった。知らなかったのである。もっともノア自体には興味もなかったため、どうだっていいことだ。

 魔術師はさらに言葉を続けた。


「ボクねえ、銀色のスナイパーに前に会ったことがあるんだ。少し前(※第一章その1〜その4参照)にね。

 んでたまたまゼータポリスの外で彼女を見つけちゃったもんだから、ちょっと寄り道しようと思って」


「ふうん、いかにも魔術師ね。自由奔放、何を考えているのかよくわからないわ」


 イドロはニヤリと笑った。


「『自由』か。お褒めの言葉と受け取っておこう。だけどちゃんと目的もあるんだぜ?」


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


「なかなか見つからなくてねえ。んで、ここなら何か手がかりがあるんじゃないかと思って」


「へえ、それでどうだったの?」


 よっこらせとドラゴンに乗りながら、ニコルは尋ねる。魔術師の……特に幻術士は回りくどい言い回しを好み、物事の本質を悟らせない。

 さながら実体のないふわふわした幻と会話しているような気分になる。相手に丸め込まれているように思えて、あまりやりやすい相手ではなかった。

 イドロは意味深に笑う。そら、こういう表情が気にくわない。すると、目の前に魔力で構築したスクリーンを出現させた。


《 ゼータポリス ノア 0 8 4 2  ケ204-1193-34 

  方舟計画 2015・9・14 <drddtgu-{nnnnt}"-d"dddadndtdidd D4> 》


「国の外の木に彫り込まれてるのを見つけたんだよ。面白いよ、これ。まず、『ノア』中枢だったあの女の人。クーク……スペルは『qrdk』。そして、d()()()()()()()


 スクリーンの文字がゆっくりと形を変えるのがわかった。

 映し出された一面から、小文字のdが消えてゆく。


《 ゼータポリス ノア 0 8 4 2  ケ204-1193-34 

  方舟計画 2015・9・14 <rtgu-{nnnnt}"-"anti D4> 》


「もうわかるだろう」


 『anti D4』 


『アンチD4』


 こいつは、D()4()()()()()()()()プログラムだ。

 方舟計画の期日とも一致する。魔術師はそう言葉を締めくくる。言われてみるとなるほど、今日は9月の11日であったな。方舟計画は三日後だった。

 

「このプログラムを『ノア』に作用させれば、D4は殺せたんだ。ところが、その必要はなかった。

 なぜなら君達が倒しちゃったからだよ。結果として。無駄になったんだけど、でもそんなことはどうだっていい」


 イドロはそう言ってニコルの反応を伺う。言わんとすることは彼女にもわかった。


「重要なのは、『このプログラム文を木に掘った人物がいる』ということだ。そして、その人物は方舟計画、明るみに出ていない『D4』の存在、クークがすべての黒幕であることまで知っていた」


 ()()も、()()()()()()に。


「………」


 ありえない。

 そんなことが。ニコルは思考する。なんとか合理的な結論を導こうと頭をフル回転させたが、明快な答えは出てこなかった。

 ゼータポリスの住人がやったのか? いや、それは不可能だ。クークが黒幕であるということを、連中が知るわけない。

 そして、小文字の『d』を消すという操作を挟ませている以上、掘った人物は確実に彼女が黒幕であると知っていると言える。


「一つだけ、ある」


 イドロは言った。何十年も前に知ることのできる方法が、一つだけ。

 そのあとの言葉は、ニコルが続けた。


「なるほど、アカシックレコードってわけ」


 満足げにイドロは頷く。


「現在、過去、未来、あらゆる時間軸の『万象』……つまり全てが知るされているんだよ。

 プログラム文を木に掘った人物は、間違いなくアカシックレコードのありかを知っている。そして実際にアクセスしている」


 誰だろうねえ。


 幻術士は片手を振るう。

 次の瞬間にはその手には杖が握られていた。

 とん、と軽く地面をつくと、現れる魔法陣。浮かび上がる幾何学的な文様。転移妖術だ。


「スナイパーさん達はゼータポリスより東に行っちゃったのかぁ、今向こうも向こうで大変だよ。『じゃれ』がウロついてるんだから」


「ふん……」


 ニコルはもう目の前の魔術師と会話する気はなかった。

 ただの一つも別れの言葉をよこさずに見送る。魔力の本流が止むと、今度こそ自分だけとなった路地裏で、愛用の煙草に火をつけた。

 『ぬし』が吸っているものと同じ銘柄である。

 

「なあ、我が友よ」


 紫煙をくゆらせるニコルに、竜は問いかけた。


「どうして銀のスナイパーは、一発でクークが『ノア』と見抜いたのだ?」


 どうやら彼は純粋に疑問に思っているらしかった。

 ニコルは意外に思う。俗世的な質問をこの相棒から聞かされることは、そう多くない。


「ああ、言ってなかったかしら。私も彼女から聞いたんだけど」


 クーク……qrdk

 アルファベット順に、各文字を三つずらず


 q → n


 r → o


 d → a


 k → h


 noah……ノア


「らしいわ。単純でしょ?」


 竜はバサリと翼を動かした。


「……ほう」


「………」


「………」


「行きましょうか」


「うむ」


 暴風。

 重たい羽音と、咆吼。

 ゼータポリスにそれらが響き渡ると、一匹と一人は天空に消えた。











.

機械の国編終了

いやあ長かった。

ここまでお付き合いくださって本当ありがとうございます。

まだ続きます。

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