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その59 狙撃手と本当の終焉

「ルア!?」


 電話を変わると、俺は開口一番名前を呼んだ。


 《……し、わたし……す。聞こえ……す……か? 電波が……》


 あっとっと、そうか。ゼータポリスの中から掛けているんだな。

 俺は如月を慣性で吹っ飛ばしてしまわないようにゆっくりと減速すると、それからバック。

 通話を阻害しない位置まで車を戻した。道の端の方に寄せると、ソラさんは端末を置いた。


 《………あ、すみません。通信中枢を少し弄って……その、ソラさんの端末をちょっと検索しました》

 《まあそれはいいとして……あの、ありがとうございました》


 何よりも礼を俺たちに伝えたかったことらしい。言いたいことを言えたというような安堵のため息が、端末の向こうから伝わってくる。

 というか意外だな。俺たちは彼女が共に生きていた片割れ……クークを殺しちゃったんだぞ。方舟計画は止められたけど、ルアにしてみれば失ったものは大きいはずだ。


 《はい……》

 《クーク先生の件については……あの、確かに、はい。なんというか、胸が締め付けられるような、そんな感覚がします。でも》


「『悲しみ』ですよ」


 ソラさんは言った。


「人の心を持ったのでしょう? それは悲しみと言います」


 そうだ! そうだった! 人の感情を持ったとソラさんは、そしてクークは言っていた。

 ところがこの件については、本人もまだよくわかっていないらしい。俺が尋ねても曖昧な返事を繰り返すばかりであった。


 《ただ……》

 《私は『ノア』のバックアップとして、多量の情報を保全すること『だけ』に使われてきました。いわば記憶メモリーのほとんどを、国の、国家の、国民の情報に触れてきたのです

 その関係で、私はクーク先生より……つまりノア中枢より様々な人の変化、成りを見てきたのです。長い時間をかけて……ずっと……》


 それが、

 私のコアに『人』を生んだのかもしれません。


 ルアはそう締めくくる。全ては彼女の予想にすぎず、そして正解かどうかもわからないことだ。

 しかし、『心を持った』ということは確かであり、だからこそ方舟計画に反対したのである。

 辛かっただろうな。

 その首謀者が自分の仲間だったからこそ、余計に。その当時は記憶を改変させられていたらしいが、今はきっと複雑な気持ちに違いない。


 ただ、

 俺は俺で、どうしても彼女に言っておきたいことがあった。


「なあルア……これから頑張れよ」


 その、『心』。

 多くを語ることはしない。言ったところで価値観なんて人それぞれだし、それこそ本質はルア自身にしかわからないのだから。


「ルアさん」


 今度はソラさんが端末に言葉を紡いだ。


「私を恨んでおいでですか? それでもいいでしょう。私がクークさんを殺したのは事実です」


 《いいえ! 先生はプログラムに従ってデリートされて……》


「最後に彼女を撃ちました。私は殺し屋ですからね、ですが、一つだけ。クークさんからの遺言があります。

 引き金を引く直前に、彼女はこう言いました」


 聞いてくださいますね?

 ソラさんはここで前置きする。

 ルアは何事かを紡ごうとしていたが、自分の言葉を切ると返事をする。《はい……》


 やがて、

 ソラさんは言った。
















「―――――――――――――その『心』を、大切にするように」
















 あなたなら、

 きっと、ゼータポリスは良い方向に栄えてゆくでしょう。


 それこそ、

 方舟計画なんか―――――――――――――実行しなくとも。


 伝え終えると、彼女は黙る。


 《………………》


 ルアもまた無言だった。

 どのくらいの時間が流れただろう。しかし、やがて一言だけ、小さな声だが、今までで一番決意のこもった声色だ。

 ただ一言、《はい》とだけ言葉を紡いだ。


 ***


 電話を切ってから、また俺はアクセルを吹かす。

 もう一度後方を確認すると、なんだろう。いつもよりゼータポリスが大きく見えた。

 そりゃあ、ルアならきっと上手くやるだろうさ。俺は国の運営やなんかはよくわからないけども。

 短い間だけであったが、ルアと一緒に行動してみてそのことはよくわかる……つもりだ。


「……ねえ、エクスさん」


 と、そこでソラさんは言う。彼女はやっぱり頬杖をついて景色を眺めている。

 いつも話しかける時は俺の方を向くものの、今回は目を合わせてくれないのが少し気になった。ん? なんだろう。


「私、一つだけ引っかかってることがあるんです」


「はい? なんです?」


 ソラさんは少し間を置いた。











「―――――――――――――どうしてクークさんは、すぐにルアさんを消去デリートしなかったんでしょう」











 ()()()()()()()()()()()()()()()()でしょう?

 既存のデータを別の場所にとっておけばいいだけなのだから。


「あ……」


 そう言われてみれば、確かに。

 『D4』なりなんなりをさっさと仕向けて、ルア自身を殺害して仕舞えばこんなことになはらなかったではないか。

 ところが、あ、一応敵に追われていたか。でもあれはC級。それに……結果的にではあるが、俺たちが助けることができてしまった。

 もしあれが『D4』。それも一体ではなく複数体で襲撃していれば間違いなくルアを殺すことはできただろう。現に俺たちも半死半生だったんだから。

 考えてみると、なんとも中途半端だな。まるでルアを殺すか殺すまいか迷ってるような……。あるいは、殺す決心が付かないような。


 ってことは……


「もしかして……クークは…………いや、クーク『も』……」


 ソラさん?

 ()()()()()()ですかね……?


「さあ」


 彼女は首を振る。


「いまとなってはもう、誰にも分かりませんよ―――――――――――――」


 一陣の風が吹き、ゆっくりと長い銀髪を揺らした。

『機械の国』編これにて終了。

読んでくださった方ありがとうございましたー!

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